ハイスペックモブ令嬢と転生モブ令嬢
ーーー未だ混乱から回復していないのか、目を回しながら座る目の前少女を私の専属メイドであり、幼馴染でもある綺紗良がいれてくれた紅茶を飲みながらゆっくりと観察する。
まだ端的にしか聞いていない(混乱して独り言を言っているのを耳にした)話では、どうやらここはとある世界の乙女ゲームの世界で、そのゲームでは私は悪役令嬢なるある女の取り巻きの1人らしい。
その話を廊下の端で悪役令嬢なる女を覗きながらひとり呟いていた彼女をたまたま彼女の背後から歩いてきていた私は発見して思わず面白いものをみつけ……ンンッ!怪しい人物だと判断して早急にサロンに連れてきたのがつい先程のこと。
「……あの」
手際よく行われた招待に目を白黒していた彼女はどうやらやっと状況が読み込めたらしい。その彼女がおずおずと声をかけてきた。
私は彼女の呟きに対して全体を観察していた 彼女の目線に合わせる。……といっても私は分厚いフレームに不思議と乱反射するレンズの眼鏡をかけているから少し視線が動いた所で綺紗良以外には理解されることはないのだけれど。ーーむしろなぜ綺紗良が分かるのか謎だわ。
当然初対面である彼女も例外ではなく、「えっと…」と気まずそうにこちらを伺っている。その様子を見て私が少しばかり大きい溜息を吐くとそれだけで、目の前のそこにいるだけで庇護欲を誘いそうな少女は(といってもリボンの色から同い年なのだろうが)大きく肩をびくつかせる。
それが何だか愉快でもうひとアクション起こそうとしたのだが…
「……んん」
……お隣のメイドさんはこれ以上虐めるな話が進まないと行動によって私を止めにきたので私は肩をすくめながら話を進める方向で気持ちを切り替える。
「それでは改めて…先程呟いていた悪役令嬢、主人公、ヒーロー、乙女ゲーム、それと金魚の糞というものに対して聞きたいのだけれど」
私が悪役令嬢から順に廊下での彼女の言葉を繰り返していくと、一つの言葉毎に彼女の顔色が青白くなっていく。
……あら?面白いわね。なら何かもうひとお……分かっているわ。きちんと話を進めるからそんな顔で私を見ないでちょうだいな。
私が後ろからの無言のプレッシャーに対して心の中で返答していると彼女が何やら決意を固めた表情でこちらを見つめ、ぽつぽつと語りだす。
「あの、信じられないかも知れませんが、この世界は実は乙女ゲームの世界なんです!!あ、なんでそれが分かるかって言うと私実は転生したみたいで……あ、みたいっていうのは私もその事実に気付いたのは今朝のことだったので、まだちょっと混乱はしてるんですけど、でも昨日までの琴奈の記憶も確かにあってそれは間違いなく私で、でも前世の時の大学生の時の記憶もあって!それになんとこの世界は乙女ゲームの世界で、琴奈の記憶とか実際に学校に来て見てみると登場人物達がいて、えと、だからその、何が言いたいかと言うと……」
琴奈さん?は一度言葉を紡ぐと後は堰を切ったように喋り出した。その様子はその内容が一番自分が信じられないと思いつつ、それでもこれが現実だと。真実だと。切にそう訴えくる。後ろからは「はぁ?」とこいつ大丈夫か?という雰囲気を隠しもしない綺紗良が思わずといった感じで言葉を漏らす。
しかし、と目の前の少女を観察する。
肩口で揃えられた黒髪に少し垂れた瞳。今はその庇護欲を駆り立てられる瞳からは必死さからなのか涙が滲んでいる。
全体的に見てもこの理不尽なほど美形が多い世界においても十分にやっていけるであろう可愛さだ。
しかし、中身は大学生か。
私達は今中学2年生。少なくとも5つは上か。
まあーーーーー
アリ、ね。
ちらりと観察した感じでは、大学生といっても、彼女自身の精神的な成熟度でいえば私達とそう大して変わらなさそうだし。
それとも元々は年相応?転生した今の身体に精神が引っ張られている形なのかしら?
