第5話 報告のち
「本っ当にごめんなさい!」
「いやもういいですって」
「でも今回は完全に私のせい。ごめんね、私がちゃんと調べなかったばっかりに」
「だからパトリエさんのせいじゃないですから」
ギルドに戻って報告すると案の定、パトリエさんからめちゃくちゃ謝られた。
勧めてくれたのは確かにパトリエさんだが、フィルムルトさんがどういう人なのかは担当じゃないからわかるわけがないし、こんなことをするだなんてだれも想像つくわけがない。
「無事に依頼達成して帰ってきましたし」
「でも私のせいで危険な目に遭わせちゃったし……。ああ、もうっ! そういう危険から遠ざけようとしたのになにやってんのよ、私は……」
自分の詰めの甘さに悔しそうにしていた。
この前よりも少しだけ広いスペースに案内され、俺を挟んでジェイミー、ペトラがソファに座り、対面にパトリエさんがいる形だ。一応彼女たちにも事の説明をするためについて来てもらった。
「このことはちゃんと上に報告しておくから」
「……はい、お願いします」
と言うが、まあでもフィルムルトさんたちに罰が下るということは難しいだろう。
というのも、こういう見えないところでの冒険者同士のいざこざは意外と多い。一応同業者の争いはご法度となっているのだが、冒険者が守るとも限らない。
今回のように報告をしたところで証拠もなにもないので立証は困難。こういうケースは話を聞いて、厳重注意とかで済むはずだ。相手がしていないと押し通せばそれまでだからな。
「でも本当に無事でよかった」
「はい。この子たちがいなかったらやばかったですけど」
「この子たちね……」
すっとパトリエさんの目が細められた。
それと同時に隣に座るふたりが俺の腕をがしっと掴んできた。どうした?
「ジェイミー。ペトラ」
「「はい!」」
背筋をぴしっと伸ばすふたり。だからどうした?
「どうして『コロラドの森』に行ったのかなあ? 私にちゃーんと説明してちょうだい」
「それは……なんというか、気分的にそっちじゃないかなって」
「き・ぶ・ん?」
「ち、違くて! えーっと……『アリゾナの森』はもう飽きちゃって」
「あ・き・た?」
「ダレンなんとか言ってえ!」
「いやなんでだよ」
ジェイミーは助けを求めるように俺にひっついてきた。
「ペトラ? あなたがいてどうして『コロラドの森』に行っちゃうかなあ?」
「止めたんですけど……、ジェイミーがわたしのピーちゃんを人質に取って」
「ピーちゃんってあのクマさんのぬいぐるみだよね? この前もその手に乗せられてたじゃない? だから私に預けなさいって何度も言ったのに」
「嫌です。汚れるから」
「ねえ? それは私が触るからじゃなくて、お外に出すからだよね? そうだよね?」
「ダレンさあああん」
「いやペトラまでどうした」
ペトラまでもパトリエさんを怖がるように俺にくっついてきた。
そんなふたりを見て、パトリエさんは大げさにため息をつく。
「ごめんね、ダレンくん。この子たち私の担当で」
「ああ、担当の子でしたか」
「そ。まだひよっこ中のひよっこなんだけど……危なっかしいったらありゃしないの」
ぎろりと睨まれ、隣の少女たちはびくりと肩を震わした。
こんな怒っているパトリエさんとか珍しいな。
「早く冒険者ランクを上げたいみたいで、まあ危険なことばかりして。まだ討伐は早いって言っているのにゴブリンだとかスパイダーとか挑んで結局負けて帰ってきて。で、大人しく採取クエスト行ったと思ったらこれよ。……あなたたちいい加減にしなさいよ」
「「ごめんなさい」」
しゅんとなるジェイミーとペトラ。
「わかってないみたいだから言うけど、私はなにも意地悪したいわけじゃない。ただまだ早いって言っているの。ここにいるほとんどの人は低難易度のクエストをこなしていって、力をつけていって順々に強い相手と戦って高難易度のクエストを受けられるようになっていっているの。ダレンくんもそうだったし」
「「はい」」
「そうでなくてもふたりは女の子なんだから、無理しないの。わかって」
「「……はい」」
ものすっごい落ち込んでいるふたり。
パトリエさんの言っていることはもっともだし、聞いた限りじゃあこの子たちのほうがパトリエさんを困らせているっぽいけど。
「まあまあ、ジェイミーやペトラも今回ので充分モンスターの怖さはわかったと思いますんでそのくらいにしてあげてくださいよ」
「甘い」
「え?」
「甘いのよ、ダレンくんは。この子たちに助けてもらったから、そんなふうにふたりを庇いたくなるのはわかるけど、これはルールだし、なによりもふたりのためなの。甘やかせたらまーた同じようなことするんだからこの子たちは」
存外厳しいパトリエさんだった。
う……確かに助けられたから情が移ったってのもあるけど。結構、いい子たちっぽいから聞き分けはいいと思うんだよなあ。
「だ、大丈夫だよな? ふたりとも」
うんうんと頷く彼女たち。
「嘘ね」
どれほどの付き合いなのか知らないが、パトリエさんはまるでふたりを信じようとしなかった。まじでこういうパトリエさんの姿とか見ねえから、きっといろいろやらかしたんだろうなあ。
「ダレーン! パトリエをなんとかしてえ!」
「なんとかって……」
「ダレンさん、パトリエさんが怖いです」
「直球だな……」
ずいぶんとまあ、嫌われているんですねパトリエさん。
「ダレンくん? きみはどっちにつくのかな?」
圧力が!
