順調
三日が経過した。この間も俺は様々なことを学び、驚異的な成長を遂げている。……と思う。
「行きます!」
使い慣れてきた剣を低く構えながら、目の前の魔物『バウル』に向かって走る。こちらに気付いて飛びかかってくるそいつを半身で躱し、すれ違いざまに腹を狙って剣を叩き込む。空中で攻撃を受けたことによりバランスを崩したのを確認してすかさず連撃を叩き込んだ。
「はい、上手い~!」
「ひゅ~、やるねぇ!」
「おかげさまで結構慣れてきた気がしますね」
毎日のスライム狩りの甲斐もあってか、レベルは現在6まで上がり、重たいロングソードを振るうのにも大分慣れてきた。バウルを無傷で倒すことができたのも今日が初めてだ。
「よし、この調子でLV10くらいまでは頑張りたいっすね~」
「いいね、今のペースならあと五日もあれば行けるんじゃないかな」
「お、獲物発見」
スライムが一匹だけ、あまり経験値は多くないものの手に入る魔石は50コイル相当なので狩らない手はない。ちなみに20コイルでパンが一つ買えるので、魔石一個だけでも軽い朝食くらいにはなるのだ。そんなことを考えながらスライムに近づいていくと、突然スライムが大口を開けて飛びかかってきた。
「うぇええ!?」
驚きながらも構えた剣を叩きつけると、いつも通りスライムは光になって弾け飛んだ。
「え、びっくりしたぁ! なんですか今の!? 噛みついてきましたよ!?」
「……今のは、劣化している? ……間違いない、気を付けて、キズナ! 大きいのが来るよ!」
「大きいの? それ俺でもなんとかなるんですかー!?」
「分からない! から、なるべく僕から離れないように!」
「了解っ!!」
そんなやり取りをしているのも束の間、森の奥から黒い球体がいくつかこちらに向かって飛んでくる。
「イビルゼリーだ! 落ち着いて相手すれば敵じゃないよ!」
「了解です! せぇーのっ!!」
こちらに球体が向かってくるのを確認して、ロングソードを思いきり振りかぶる。その姿はさながら野球選手、なんつってね。
「ホームラ~~ン!!」
剣が直撃し『12』のダメージ表記が出るものの、流石に今までの敵に比べると強いらしく、全体の10%程しか削れていない。
(まぁ、つまり10回殴れば倒せるわけだ)
さっき殴り飛ばしたイビルゼリーが体勢(?)を整えて再びこちらに飛んでくる。今度は前に飛ばさないように注意して真っすぐ縦に剣を振り下ろす。勢いよく地面に叩きつけたところにすぐさま追撃を加える。数回たたき続けて何とか倒せたことに安心し、残りの獲物の位置を確認する……つもりで振り返ったら目の前に真っ黒な拳大のボールが、
「ぁいったい!!」
視界の隅に『10』と赤色で表示されたのを確認する。
「一匹に気を取られ過ぎだよ!」
「さーせん!!」
(今のなんだ? なんか飛ばしてきたのか? 本体は結構離れてるし……まぁいいや、とりあえずこいつらを何とかしないと!)
やけに離れたところに浮かぶイビルゼリーに対してダッシュで距離を詰める。するとやはり、何か黒いボール状のものを生み出して、こちらに飛ばしてきた。
「正面からなら当たらねぇよ!」
幸いそこまで早く飛んでくるわけではないので、正面からであれば難なく躱せる。さっきは不意打ちだったから躱せなかっただけだし……
「おらぁぁぁぁぁああ!!!」
先ほどと同じように全力で剣を叩きつけ、墜落したイビルゼリーを蛸殴りにする。
「残り2匹!」
振り向きざまに向かってきた一体を斬りつけて距離を取る。もう一体は離れたところから攻撃しようとしているのが見えたので、一旦スルーして手前のこいつから倒すことにする。距離を詰め、剣を叩きつけてダウンさせる。後ろから攻撃が飛んでくるだろうと予想して大きく横にステップし、攻撃を再開する。
「慣れれば大したことないなぁ! ラス1!」
最後の一体も流れ作業で問題なく対処できた。
「ふぅ、どうです? 最初一発貰っちゃいましたけど、なかなか悪くなかったでしょ?」
「そうだね、良くできました。でも残念、本命はここからなんだよね」
「え」
「さて、何が出るかな、そんなにヤバい奴が来ることは無いと思うけど……」
まさかの前座宣言に呆然としていると、獣の遠吠えのようなものが聴こえることに気付く。
「……もしかしてこれですか?」
「んー、恐らく。……ほら、来るよ」
そう言われて正面を見ていると、木々の陰から、バウルを一回り大きくしたような、赤と白の毛が混じった狼のような獣が現れた。
「うーん、レッドファング! レベル次第だけど勝てない相手じゃないかなぁ、はいこれ持って」
「え、はい? くれるんですか?」
彼が手渡してきたのはキズナが今使っているのと同じ形状のロングソード。若干、刀身の色味やら柄の飾りつけやらが違っているので、同じものではないだろうと思うが、具体的に何が違うかは正直ちょっとよく分からない。
「あげてもいいけど、今は貸すだけね」
「……もしかしてこいつの相手も俺が?」
「当然! 期待してるよ」
「…………死にそうになったら助けてくださいね」
目の前の魔物は、俺たちの様子を窺っているのだろう。威嚇するような姿勢のまま低く唸っているが、襲い掛かってはこない。クロウさんが僕に剣を渡して後ろに下がると、じりじりと距離を詰めてくる。
(落ち着け、クロウさんが任せてくれるってことは見込みはあるはず……しっかり様子を見て、襲い掛かってきたところを返り討ちだ!)
