第7話 宿泊
「また来てねえ。お嬢ちゃんたちも」
お見送りをしてくれるハンネンさんに手を挙げて応え、俺たちは帰路についた。
「「ごちそうさまでした」」
律儀にそう言ってくれたふたりに「おう」とだけ言って、歩く。
「こっちで合っているのか?」
「うん」
ふたりの宿泊している宿屋は南エリアにあるらしい。
ここら辺はギルドに近いということで宿屋が多く、その客のほとんどが冒険者だ。しかも安いところからちょっと高級なところまで集っているので初心者から上級者まで幅広くいる。
俺も金がない頃などはここらで借りていた。
まだがやがやとうるさい街の中を歩いていると、ペトラが「あっ」と声を上げた。
「ピーちゃん」
なにかを見つけたらしく、走っていってしまう。
ピーちゃんって、確かクマのぬいぐるみとかだったっけ?
「あーなんで!?」
するとジェイミーも少し怒ったように声を出して、俺から離れてペトラのあとを追った。
なんだどうしたんだと思った俺の視界に入ったのは建物の外に追いやられた荷物だった。
「どうしたんだ。これジェイミーとペトラのか?」
「うん、そう」
「そうです」
遅れて追いつくとどうやら俺の予想は当たっていたらしい。
そこまで荷物は多くないようで、リュックにまとめられていた。
ペトラはピーちゃんを胸に抱き、ジェイミーはなにかなくなってないか確認していた。
おいおい、この宿屋は客がいない間にこんなことするのか?
「あ、お前たちやっと来たか」
宿屋から現れたのは神経質そうな老人だった。
こいつが理不尽な行為をした野郎か。
さすがに俺も一言言おう。
「あー、なんで私たちの荷物部屋から出してるのよ!」
「出すに決まってんだろ」
「なんでよ!」
「てめーらがいつまで経っても金を払わねえからだろ!」
……ん?
「払ったじゃない!」
「一日分な! まだまだ一週間以上滞納してんだよ!」
「だからお金が手に入ったら払うって言っているじゃない」
「何回それ言って見逃してやったと思ってんだ。もう限界だ」
取り合うつもりはないのか、老人はジェイミーたちに帰れと促し、俺を見てきた。
「おい、なんだ兄ちゃん。この子らの保護者か?」
「え、いや……あー、まあそんな感じです」
「だったら金払ってくれや」
「……でも俺、これくらいしか持ってなくて」
現在持っているのは三〇〇〇デリカだった。
それを見せると、老人は引っ手繰り、「足りねえ」とぼやく。
……は!?
「こんなの二日程度じゃねえか。無理無理。べつの宿行きな」
告げると老人は宿へと戻っていった。
残されたのは無一文の俺とほぼ無一文の幼女ふたりだ。
「おい、ジェイミー、ペトラ。……お前ら、宿代払ってなかったのかよ」
「だってパトリエがしょぼいクエストしか受けさせてくれなかったからあ!」
言い訳めいたことを言うジェイミー。
しょぼいっつったって、普通に依頼達成していればなんとか暮らしてはいけるくらい稼げるはず。おそらくは、依頼失敗続きだったんだろうな。
「ごめんなさい。……ダレンさんのお金」
「あれはいいよ」
申し訳なさそうにするペトラに気にするなと笑いかける。
一日一五〇〇デリカなら、まあFランク冒険者が泊まるには妥当なところだと思う。がしかし、それを一週間以上滞納するとはな。こんな対応されても怒れねえ。また明日、残りの分を払わないと後々面倒なことになる。ここだけ泊まることができなくなるのはいいが、もしかしたらブラックリスト入りなんてことになったら彼女たちの今後に影響してしまう。
で、いま問題なのはジェイミーとペトラが今日寝泊りする場所だ。
まさかここまで金に困っていたとは……。
「パトリエさんは……だめだな。もうギルドやってねえだろうし」
ひとつの案が消える。
だがもう残されているものなどない。だって俺、交友関係狭いし。
ハンネンさん……はだめだな。鍛冶屋のあの人もだめだな。
とすると、やっぱり女の子だから――
「……シェリルたちはだめだろ」
選択肢はもうない。
金だっていまないし、戻って金持ってきて宿探すってのも難しいし。
