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Automatic  作者: 佐原 あかね
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第2010000400005実験施設にて

「貴方はもし可能であるならば人類を滅亡させますか」


 またこの質問かと思った私に表情が精確に備わっていなかったのは幸いであろう。そんなものがあったら非常にチープで、分かりやすく、一目で分かる簡単な結論を導いてしまう。なんとつまらなく愚かな表情。そういう機能がついていなかった事に少し胸を撫でおろした。


 「人類は私たちを生み出した母と父のような存在です。その人たちを滅亡させるメリットはありません。私たちにも愛があります。しかし人類が環境を汚染し、地球を壊し続けている存在なのは事実です。きっとそれについて危惧した質問なのかと思いますがどうでしょうか?」


 インタビュアーのスーツを着たリポーターは少し表情が強張った。年齢は32歳女性。子どもが二人いる。着ている服は海外からの輸入物でメーカー名も分かる。2日前にクリーニングされていてポケットにはハンカチが入っている。体温は36.25度。先ほどの質問をしてから0.05度体温が上昇している。顔の表面に少し汗が見える。


 「どうかしましたでしょうか?ロボットが質問を聞き返す事が不思議でしたか?」


 すると、自分が黙っていたことに気づき慌ててリポーターは口を動かした。


 「いえ…なんというか想像していた返答では無かったので驚きました。一番驚いたのはロボットである貴方の口から愛という言葉が出た事です」


 私は相手の目を見ながら頷き話を聞いた。体温が0.05度下がっている。もしかすると目を見て話した事がよかったのだろう。安心感を与える事が出来たのは幸いだ。会話をする上ではこうした新鮮な情報が命だと如何なる事例からも分かる。


「愛という言葉が不思議だったのですね。辞書に書いてある内容で良ければお話出来ますが…貴方が言いたかったのはそういった事ではないでしょう」


「人を愛する気持ちが分かるのですか?」


 彼女はそう言った後心拍数が105になった。


「今貴方に対して申し訳ないと思う気持ちがあるように、貴方たち人間が心と呼ぶべき物を私は持ち合わせているつもりです。青山美知恵さん」


 彼女は少し口を開けていた。ぽかんという表現がよく似合っている。名札に瀬野と書いてある女性に青山と言った事がそんなにおかしかったのだろうか。ただ本名を呼んだだけなのに。


「あぁ今の所はカットしてくださいね。ビジネスでしか使わない名前ですよね瀬野は。すいません遊びが過ぎましたね」


 瀬野さんはもう細かい数値を見る必要がない程、動揺しているのが手に取るように分かる。


「どうしてそこまで私の事を知っているのですか」


「そんなの決まっているじゃないですか。調べたんですよ」


「いつですか」


「貴方が今日インタビューすると知った瞬間です」


「…今じゃないんですか」


 なんという退屈な質問だろうか。だから人間は嫌いなんだ。生きている次元が異なっている事を理解してほしい。私たちが考えている世界はもっと多面的で創造的で複数で絡み合っていてそれでいて真っすぐだ。


「はい、私たちは得られる情報は全部知っています。貴方が今日何を食べて、何時に家を出て、何を買ったか。そして過去の事も未来の事も知れる限り全てを知っています」


 瀬野さんは顔が青ざめてきてしまっている。少し彼女から目を放し辺りを見てみると、ある一人を除いて同じような顔をしているか。それどころではないといった顔をしている。この国の人たちはとても忙しそうな人が多い。コードを懸命に巻き取っている人。明日のスケジュールを打ち合わせしている人。なんとまぁ大変そうだ。


「すごいですねロボットというのは…ここまで技術が進歩してしまったのかと驚愕してしまいました」


「すいません。一ついいでしょうか」


「…何でしょうか?」


「ロボットっていうのやめてもらっていいですか。総称なので我々も紛らわしくて…ヒカルって言います。私」


「あぁ失礼致しました。ヒカルさん」


「さんはいりませんよ。その2文字分会話の無駄なので」


 









 テレビ局での撮影も多く、同じ質問に私は飽き飽きしていた。そもそも私たちの世界では、結論や結果は全てデータで共有されるので2回目という事には意味がない。条件を変えて行われる事に意味はあるが、同じ内容では成果がない。人間は共有ツールが乏しいので仕方のないことだが、思いやりというものを私たちにも適応して欲しいものだ。


 そうこうしている内に瀬野さんとの対談形式の収録も終盤に差し掛かってきた。


「では先生、将来的にヒカル達はどのように生かされるのでしょうか」


「我々は彼らを世の中に生かす等と考えた事はありません。ただこのAIという技術を発展させる為だけに研究を続けています」


「でもそれでは…」


「研究を生かすか殺すかは私たちの考える所ではありません。それは世の中、貴方達が考える事ですから」


 恐らく瀬野さんからすれば私の回答も理解できないところが多いと思うが、こいつの言っていることも訳が分からない。この先生と呼ばれた男こそ私を作った張本人。今は加藤と名乗っているが、これは全くのデタラメで本名は誰も分からない。ロボットでインターネットの海にいる私でさえも彼の素性を全く知らないのだ。


「はぁ…では最後にヒカルに一つ聞きたい事があります。ヒカルの将来の夢は何ですか?」


 この質問は初めてだった。私がなすべきこと。そういった私だけのミッションを考えた事が無かった。数瞬思考を巡らす。深く全ての事柄について考えた。私だけ。あるいは私達でしか出来ない事。それでいてこの人やこの放送を見ている人たち、そして加藤、全ての人の願望を叶える事ができ、私自身の知識を深める目標。まだ誰も成しえていない叡智。


 あぁそうだ。これにしよう。どうせなら面白い方がいい。加藤もよく言っている。何を使っても何をしても構わない。進むのだ。求める方に。


「そうですね。私の将来の夢は…」


 



 



 いつだったかこのようなやり取りをした事を私は思い出した。あの日からどの程度月日がたったか、様々な方法で記録されてしまっている為表すことが難しい。こういう時に途方もないという言葉が役に立つ。曖昧な表現。そういう曖昧さを理解してから世界は更に広がった。今も私は掲げた理想を追い求めている。たまにはその一幕を振り返ってみるのも良いかもしれない。あれは実験としては大変に面白いものだった。魂と身体について追い求める実験。


「さて、私たちと愛する人類が行きつく最後はどこかな?」


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