第4話 小さき救世主
ポーションが尽きた。
アンセムたちのパーティーを抜けて、金のことを考えなければいけなくなったため、もともとそんなに持ってこなかったのだが、とうとう切れてしまった。
あれからなんとか瀕死状態のレッドジャイアント一体を倒した。
それまではよかったが、ほぼノーダメージ状態のもう一体が厄介だった。
慣れない短刀ではなかなか思うように戦えず、攻撃を避けるばかり。
そもそもこの短刀は武器というよりも倒したモンスターの部位を取るためのものであり、戦闘用ではない。威力もなにもあったもんじゃない。
「【ヒール】」
回復魔法を使う。
だが専門でもない俺が使う魔法など効果はあまりない。
魔力量だってないし、もう二、三回使えるかどうかだ。
「くっそ、逃げる体力も残ってねえ」
かれこれ数十分は戦っている。
彼女たちももうだいぶ逃げたはずなので俺も逃げようかと思ったが、それは無理っぽい。
死ぬか倒すかの二択らしい。
……べつに死んでフィルムルトさんたちの思いどおりになるのはいい。その矛先がアンセムたちに向かなくなるからな。けど、俺が死んだせいでアンセムたちに迷惑をかけるのは嫌だな。笑われるだけならいいんだが、追い出したアンセムたちが悪いとか言われかねない。
ああ、くっそ。なんにもいい案が思いつかない。
「――っぶね」
思案に耽っているとその拳が俺の頬を掠めた。
見逃してはくれないらしいレッドジャイアントの攻撃は増すばかり。
こっちは体力を削られていっているというのに、相手はそんな姿感じさせない。
こういう時。
アンセムなら「僕に任せろ」と力強い言葉をくれて、あっさりと倒してくれるだろう。
イヴなら「気をつけてください」と身体を治癒してくれて、最善手を導き出してくれるだろう。
マライアなら「しっかりしなさい」と鞭打ち、逃げる道を作ってくれるだろう。
シェリルなら「大丈夫?」と優しく立ち上がらせてくれて、一緒に戦ってくれるだろう。
だけどいま俺のそばには彼らはいない。
当たり前だろう。
こういう姿を何度も晒し、幾度も救ってもらって、甘えてきた。
だから見限られたのだ。
だから抜けてきたのだ。
「守られてばっかだったなあ」
もう一度だけ。
もう一度だけでいい。
そっち側になりたかった。
俺の背中を彼らに見せたかった。
『グオオオ――』
でもまあ、最後に小さな命を救うことができた。
それだけでもよかった。
覚悟を決めて、逃げることをやめた俺の前に巨拳が振り下ろされ――
――こつん、と。
この場に似つかないあまりに場違いな音が鳴り響いた。
『オオ……?』
レッドジャイアントに当たった石はころころと転がっていく。
もはや殺すのも時間の問題である俺を放っておき、その邪魔をしたものに振り向く。
「……あ、当たった? 当たった! 当たった!」
「ちょっと……こ、こっち向いてるよぉ…………」
はしゃぐ少女と怯える少女がそこにはいた。
言わずもがな、さっき俺が逃がした彼女たちだ。
「やばい! どうしよう、こっち来ちゃう!」
「だから後先考えずにやっちゃだめだって言ったじゃん」
標的を変えたレッドジャイアントは小さき少女たちめがけて進む。
そんな相手にふたりはなにも考えてなかったらしく、互いに抱き着くだけでなにもできない様子。
「――させるかよ」
油断して俺に背中を向けた相手。
この時、後ろから短刀を突き刺せばきっと一番よかったのだろう。
そうすれば、楽に倒すことができたはずだ。
けど、頭ではわかっていても――身体が勝手に回り込み、振りぬかれた剛拳を彼女たちの代わりに食らっていた。
「っ……だから俺をなめんなっての!」
満身創痍の中、最後の力を振り絞り、短刀を相手の首元に突き刺した。
レッドジャイアントが痛みに暴れるが、俺は肩に乗っかり、そのまま下に下がりながららせん状に斬り結んでいく。
『オオオオオ』
地面に降り立つとともに間髪入れず、追い打ちをかけるように喉元に短刀をぶっ刺した。
直後。
ぶしゃっと。
水風船が破裂するかのように、大量の血が飛び散った。
『……キュオオ…………』
それが最後の鳴き声だった。
レッドジャイアントは受け身も取れず、後ろに倒れていった。
「勝った」
安心してしまった俺はレッドジャイアントと同じようにして倒れてしまった。