かと言って野宿は……。
「もう一回あのわからず屋を説得してくる!」
「待て待て」
無謀なことをしようとするジェイミーの襟を掴む。
「離してよお、ダレン」
「ジェイミーがいま行ったって金ないんだから聞いちゃくれねえよ」
「……でもぉ…………、うう、…………わかった」
諦めたジェイミーは荷物を持つ。
「ペトラ行こ。どっかべつのところなら空いているかもだから」
「……うん」
促されたペトラも立ち上がって、ピーちゃん片手にリュックを背負う。
「待てって」
そんなふたりを俺は追いかける。
「あ、ダレン。今日はご飯ありがと。明日からよろしく」
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく――じゃなくて」
なんか普通にこのままさよならしそうになったわ。
「俺が泊まっている宿に来るか? ちょっと狭いけど、ふたりくらいなら大丈夫だろう」
「「へっ?」」
「もちろんお前たちが嫌だって言うんならいいけど」
ぶんぶんと思いっきり首を振るふたり。
「いいの?」
「ああ。……んじゃあ行くか」
そして俺たちは東エリアにある俺が泊まっている宿へと向かった。
――――
東エリアにある『クリープハウス』そこが俺の泊まっている宿屋だ。
アンセムたちとパーティーを組んでいた時はパーティーハウスということで一軒家であった。そのため俺は必然的にそこから出なければいけなくなり、そしてできれば彼らの家とは遠くに行きたいということからこのエリアに決めた。
探している途中、偶然にも以前に依頼主として会ったこともあった人と遭遇し、それからというもの、その人たちが経営するところにお世話になっている。
「入っていいぞ」
到着すると鍵を開けてふたりを招く。
「「お邪魔します」」
どこか緊張を孕んだ声で言い、一歩ずつ部屋に入る。
「自分の家だと思ってくつろいでくれ。……って言っても無理かもしれんが」
俺ひとりの部屋であるため、そこまで広くはない。
しかし設備はかなり充実しており、一室ごとに浴室やトイレもあり、簡単な料理もできるようにキッチンも備え付けられている。結構値段は張るが、知り合いということもあって負けてもらっている。他の人と変わらない値段でいいと言ったのだが、ここの人たちは優しく、俺の事情も汲んでくれた。いまとなってはありがたい。
「ほれ、荷物こっち置くから」
「うん。ありがと」
ジェイミーから受け取り、俺の荷物がある隅のほうに置く。
「お願いします」
「おう。……あー、そのぬいぐるみ…………ピーちゃんだったか? それどうする?」
「ピーちゃんは私が持ってます」
「了解。んじゃこれは置いておくな」
ペトラからも荷物を預かって、隣に並べる。
「今日は疲れただろ? 先にシャワー浴びてきていいぞ」
「シャワー?」
「そっちに浴室があるから。そう、そこだ。身体洗ってこいよ。その間に、ちょっと寝るところとか整えているから」
「うん」
指示を出すと、ふたりは浴室に入り、「すごーい、こんなのが部屋にあるんだー」と喜んでいた。
「忘れてた。ふたりとも着替え、着替え」
ガチャリと開けると、そこには絶賛脱ぎ中のペトラがいた。
こちらに突き出されたお尻は、ぷるんという音を発してしまうのではないかと思うくらいに柔らかそうだった。
「…………わ、悪い!」
幼女とはいえ、女の子。
俺はすぐに扉を閉めて部屋に戻る。
……やばいなにしてんだ俺は。
脱衣所にはペトラしかいなかったので、ジェイミーはもうすでに浴室に入っているのだろう。
「着替え! 着替えをな! ええっと、すぐ出たところに荷物置いとくから出たら取ってくれ」
他意はないのだということを強調し、俺はそこから離れる。
「ありがとうございます」
扉が開いたかと思えば、お辞儀をして荷物から自分のものとジェイミーの着替えを取って脱衣所へと戻っていくペトラ。
あれ、全然大丈夫な感じ?
拍子抜けしてしまう俺。
むしろ幼女相手に意識した俺のほうがやばいのか?
自分よりも五歳も年下の相手にどう接していいか悩む俺だった。