まあそこは後々そばに置いて観察していけば分かることね。
そこまでの結論を自分の中で出し、未だあわあわとしながら暴走列車のように喋り続ける彼女に待ったをかける。
すると彼女は「すみません…」と下を向いた。耳が赤くなっていることから大方、先程の自分の現状を省みて恥ずかしくなったのだろう。
「ふふ…。構わないわ。それではひとつひとつ確かめていきたいのだけれど、よろしいかしら?」
彼女は俯いていた顔を上げて元気のよい返事と共に肯定を表すかのように頷いた。
私もそれに満足し微笑みながら頷く。
「それではまず貴女のお名前は?」
「……へ?、あ!名乗るのが遅くなってすみません!えっと、私の名前は越水琴奈って言います!」
「はい。ありがとう。謝罪はいいわ。突然訳もわからず連れてこられたなら仕方ないことだわ」
ええ。仕方ないこと。だから綺紗良?そもそもの原因はお前だろ。みたいな目でこっちを見ないでくれないかしら?
「次は私ね。……といっても琴奈は私の名前は既に知っているみたいだけれど」
「ひぇ!?名前呼び」と私の言葉を聞いて呆然としていた彼女だったが、会話をしていたのを思い出したのか慌てて首を振る。
「いえいえ、そんな!……えっと四条院様の事はそれほどゲームでは語られなかったので」
そう言った彼女は自信なさげにこちらを覗き見る。
ここで『あら、やっぱり私の名前知っているのね』なんで言えば彼女はらまた慌てふためくだろうか。
そんな姿を想像してしまうと笑いが込み上げてきて「ふふっ」と漏らしてしまう。
その姿に綺紗良はまた何か変なことを考えて…と呆れた顔を向け、琴奈はきょとんとした後、また何か自分が仕出かしてしまったのかと慌てだす。そんな彼女に「ごめんなさいね」と微笑んで謝罪すれば彼女は分かりやすく安堵の息を漏らす。……この子本当に可愛いわね。
「…さて、それでは私も自己紹介を。私の名前は四条院由樹。貴女の乙女ゲームの言うところの金魚の糞かしら?」
そう言って微笑めば途端に彼女は顔を青くする。後ろの綺紗良はもう諦めたと言わんばかりの溜息ひとつ。何も言わない事から本当にもう諦めたらしい。
「…さて、自己紹介はこの辺りにして話を進めましょうか。まず、最初に貴女が転生者という所だけれど。それはまあ一旦置いておきましょう」
「えっ!?」
「…由樹様、よろしいので?」
私の発言に驚き声を上げる琴奈。
その後に怪訝そうに確認を取ってくる綺紗良。想像通りの反応に私の笑みを深くする。
「構わないわ。その話が本当かどうかなんてどんなに議論したところで結局は私達が認めなければただの水掛論。そんな事に時間を割くよりももっと聞きたいことはたくさんあるもの。……それに今でなくともこれからいつでも聴けるのだから」
納得はしていないながらも私の言葉の意味を正確に理解した綺紗良はもう知らないと顔を逸らしながら頷く。
さて、と琴奈の方を見ればあまり理解出来ていないのか首を傾げたままこちらをみている。そんな姿に私はふっと微笑み話題を気になる事はと向ける。
「さて、私が気になるのは乙女ゲームなるものよ。先程の琴奈の発言からしてこの世界はその乙女ゲームなるものの世界で、私達はその登場人物と言うことでいいのかしら?」
私が再度確認の意味に問うと琴奈の方も力強く頷く。
「はい。信じられないかもしれませんが、四条院様や後、よく一緒におられる流川様も出てこられます」
流川、という言葉に私は一瞬眉が動く。
「……あの女が?」
「は、はい!……えーと、あの女って?」
私の声色が低くなったせいだろう。琴奈はそんな私の様子に少し怯えた様子をみせる。