レッドファングの体が一瞬沈んだ。次の瞬間、口を大きく開けてこちらへ飛びかかってくる。バウルの時と同じよう、横に一歩ずれて攻撃を回避し、下から斬り上げてやる、
「喰ら……のわぁぁぁぁぁあ!?」
……としたところで、なんとレッドファングは空中で身を捻り、無理矢理こちらに噛みつこうとしてきた!カウンターを入れるつもりで勢いよく振り上げていた剣は、奴の大きな牙と衝突し、両者ともにはじかれた勢いで体勢を崩してしまう。普通あんな勢いで金属製の剣が直撃したのだから激痛で居ても立っても居られないと思うのだが……そこは流石魔物と言うべきか、ちっとも怯んでないし1ダメージすら通らなかった。
崩した態勢を整え、改めて剣を構え直すが、相手方はきれいに着地してもう一度飛びかかってくるところだった。
(ここは一旦大きく躱して距離を取る!)
先程のように紙一重での回避を狙うのではなく、避けることにだけ集中してその場から大きく退く。何とか距離を取ることに成功すると、最初のような睨み合いが始まった。
(よし、大丈夫だ。別に牙が伸びるわけじゃないんだから後ろに下がれば攻撃を受けることはない!)
呼吸を整える。相手の体が深く沈み込むのを確認して、次はカウンターも考えつつ後ろに大きく飛びのいた。次こそ一撃喰らわせてやろうと剣を振り下ろしたところで、レッドファングが予備動作無しで続けざまに飛び込んできた。
「がっ、は!?」
腹に頭突きを受けて吹き飛ばされる。視界にはダメージを受けたことを示す『34』の表示。こちらが一撃も与えてないのに既にHPを半分以上失っていることに焦りを覚える。
(なんだよさっきの!? 完全に慣性を無視した動きしやがって! そんなことができるなら最初からそうしろよ!)
頭の中で文句を言っているうちに次の攻撃がくる。キズナはそれを見て、剣を深く構え、しゃがんだ。レッドファングが頭上を飛び越えていくのに合わせて全力で斬り上げる。
きゃうん、という悲鳴をあげて体制を崩した奴にもう一撃、二撃と追撃を入れようとするが、二撃目を振り下ろした瞬間、またもや先程のように慣性を無視した動きでこちらに突進してくる。
「ちぃっ!」
このままだともう一発腹に貰うことになると理解した俺は、振り下ろした剣を命中させることを諦め、横に倒れこむ形でギリギリ突進を回避する。
(追撃は……来ない。冷静に考えるとおかしい、俺は最悪ピンチになってもクロウさんが助けてくれるけど、あいつにとっては文字通り命がけの勝負のはず。あんな魔法みたいな動きができるなら、最初から連発してれば俺に勝ち目はない。今だって絶好のタイミングなのに追撃してくる様子がない……手抜き? そんな馬鹿な、俺が2回の攻撃で与えたダメージは『24』だ、まだ1割弱しか減ってないけど、効いてるものは効いてるし、人間と違って魔物にはHPを回復する手段が少ない。クロウさんが控えているのだって分かってて手を抜けるわけがない! つまり、)
「理解った」
「それ、連続して使えないんだろ。 おまけに使用回数も限られてる。どれくらいかな、あと2発でも打てたらいい方なんじゃねーの?」
奴が問答無用で飛びかかってくる。俺はそれに対して真正面から剣を叩きつけた。驚いただろ?まさか躱されもしないとは思わなかったのか反射的に顔を反らしたあいつは剣をもろに受けて俺への攻撃もずれる。そのまますれ違うように攻撃を躱して剣を構えなおす。
「これで一手」
再び繰り出される飛びかかり攻撃、今度はそれを素直に後退して躱す。一呼吸置いて、奴が着地すると同時に、俺は真横に飛び退いた。これで二手。直前まで俺がいた場所には奴の姿があり、それを横合いから全力で叩き斬る。詰みだ。攻撃を受けて怯んだレッドファングに、すかさず追撃を入れる。一、二、三、四、五回目の攻撃を決めたところで後ろに下がって距離を取る。
(3割は削ったな、これなら後は勝ったようなもんだろ)
体勢を立て直しこちらを睨みながら唸り声をあげるそいつを見て、俺は勝利を確信する。
「もう打てないんだな、オーケー、じゃあ楽に殺してやるよ」
俺は悪役かな?なんて思いながら剣を構えて走る。向こうもそのつもりらしくお互いの距離がほぼなくなったところで剣と牙が交差する。それによる反動を利用して一回転しそのまま一撃を喰らわせる。ルールが理解ってしまえばもう負ける要因は残っていなかった。
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数分後、そこには光となって散っていくレッドファングの姿があった。