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第6話 初めての食事



 すっかり日も暮れてしまっていたので、どこかで夕飯でも食べてから帰ろうかと俺が提案し、ふたりともから行きたいとの返事をもらったので三人で南エリアのメインストリートを歩いていた。

 ギルドから少しだけ離れた場所。

 あまり人気もなく、魔石で作られた魔導具の明かり『魔石灯』がだんだん乏しくなっていく。


『タンパベイ亭』と書かれた小さな看板を見つけ、そこから建物と建物の間にある階段を下っていく。


「あらダレンくん。いらっしゃい」

「どうもハンネンさん。今日は三人です」

「まあまあ残念。いっぱいお話ししたかったのに――んー?」


 店主であるハンネンさんの視線が俺の後ろについてきたふたりの幼女に移る。

 長い金髪を耳にかけ、その濃い化粧に施された表情が嗜虐的に変わる。


「ダレンくんってわたしに興味を示さないと思ったら……そっちだったのね」

「断じて違います」


 絶対思っているであろうことを否定する。


「可愛い女の子たちねえ。食べちゃいたいくらい」

「「ひっ」」


 いきなり顔を近づけてきたハンネンさんにふたりは怯えるようにして俺の背に隠れた。


「怖がってますから、やめてくださいよ」

「もういけずね」


 むっすーと拗ねたように言い、席を案内してくれる。

 ああいうことするから客がいなくなるんだよなあ。ほら、夕飯時なのに俺たち以外に客が二組しかいない。しかも常連さん。


「見ない顔のお嬢ちゃんたちね。ダレンくん、だれなの?」

「こっちの子がジェイミーで、こっちがペトラ。……俺の新しいパーティーメンバーです」

「え? そうなの? てっきりソロでやっていくものなのかと思っていたけれど」

「いろいろとありましてね。まあずっとってわけじゃないんですけどね」

「そう…………ふうん?」


 品定めするかのようにふたりを見るハンネンさん。

 いつもはカウンター席だが、今日は三人なので四人用の席に案内された。

 樫の木で作られた席に着き、ハンネンさんからメニューを渡される。


「俺の奢りだから、好きなの選んでいいぞ」

「いいの?」「いいんですか?」

「ああ。俺が連れてきたんだからな」


 目を輝かせるふたりに俺は年上の余裕を見せる。


「やだ太っ腹ねえ。じゃあお酒三つに――」

「ちょちょ! まだこの子たち一二歳ですから!」


 勝手に注文を取りつけるハンネンさんを慌てて止める。

 ちなみに酒は一五歳から飲むことができる。この子たちはまだだ。


「べつにだれも見ちゃいないわよ」

「おいおい仮にも飲食店の責任者なんだからそこんところはちゃんとしろよ」


 呆れる俺にハンネンさんは「細かいわねえ」とか言っている。

 そう言えば俺もまだ一五歳になってない頃にこの人に飲まされたっけ……。


「私このラタトゥイユってのがいい」

「わたしはこのジェノベーゼってやつをお願いしたいです」

「おっけ。それじゃあ俺はリゾットで」


 ハンネンさんは三人の注文を聞き、復唱しながらメモを取る。


「じゃあ少し待っててね。すぐに持ってくるわ」


 そう言って厨房に行く。

 この店はハンネンさんがほとんどひとりで切り盛りしている。

 しかし自身の魔法や魔導具により短時間で作ってきてくれるのでなんら客として不自由を感じたことはない。……まああの感じはやめて欲しいけど。

 しかも値段もリーズナブルときた。普通の酒場と比べるとずいぶんと優しいので知る人ぞ知る穴場的な店なのだ。


「あんま怖がらなくても大丈夫だぞ。距離感こそ近いけど、あの人も昔冒険者だったからかいろいろ相談とかも乗ってくれて優しい人なんだ」

「冒険者……」

「そうなんですか」


 なんとか警戒心を解いてもらおうとするも、あんまりな感じだった。

 後々慣れてきてくれるだろう。俺も最初はあの感じ無理だったし。


「そういえばふたりとも冒険者になってどれくらいなんだ?」

「んー、二週間とか?」

「……ま、まじか」


 ものすごい初心者だった。

 いやこりゃあパトリエさんが心配するのも無理はないかも。


「それでジェイミーが大剣を使っていて、ペトラが魔法使い、か」


 テーブルの横の壁に立てかけられている大剣と杖。それが彼女たちの武器だ。

 おそらくこれらはギルドが最初に安い値段で売ってくれたものだろう。冒険者になるとおのずと武器が必要になってくるのでギルドが安く提供してくれるのである。


「うん! でも一度も当てたことないけど!」

「わたしも一度も魔法うまく使えてないです」

「な、なるほどな」


 あっけからんと言うふたり。

 少しだけパトリエさんから聞いたが、彼女たちは結構……その、やばいらしい。

 どんな感じのやばさかは聞かなかったが、なんとなくだがわかってしまった。


「ダレンは?」

「ん、俺?」

「うん。冒険者になってどれくらいになるの?」

「五年くらいだな」