あの女の名前をここで出してきたのは私がよくあの女と一緒にいるから。世間的にはまあ、仲が良いと思う人間は多いだろう。…そうなるように私が仕向けているとはいえ、あまり気分が良いとはいえないわね。
ここで勘違いしないでほしいのは私は決して彼女を嫌っているわけではない。むしろ外見だけでいえば綺麗で好きな方ですらある。…私の好みではないが。
だが好意を持っているかといえばそれも否と答えるだろう。
ならなぜ一緒にいるのかと言えば、結局は扱い易いというのが一番にくる。後は隠れ蓑にして自然に私を隠すのに最低限の社会的地位を持っているから……あ、それは彼女の実家の話ね。
……っと。話が逸れてしまったわね。
「それで?ゲームというからにはどういったエンターテイメント性のあるモノなのかしら?そもそも乙女ゲームというのはどのようなジャンル?」
私の発言(特に後者の方ね)を聞き琴奈は愕然としている。
その可愛らしい口からは「そ、それから知らなかったなんて」とか「ううん。興味ない人は知らないのも当然だよね」だとか漏れている。やがてこちらに帰ってきたのか私の顔をみて乙女ゲームについて、それとゲームの内容について語ってくれた。
「えっと…ですね。まず乙女ゲームというのは女の子の夢が詰まった恋愛ゲームの事です。プレイヤーは主人公の女の子になって攻略対象のヒーローであるイケメンな男の人たちと試練を乗り越えて行くのが流れになります。
それでこの世界の元?になっているゲームは【虹色の夢をあなたと】というタイトルでして。この学園の高校である聖桜学園高等部が舞台なんです。
それで高等部から特待生として入学してきた主人公が攻略対象と仲を深めていって、甘々や時に周りからの困難、そして攻略対象の悩みを一緒に解決する…….そうして最後は全てを乗り越えてハッピーエンドを目指す物語なんです!!」
最後にはふんす!と聞こえてきそうなぐらい熱く語ってくれた琴奈。よほどこの乙女ゲーム?というものが好きだったらしい。好きなモノを語れて嬉しいのか見えない尻尾がブンブン忙しなく動いている様子が容易に想像出来る。
……しかしなるほど。
「主人公?は高等部からの入学だからこの学園に今いないのは理解したわ。その攻略対象のヒーロー?とやらは既にいるのよね?」
「はい」
私の問いに琴奈は迷いなく頷く。
「ちなみに、それは何人いて誰なのかしら?」
「はい。えーとですね……」
彼女はそのゲームを思い出すかのように空中に視線を彷徨わせ指折り確かにこの学園にいる男子生徒の名前を告げ始めた。
「まずメインヒーローに糸理川司様、後は楠瀬侑李様に羽根川帷様、湊傑ですね。あ、それと私は攻略する前にこちらに来たので分からないんですが、隠しキャラが1人いたみたいです。」
まず私はその話を聞いて
………頭に手を置いて天を仰いだ。
「心中お察しします」と後ろから適度に同情する声が聞こえるが最悪の『事』が起こればこのメイドは知らないフリを決め込むだろう。主人がどんな面倒臭いことに巻き込まれようとも、だ。
ただそこに面倒臭いことではない…それこそ私を害そうとする動きがあれば彼女は身を挺してでも私を守るだろう。
その確信があるからこそこんなおざなりな対応でも強く注意することが出来ないのだが…非常に悩みどころな部分だ。出来れば一緒にどうにかしてほしいところだが。
とういうか湊傑といえば確か高等部の教師よね?確かに中等部でも話題になる程の美形だけれど、それはそれとして生徒に白昼堂々手を出しては駄目でしょうに。なに?その乙女ゲームは倫理観というものをどこかに置き忘れてきてしまったの?
それとも世の女性達が起き忘れてしまったのかしら?
