天下の一文無し
「本当にいいんですか? 自慢じゃないけどお金ありませんよ?」
「だろうな、まぁ、だから、代わりにうちの仕事手伝ってくれりゃあいい」
「仕事ですか? 自慢じゃないけど何もできませんよ?」
「荷運びやら掃除ならできんだろ? 別に難しいことやらすわけじゃねぇし、それさえやれば寝床も貸すし、飯も食わせてやる。いい話じゃねぇか?」
「それはもう、これ以上ないくらいに……ただ、見ず知らずの人間にそこまでしてくれる意味が分からないっていうか……」
「それはまた後で説明してやらぁ、まずは今日の仕事だ、いいな?」
「……わかりました、よろしくお願いします」
――――――――――
なんとおっさんは鍛冶屋だった。
剣やら槍やらを冒険者相手に売る仕事らしい。平然と武器が売り買いされて冒険者なんて仕事が割かしポピュラーな世界、つまり俺が転生したのは純度100%のファンタジー冒険RPGの世界らしい。
俺が任された仕事といえば、鍜治場から店頭に商品を運ぶとか、客がいないうちに店内の掃き掃除をするだとか、つまるところは言われた通りの単純なお仕事だった。確かにこれなら猿にも俺にもギリできる。おまけにおっさんはワイシャツとスラックスという異世界情緒に欠け過ぎる俺の恰好を見かねて、当たり障りなさそうな布の服まで貸してくれた。こんなん惚れちまうぜ、嘘だけど。
「おう、親っさん! ロングソード置いてるかい」
「ねぇよ」
「いやなんでだよ、それが無かったら何があるんだよ」
「芝刈り用の鎌ならあるぞ、おら坊主、出してやれ」
「はいただいま~!」
「いやいらんわ、てか店員なんか雇ったのか? いらねぇだろ、客いねぇのに」
「あん? 店閉じるぞ、おい」
「お待たせ致しました、こちらご所望のものとなります~!」
「いや、だからいらねぇ……て、剣あるんじゃねぇかよ!」
「あたりめぇだ、ねぇわけあるか」
こんな感じで意外と繁盛しているらしい。良いことかと問われると何とも言えないけど、お客さんは気のいい人たちが多いし、賑やかだし、やってて結構楽しかった。思わぬところで天職に巡り合ってしまったかもしれないな。
そんなこんなであっちこっち忙しく歩き回ってたら、いつの間にか日が暮れて店じまい。改めておっさんから朝の話の続きを聞くことになった。
「と、いうわけですなぁ」
「なにをわけのわかんねぇこと言ってんだ、おい」
「で、なんでしたっけ、ボランティアが趣味なんですっけ? 親っさん?」
「んなこたひとことも言ってねぇだろ、どうした? 馬鹿か?」
「ご名答、親っさんにマイナス1ポイント~」
「いつまで続ける気だ馬鹿が、ったく……今朝の話だが……まずは異邦人についてだ」
「僕のお仲間ってことですね」
「…………いや、そこもちょっと話がちげぇな」
「え、敵なんですか」
「さぁな、そいつもお前次第だろうよ」
「…………」
「……連中、異邦人ってのは昔から、どこからともなく現れてはとんでもねぇことをしでかす英雄みたいな存在だった……誰だってガキの頃は憧れるような、そんな存在だ」
「なるほど」
「……それがな、ここ4,5年前から急にあちこちに現れるようになったんだ。この村の近くで湧いたのはおめぇさんが初めてだけどな」
「あちこちって、どれくらいいるんですか?」
「知らん、百や二百じゃきかねぇだろうな」
「草」
「あ? 何が臭いって?」
「すみませんなんでもないです」
「…………ふん、で、だ、今では異常なまでに増えちまった異邦人様だが……」
「なんかあまり良くなさそうな言い方ですね」
「…………『エトランゼ』って連中がいる」
「ふむ?」
「ここ数年で有名になった異邦人の集まりだ。どれくらいの人数かは知らねぇが、今じゃこいつらの名前を聞かねぇ場所は無いらしい」
「らしい……ですか?」
「人に聞いた話だからな、俺がこの目で見たわけじゃねぇ」
「ふぅん……で、その『エトランゼ』とやらがどうかしたんですか?」
「連中、表向きは魔物から人を守るだの、一般人にゃ難しいような仕事を引き受けるだの、冒険者みてぇなことをやってるんだが……裏では結構好き勝手やってるらしい」
「好き勝手って……それにまた『らしい』じゃないですか」
「そうだ、これはあくまでも人づてに聞いた話だ。だから鵜呑みにしろってわけじゃねぇ。ただ、そんな噂話を聞いたのも、一度や二度じゃねぇ」
「ふむ……」
「もちろん全ての異邦人がそうじゃねぇだろうさ、俺はまともな異邦人と合ったこともあるし、おめぇもそうだと思ってる。……今のところはな」
「ふんふん、それで……?」
「連中、異邦人を見つけては片っ端から勧誘してるらしい」
「……勧誘、ですか」
「そうだな、増えたと言っても冒険者の数に比べればアリみてぇなもんだ。やはり人手は足りてねぇんだろう」
「そういうことですか、つまりそういった勧誘には乗るなと?」
「なにもそこまでは言わねぇよ、だが、そういう噂があることを早いうちに知っとくのは無駄じゃねぇ。それにもしだ、おめぇさんが勧誘を断ったとして、連中が噂通りの連中なら『じゃあ、さようなら』とはいかねぇんじゃねぇのか?」
「まぁ、一理ありますよね」
「だからよ、どうするかはてめぇの勝手だが、不意打ち喰らわねぇように準備だけはしとけって話だ」
「なるほど……」
「ただでさえ化け物みてぇな連中に街中でドンパチやられて困るのは周りの人間だからな、そこは気を付けてくれ」
「化け物、ですか?」
「ああ、化け物みてぇに強すぎる、そこらの冒険者が束になっても異邦人一人に勝てやしねぇ……おめぇだってそうなんじゃねぇのか?」
「いやいやいや、僕なんて……」
――――――――――
『――貴方には転生特典が一つ与えられ』
――――――――――
「……あぁ」
「あるんだろ? 思い当たることが」
「…………そう、ですね。なんとなく」
「まぁ、そういうこった。そして連中は今も増え続けてやがる、厄介なこった」
「確かに、一般の人から見たら厄介極まりないでしょうね……」
「ああ、別におめぇを悪く言うわけじゃねぇがな、中には勧誘を断った結果、消された奴もいるって話だ」
「消さ……え?」
「殺されたってことだ」
「………………」
「聞いておいてよかっただろ?」
「だから、あなたは僕を……」
「降りた先がうちの庭だったことに感謝するといい」
「…………」
初対面の俺をすぐに家に入れてくれたのも、仕事前に服を見繕ってくれたのもそういうことなんだろう。おかげ様で俺が異邦人であることを知る人間は親っさんしかいない。あとは周りにばれないように静かに暮らしてればヤバい奴らに絡まれる心配もなくめでたしめでたしってわけだ。
「……理解しました。ありがとうございます」
「おう」
「あの、もしかしてご家族は……」
「…………それか」
「やはり」
「…………嫁は病死、バカ息子は冒険者の仕事中に魔物にやられてお陀仏だ。異邦人とは一切関係ねぇよ」
「」
「ま、話は終わりだ。明日も朝早いからな、さっさと寝ろよ」
そう言って親っさんは自室に消えていった。は?
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