「へえ」とジェイミーは興味津々な様子で俺に質問してくる。


「武器は? なに使っているの?」

「普通の刀だな。……結構初期から」


 答えていて、ぶっ壊れてしまったことを思い出してしまった。

 忘れていた。武器をなんとかしないとだな。


「いままでずっとひとりでクエストやっていたの?」

「……いや、パーティー組んでたよ」

「あれそういえばパトリエと話していて騙されたとかどうとか言ってたけど」

「ああ、いやそいつらは違う。……その、今日一緒に行っていたのは違う人たちでな」


 言いづらそうに頬を掻く俺。

 さっきの話の詳細はジェイミーたちはおそらくわかっていない。説明せずにとんとんと話していたからな。というかこんな格好悪いこと言いたくはない。


「この子、以前まであの最強パーティーと謳われるアンセムくんとこにいたのよ」


 突如声が降って来たかと思えば、ハンネンさんが俺の隣にどっかり座ってきた。


「もうできたんですか?」

「ううん。いま、煮たり、茹でたり、放置したりしている最中」

「最後のはもうできてないすか?」


 たぶん俺のが。きっと俺のが。絶対俺のが。


「「最強?」」


 しかしジェイミーとペトラの興味は料理にはなかった。


「そ。トロント最強って言われている若手のパーティーがあってね。このダレンくんもつい最近までそのメンバーのひとりだったの」

「あの、ハンネンさん」

「クエストも失敗したことないし、魔族化したモンスターも楽々倒しちゃう。それだけじゃなくって、トロントを襲ったモンスターとか悪いやつらとかすーぐやっつけちゃうから街のみんなからはものすごく感謝されてて。それに王都にまで派遣されるくらいの有名人。普通なら一〇年以上かかっちゃうんだけどこの子たちはその半分でAランク冒険者になっちゃって。もう嫌よねってくらいすんごいパーティーにいたのよ」

「いいですから」


 武勇を語るハンネンさんを止める。


「すごいんだね、ダレンって」

「ダレンさん、すごい」

「すごくないよ」


 尊敬の眼差しを向けられ、俺はそれを受け取ることができずに俯く。


「確かに俺はあいつらのパーティーにいた。けど、俺はあいつらとは違ったから」


 隠していてもしょうがなかったので俺は言った。


「お荷物だったんだ。弱い俺はあいつらについていけなくなった。だから抜けてソロになったんだ」

「……ダレンくん」


 ハンネンさんは寂しげに呟いた。

 辛気臭い雰囲気となってしまったので俺は朗らかに言う。


「ま、あいつらのパーティーに抜けられてよかったよ。もう毎日きっつかったからさ」


 笑う俺にハンネンさんも察してくれ、俺の背中を叩いた。


「そうよね。おかげでここ最近、わたしの店に来るようになってくれてハンネン嬉しいっ」

「はは、ですね。ここいつ潰れてもおかしくないんで貢献しなくちゃ」

「余計なお世話よ。――ふんっ!」

「ちょ、どこ触ってんですか」


 俺の下半身にある男の象徴たる部分を触られる。


「やだ、久しぶりに触ったけど、ずいぶんと立派になったのね」

「年端もいかない女の子がいるんですからそういうこと言うな!」

「なによ。彼女たちだってダレンくんのこと知りたがっているんだからいいじゃない」

 ねえ、と幼い女の子たちに対して問う。


 うんと頷く純粋なジェイミーとペトラ。

 最低だこの人は。


「というか、身体つきもよくなっているじゃない」


 ぺたぺたと俺の身体を無遠慮に触っていく。


「今夜、泊まっていく?」

「泊まるか!」


 しっしとハンネンさんを追い払う。

 すると「もう冗談じゃない」と言って厨房へと戻っていった。

 なんだか今日は一段と絡んでくるな。しかも下のほうで……。


「ダレン」

「ああ、悪いな。ちょっとあれな人で――ん?」

「あの人、ダレンの彼女?」


 あの距離感にそういうふうに捉えたらしいジェイミーが聞いてきた。


「そうよ、ダレンくんの彼女でーす」

「だれがだ」


 ごすっと脇腹をつついた。

「ちょっと料理こぼれるじゃない」と言ってテーブルに品々を置いていく。


「ち、違うの?」


 ジェイミーは信じられぬといった様子で再度問うてくる。ペトラも同じように思っているのか、どこか疑ったようにこちらを窺う。

 ハンネンさんはなんかめちゃくちゃ妖艶なポーズを取っている。……はあ、ったく。


「いいか。確かにこの人は化粧してて髪長くて、女みたいな喋り方だが――男だ」


 真実を告げるとふたりは口をあんぐりと開けて呆然としていた。


「うふふ、ちょっとこの子たちには刺激が強すぎたかしら」

「ほんとですよ。さっさとあっち行ってください」

「つれないわね」


 そうしてうるさいやつはいなくなり、俺たちは食事を始めた。


「美味しい」

「美味しいです」


 そう感想を述べる彼女たちの表情は心なしか、ほっとしたようなものに感じた。





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