とまあ…それはそれとして彼女が話し終えた後、遠慮気味に捕捉した話では一時期ではあるがルート次第ではハーレム状態になる事もあるそうだ。そしてそれこそが私にとって最悪の『事』となる。
彼等自体はどうでもいい。ただ先程の誰も彼もがこの学園いや、ひいては日本でのトップクラスの家柄である。おまけにヒーローになるぐらいだから見た目も良い。そんな人間がこぞって1人の人間…しかも後ろ盾も何もない人間に向かっていったらどうなるか……。
間違いなく学園は荒れる。それだけなら良い、今までみたいにあの女を隠れ蓑に綺紗良とのんびり過ごすのだから。
……あの女が先頭に立つ可能性は大いにあるが。
だが、絶対にそうはならない。大人達はここぞとばかりに私を当てにしてくるだろう。……今まで好きにさせてきただろう?という勝手な意見を盾に。
流石の私でもその全てを跳ね除ける事はできない。つまりは動かなくてはならなくなる。それが私にとって最悪の『事』になるわけだ。
はぁ…と溜息を吐きそうになるのを堪えて、思考を別の方向へとむける。糸理川司ねぇ…。そういえばあの女の想い人ね。……それに悪役令嬢だったかしら?言葉からして悪者ね。……ふむ。
「…話は変わるけれど、貴女は流川礼奈の事も知っていたわね。という事は、流川もこのゲームの登場人物と考えて間違いないかしら」
「はい」
彼女は今度も肯定の意味を乗せて頷く。そしてこれまた私の健やかな未来が崩れる音が聞こえてきたような気がして私は僅かに表情を歪める。
それをどう思ったのか琴奈は慌ててフォローを入れてきた。
「や…で、でも大丈夫です!今はまだ始まってもいませんから!だから大丈夫です!」
何が大丈夫なのかさっぱり分からないが、私は琴奈のフォローに対して諦めたように首をふる。
「残念ながらもう手遅れよ。既に性格は矯正のしようがない程に傲慢に歪んでいるから。それに勘違いしてほしくないのだけれど、彼女がどうなろうとそれ自体はどうでもいいことだわ」
性格の話が出た途端琴奈の表情が分かりやすく引いていた。恐らくゲームの中のあの女もこの世界のアレと同じくらい歪んでいるのだろう。
ただ私の話の後半には引いた状態から何を言っているのか分からないというような顔になったのだけれど。
そしてそんな表情のまま私に質問をしてきた。
「…あの、四条院様って流川様と仲が良いんですよね?……えっと、尊敬とかそういうのしていたり……ひっ!?」
今まで事の経緯を静かに見守っていた綺紗良が私と流川の仲に触れた瞬間、その話題を出した琴奈へと殺気を向けた。琴奈はその殺気に当てられた可愛……こほん。可哀想なくらい震えている。
「綺紗良」
「しかし、由樹様…!!」
「私が構わないと言っているのよ。むしろそうするように仕向けたのだから喜ぶべきところね」
「……っ!……はい。越水様申し訳ありませんでした」
私が手で制することで、とりあえずは殺気を沈める綺紗良。
私を思っての事だろう。全く可愛いわね。
さて、殺気がなくなった事で表情は未だ青いままだが何とか話が出来るまで回復した琴奈。その様子を確認した私は先程の琴奈の質問に答えるべく口を開く。
「私個人としてはあの愚かで可哀想な女を尊敬はしていないわね。ただ隠れ蓑には使っているけれど……。あぁ、気にしないでそれはこちらの話だから。むしろゲームの私はあんなのを尊敬していたの?」
「は、はい。ゲームでは尊敬しているようでした。主人公への嫌がらせも流川様の指示で四条院様がしていましたから」
琴奈は先程の綺紗良が余程怖かったのか、チラチラと綺紗良を盗み見しながら私の質問に答えていく。ちなみに視線を受ける綺紗良だけれど、顔はいつもの澄まし顔なんだけれど、制服のスカートを逃げっている手は怒りから震えていた。
それ程までに私があの残念な令嬢と同等、またはそれ以下に見られている事が許せないのだろう。本当に可愛い子だわ。
私は綺紗良の姿に気分を良くし、琴奈へと意識を向け直す。
「なるどね。確かに現状、事実だけをみれば私は流川と仲が良いわ。…ただ先も言った通り尊敬もしていなければ敬意をもって接したこともないけれど」