言葉の圧力がすごいっすよ、パトリエさん!
「な、なーに言っているんですか。俺はいつだってパトリ――」
年上に屈する俺だったが、袖を思いっきり掴まれる。
うるうると瞳を潤す子犬のような小さき少女たちに俺は続きの言葉を口にできなくなる。
「ちょっとふたりはダレンくんから離れようか。うん、こっちに来ようね」
「嫌っ」「嫌です」
「……ああ、そう」
これ以上火に油を注ぐようなことしないでくれよお。
「あっ! ダレン!」
なぜかジェイミーは俺の名前を呼んだ。
「そうだ。ダレンと一緒にクエストすればいいんだ。そうすればなんでもクエスト行き放題だ」
「え?」
「ねえ、ダレンはAランク冒険者なんでしょ?」
「そうだけど」
「やったあ! ダレン、私たちとパーティー組んで?」
「待て待て。いきなりなに言ってんだよ」
待ったをかける。
なんかこのままだと流れでイエスと言ってしまいそうだった。
「いま、パーティー組んでいないんでしょ?」
「まあそうだが」
「じゃあいいじゃん」
「って言ってもなあ」
「私たちとは嫌?」
ぐっ……なかなかに卑怯な手を使ってきやがる、一二歳女児!
揺らぐ俺に追い打ちをかけるようにしてペトラが言う。
「言うこと聞くのでお願いします」
「……そういうことじゃ」
幼女たちに迫られているとパトリエさんがそんなふたりの頬を引っ張る。
「こーら。ダレンくんを困らせないの」
「痛いよぉ」「痛いですぅ」
ジェイミーとペトラは自分の頬をさすって痛みを和らげている。
「あんなことがあったばっかりなのに、あなたたちはもう……」
ごめんねダレンくん、とまるで自分の子供のしでかした粗相を謝るかのようだった。
ソファに腰を落としたパトリエさんは「でも」と言う。
「ダレンくんさえよければ、ふたりと一緒にクエスト行ってくれないかな?」
まったく予想外の言葉に俺はもちろんのことジェイミーとペトラも驚いていた。
「いやね、見てのとおり、この子たちは放っておくとすぐ危険なところに突っ込んでいくの。だからダレンくんが見てくれたら助かるなあって。それにダレンくんにも危険なことが少なくなるかなって思って」
「ああ、なるほど」
納得する。
保護者的な存在がいれば、パトリエさんの心労も少しは軽減される。担当の冒険者に対してとても熱心に向き合ってくれるパトリエさんだ、きっとこの子たちにすごく悩まされていたのだろう。これほど強く彼女たちを怒るのもそれ故だ。
しかも俺のことまでちゃんと考えてくれている。
やっぱり頭が上がらないな。
「もちろん、ずっとってわけじゃなくて少しの間だけ……。できればふたりがモンスターを討伐できるくらいになるまでお願いできたら、お願いしたい。ああ、でも全然強制じゃないよ。ダレンくんの事情も事情だから、しばらくはソロでやりたいって言うのであれば――」
「いいですよ」
俺は言った。
ふたりを交互に見てから。
「俺なんかでよければ、この子たち、任せてください」
「いいの?」
「はい。恩返しってことで」
ぽん、と彼女たちの頭に手を置く。
「よろしくな」
「うん!」「はい!」
ジェイミーとペトラは、至福そうな笑みを咲かせた。