記憶
ごう、と真っ赤な色が視界を埋め尽くす。熱も光も、彼女にとっては近しいもので、決して恐ろしいなどと感じるはずはないのに。遠くから聞こえる喧騒が何なのかを彼女が知るより早く、温かな腕が彼女を掬い上げて、抱きしめる。
「大丈夫です、あなたは私が守りますから」
耳に心地よく響く声は知らない男のものだった。優しげで、けれど何か痛みを感じているような響きと不穏さを聞き取って彼女は首をかしげる。どうして、とそう見上げた彼女に、相手はただ柔らかく悲しげに微笑んで、大丈夫ですから、ともう一度繰り返した。
「何があっても、もう二度とあなたたちを失うことのないように」
その言葉が何を意味するのかわからないままに、彼女はただ身を委ねる。不安を覚えるには彼女は幼すぎたし、何より声の主は彼女の名を知っていたので。
炎と不快な叫び声を潜り抜け、たどり着いたのは静かな森の中だった。相手は優しく微笑んで、彼女の背を撫でる。大丈夫ですよ、ともう一度繰り返したその手に何か光るものがあって、彼女は目を丸くする。水晶から切り出したようなそれが、あまりに美しかったので。
「美しいでしょう? これは代々私たちに伝わるもの。恐れることなど何もありませんから」
ただその柔らかい声に身を委ねた彼女の記憶は、そこで途切れた。