私の言葉を受けて彼女はまた呆然とし、いつかのように「そんな、これじゃあストーリーと変わって」とか「四条院ってモブなのになんで?」など再度独り言を呟いている。
聞き流してもよかったのだけれど彼女の口から一つ気になる単語が出てきて「モブ?」とつい言葉が漏れてしまう。私のその言葉で琴奈ははっと顔を上げ早口で言葉を紡いだ。
「…はっ!?す、すみません!!も、モブっていうのはその物語の背景的な存在というか、存在感がないというか………!?あ、あの、違くて…し、四条院様が背景という事ではなくてですね、ゲームの四条院がそうであって、だから四条院様は違くて……え、えーとえーと、つまりですね……………そ、そう!モブっていうのは私みたいな人間なんです!私こそがキングオブモブなんです!!」
私の言葉で意識を取り戻し、素直に口走ったモブについて説明をしていただろうその口は、それが失礼であると遅れて理解した頭の方にストップをかけられたんだろう。動揺のし過ぎで支離滅裂だわ。ほら今も「あ、あれ?私は女だからクイーンオブモブなのかな?」とか意味が分からない所で迷走している。このまま見ていても面白いのだけれどと、後ろをチラ見すると美麗な私のメイドが頷き返してきたのでもうそろそろ帰宅する時間なのだろう。
彼女の頷きに対し、私は少し微笑んで未だよく分からない言い訳を並べている彼女の意識をこちらに向ける為に両手を叩く。
思いの外通った音に彼女は「ひゃいっ!?」と可愛く返事をしてくれたのを確認して私は口を開いた。
「モブねぇ…。まあ今の私を見てならそう思っても仕方がないわ。……あぁ。謝らないでいいのよ。先程も同じような事は言ったけれど、そう思われるようにしむけたのは私なのだもの。そう意味では努力は報われたわね。だから気にしなく結構よ」
「…….よ、よかったぁ」
「けれど」
「!?」
私の安心させるような言葉に期待通り胸を撫で下ろす琴奈。けれどそんな安堵を遮るように私は言葉を紡ぐ。案の定彼女はまた緊張した表情へと変わる。……うんうん。思い通りの反応に楽しくなってきちゃったわね。まあそんな気持ちも一旦は置いておきましょうか。だってこれからは少し濃密な時間にするのだから。
「このままただのモブと琴奈に思われているのも癪ね」
そう私は言葉を発して私は必要以上に分厚い眼鏡とシニョンに纏めた髪へと手を伸ばす。
まず眼鏡を外し、その次に纏めた髪を解く。
するとどうだろう先程まで一人百面相をしていた琴奈が顔を真っ赤に染め上げ固まってしまう。
私はまたも想像通りの様子につい笑みが溢れてしまう。
ーーここでひとつ彼女の名誉の為に言わせてもらえばこればかりは致し方ない、とだけは言っておこう。
纏めていた白銀色の髪はひらりと重力に従って可憐に本来の居場所である背中の中腹まで流れていき、分厚い眼鏡で隠されていた瞳はアメシスト色の瞳は悪戯好きの妖精のような神秘さの中にもどこか楽しげなモノを宿している。その全体像は、ようやく現世へと姿を見せた神話に讃えられる女神だと言われても納得してしまうような常識はずれの美貌だった。
……とまあ、自分で言っていて恥ずかしくはあるんだけれど、仕方ない。これは私の姿を知る数少ない人達の総意なのだから。
ちなみに背後からの夕日が良い具合に私の神秘性を上げている点も付け加えておくわね。
「……きれい。でも、なんで…?」
私の容姿を見て未だ呆然としている彼女は無意識なのだろう。私に疑問を投げかけてきた。
なんで、の先に繋がるのは隠してきたのか?でしょうね。
その美貌に見合うように私は優雅に席を立つ。机の反対側にいる彼女に近づきながら私はその質問に対する答えを紡ぐ。
「簡単な事よ?少し優れた程度の容姿ならば周りからちやほやされ、多少求婚される程度でしょうね。
けれどある一定のラインを超えてしまった場合、それは信仰の対象となり別の何かへと昇華されてしまうのよ」
そして幼い私の身は常に危険へと晒されてしまうことになる。
祀るための誘拐はもちろんのこと。私を我がものへとしようとする欲望丸出しの変態ども。思い出してみても碌な事がなかったわね。
