消された惑星
2056年。その年は「天文学の危機の年」と呼ばれた。
エチオピア出身の黒人男性、ドルド・ブラムスはアメリカのとある天体研究所で不思議な天体を見つけた。ドルドは通常の天体軌道と異なる天体に違和感を覚え、彼の上司であるジェームズ・クラークと共にその天体を観察した。
「もしかして、これは惑星なのか?」
二人は興奮を覚え、観察を継続した。その結果、その天体は惑星だと分かった。そして、驚くべき事実が判明した。赤道面での直径が15万キロ以上あるのだ。木星が14万キロ前半であることを考えれば、現存する惑星の中で最大の惑星と言うことになる。
2056年の秋。国際学会でドルドとジェームズはその惑星について報告した。木星よりも巨大なその惑星の存在は参加した天文学者たちに興奮を与え、発見したドルドに称賛を浴びせた。新惑星の名前はケペウス。ギリシャ神話に出てくるエチオピア王家の王の名前で、ジェームズが発見者のドルドを讃えて提案した名前だった。
学会で報告してすぐに、ケペウスは惑星である、と認められるわけではない。天文学会で正式に惑星であると認められなければならない。しかし、木星よりも巨大な惑星であるケペウスを惑星でないと認めるには無理がある。二人は時間の問題だと思い、飛行機でアメリカへと帰国した。
ところが、十二月に入るといたるところから太陽系に属する新惑星の発見の声が出始めたのだ。最初、ケペウスを誤認識したものと思われていたが、そうではなかった。ケペウスとは別の惑星が124つも見つかったのだ。そのうち、木星よりも赤道面半径が大きいと思われる天体は36、ケペウスよりも大きいと思われるものは14であり、地球より大きいものでも66、それ以外は少なくとも火星よりも大きいと分かっている。これまでの惑星観が覆されつつあった。
そして天文学者たちの間で声が上がり始めた。
「惑星の数が多すぎる。定義を変えて減らすべきだ」
その声にすぐさま賛同する声と反対する声が上がった。賛同する声は惑星の上限を木星の質量基準で決めることをやめるべきだと言った。それは木星を惑星から外すと言うことと同義だった。
2057年、論争は過熱化する。惑星質量の上限の変更と下限の変更が同時に提案されるようになった。質量の定義の他には軌道半径の上限を定めてみてはどうかというのもあった。
多くの新惑星発見者たちはこの議論に対して反対運動をおこした。発見者の多くは黒人で、反対運動のほとんどが黒人で占めていた。上限と下限の変更を提案するグループはそのほとんどが白人だった。いつしか、惑星の定義論争は白人と黒人の対立へと話がすり替わってしまった。
ジェームズは反対運動に参加したが、その隣にドルドはいなかった。自宅に度々脅迫文が届くようになってしまい、今ではホテルを転々として身を潜めて過ごしている。
脅迫文はドルドだけでなく、他の黒人発見者の自宅にも送られるようになった。身の安全を考えた発見者たちは徐々に反対運動から身を隠すようになってしまい、学会で反対を唱えるのはジェームズをはじめとする数少ない白人だけになってしまった。
そして、2059年の国際学会の総会で、惑星の定義について話し合われた。そして地球質量の0.95から1.05の範囲と定められたのだ。この瞬間、発見された新惑星は惑星ではなくなってしまった。ジェームズは総会で肩を落とし、ドルドはホテルで泣き崩れた。
総会で賛成票を投じたミハエル・ファラウスは、翌日、新聞で大々的に報じられた惑星の定義の記事を読みながら、うんうんと頷いた。提案された定義は、増えすぎた惑星の数を減らすことができたのだ。
満足げに朝のコーヒーを飲んでいたところで、孫のメアリーがミハエルの横から新聞を覗き込んだ。
「プラネットの定義が変わったの?」
「そうだよ」
「地球はプラネットのままなの?」
「ああ、そうさ。主が生み出したこの星の尊厳を人類は守ることに成功したんだ」
するとメアリーは手を叩いて大はしゃぎした。
「すごいね!やっぱりお星さまは地球を中心に回ってたんだね!」
ちなみにこの定義で行くと、ホルストの『惑星』は「惑星」でなくなるんじゃないかな?