私が僅かに眉を顰めたのがわかったのだろう。琴奈は少し不安そうに私を見つめていると、何かに気づいたように、はっとした表情になった。
「……もしかして、流川様の側にいるのって、それに隠れ蓑ってそういう?」
彼女の答えに少し私はきょとんとしてしまった。ただ直ぐに彼女の言葉を理解すると頬が緩むのを感じる。
ーーー思いの外彼女は賢いのね。
本人が聞いたら失礼極まりないものだが、先程まで乙女ゲームがどうとか、夢見る乙女全開だったのだから私の考えも仕方ないことだと許してほしい。
「貴女の思っていることで正解よ。アレは私という異端分子を隠すには丁度良かったの。財力は最低限あるし、見目も平均より上だったしね。……ただまあ想像以上に性格が残念だったけれど」
私はそう言いながら近づいた彼女の顎を人差し指と中指で持ち上げる。この状況にいっぱいいっぱいなのか目を回しながら先程の私の言葉に対して彼女は疑問を零す。
「……ざ、財力は最低限って。流川家は日本でも5本の指に入る大企業ですよ?それをそんな…」
彼女の疑問に対して、先程まで私がいた場所から「はぁ」という溜息と共にその答えが返ってきた。
「……もしかしてとは思いましたが、越水様。貴女は由樹様の…延いては四条院家を知らないのですか!?」
「も、もちろん知ってます!……すごく有名な家ですもん…ね?」
綺紗良の言葉に対して最初は威勢よく答えていた琴奈。しかし段々と弱々しくなっていく口調から恐らく詳しくは知らないのだろう。その様子にまたもや綺紗良は溜息を吐く。
「はぁ…。良いですか越水様。四条院家というのは世界でも1.2を争うほどの大企業グループの創始者の御家です。
たかだか日本一国で上位に入る程度の家ではお話にならない程圧倒的な差があるんです。
さらに言えば先程越水様の仰ったヒーロー?の方達でも由樹様の前ではお話になりません。
それにお嬢様自身も御家に恥じない全ての能力において最高峰のものを持っておいでです」
…今度は綺紗良が琴奈化(キラキラした瞳でなおかつ興奮気味に早口で喋る様子)したわ。
あまりの変貌ぶりに琴奈が驚いた表情のまま固まってるわね。
気持ちは分かるわ…けれど私がこんなに近くにいるのに意識を他に持って行くのは面白くないわね。……これはもうしょうがないわよね?いただいちゃいましょう。
「そうよ?私は凄いんだぞ〜?だからねこれからのこと、誇っても良いのよ?」
「……ふぇ?……………んっ!?!?」
彼女が私の言葉に反応してこちらを向くけれどその意味が分からなかったのか先程の動揺が抜けきれないまま首を傾げた。………それを勝手に返答と都合よく解釈し、そして私は彼女のくちびるを奪った。
「ひ…ひしょうひさ!?……うむ!?」
ふむふむ。わざわざ口を開けてくれたのだからご期待に応えなければね。私は彼女の期待に応える為、次は琴奈の口内を私の舌で蹂躙し始めた。
「あぅ…んむ……っ…ちゅく…….んんんッ」
琴奈と舌を絡ませ始めると彼女は段々と頬を赤く染めて、目をとろんとし始めた。それを見た私はそのまま右手を彼女の胸元へと………
「んんんっ!!」
……持っていっていた手を引っ込めた。
手だけでなくくちびるも話した私達は言葉を発さない。そんなサロンの中には琴奈の荒い息だけが響いていた。
「由樹、いい加減にして。今回のそれは余りにおイタが過ぎるよ?」
……うーむ。幼馴染モード発動か。これは本気で怒ってるわね。仕方ない今回はこれで身を引くとしましょう。
「……そうね。少しやり過ぎたみたい。琴奈もごめんなさいね」
「…だ、大丈夫でしゅ」
未だ状況を理解出来ない彼女はどこかふわふわしながら私に返事を返した。私はそんな彼女の耳に顔を近づける。
「でも良かったでしょう?貴女の事は気に入ったからいつでも私の元へきなさいな。待っているわ」
その言葉を聞いた瞬間、先程まで赤かった彼女の顔がさらに真っ赤に染まった。
私はそんか琴奈の様子に満足して
「今日は楽しかったわ。また一緒に過ごしましょうね。
では、ご機嫌よう」
私は笑顔で手を振りサロンを後にするのだった。