――――
目を覚ますとそこにはつぶらな瞳があった。
「よかった! 生きてた!」
「うぐ」
亜麻色の髪の少女が抱き着いてきた。
まだ痛みが残っていたのでこれも結構くる……。
「ジェイミー、怪我してるから」
もうひとりの少女は冷静なまま、至極まともなことを言ってくれる。
「あ……ごめんなさい」
感情的に動くこの少女も、常識は弁えているらしく、すぐに離れてくれた。
「いや、そんな痛くなかったから大丈夫だ」
おそらくは心配してくれていたのだろうから、俺は彼女が悲しまないようにそう強がってみせた。……本当はだいぶ痛かった。えぐいくらいに……。
「…………あー」
俺は上半身を起こし、彼女たちをいま一度見やる。
……戦闘中で焦っていたからわからなかったが綺麗な子たちであった。
ジェイミーと呼ばれた亜麻色の髪の少女は元気な女の子を代表するかのように明るい印象を受ける。くりっとした大きな瞳に、ほのかに赤い柔らかそうな頬と瑞々しい唇という可愛らしい顔立ちをしている。年相応の身体は、まだまだ発達途上といったところだろう。
一方藍色の髪の少女は反対にお淑やかで優しそうな雰囲気だ。人形のように精緻に形づくられた整った顔は、白雪のように美しく、どこか大人っぽく見える。たぶんそれは歳に似つかないほどの成長した女性の象徴ともいえるものがあるからだろう。きっと将来はとんでもないことになるはず。……ってなにを考えているんだ俺は!
「倒した、のか」
変な想像をしていた俺はバツが悪くなり、倒れているレッドジャイアント二体を見てこれが現実なのだと改めて実感する。
まさか俺があいつらを二体倒せるとは思わなかった。以前、倒した時だって俺はアンセムたちを見ているだけでなにもできなかったから。
「うん! ザシュッ! ブシャッ! ブッチャー! って感じで!」
「お、おお。そうか」
なんかものすごい子供っぽい返しをされた。
「ジェイミー、それ全然意味わかんないよ」
「じゃあなんて言えばいいの?」
「ええとそれは……剣でその…………、こうぐるんって――わ、わっかんないよお!」
うむ、やはり藍色の髪の子も子供らしい。
「ところで、きみたちは一体……?」
この話を広げてもなにも得られないと思ったのでまずは彼女たちのことを聞く。
「はい! 私はジェイミー。ジェイミー・ユミル! それでこっちの子がペトラ」
「自分で言うよぉ。……ペトラ・フラッチャーです」
元気な子がジェイミーで大人しい子がペトラか。
「あなたはなんて言うの?」
「俺はダレン・ソルビー」
「ダレン・ソルビー……、うん、わかった。ダレンね!」
どうやら俺のことは知らないらしい。まあそうだろうな、見るからに初心者っぽいし。
なぜだかジェイミーは満足そうに俺の名前を復唱していた。
「ジェイミーとペトラはなんで俺を助けてくれたんだ?」
聞くとふたりは顔を見合わせる。
「「危なかったから」」
当たり前だと言わんばかりの即答だった。
「それ、だけで?」
「うん」
「いやでもあんなことしたらきみたちだって危なかったじゃないか」
「でもダレンのほうが危なかった」
「あーいやそうだけどさ」
なんとも純粋な瞳でジェイミーは返してくる。
なんか質問している俺のほうが馬鹿みたいになってきた。
「つかなんで戻ってきたんだよ。俺は逃げろって言ったよな」
「だってダレンが守ってくれたから」
「守った?」
「うん。わたしたちのこと守ってくれたでしょ? だからわたしたちも守ってあげなきゃって」
言葉を失う。
確かに俺はとっさにふたりを守るようにしてレッドジャイアントの前に出た。
けどそれは彼女たちが危なかったからで、助けてくれた彼女たちに怪我でもされたらって思って……うん? 俺も助けられたから助けようとしたのか? それだとジェイミーたちと同じことをしていることになるな。いやでも最初助けてくれたのはあっちだし…………。
「……れ、レッドジャイアントだぞ? わかってたのか?」
ふるふるとふたりとも首を横に振った。
え、ええ? まじかよ。どんな相手かも知らずに向かっていったの?
「ちなみになんだが、ふたりとも冒険者ランクは?」
「「F」」
一番下じゃねえか。
「な、なんのクエストでここに?」
「「ナタラージュの花の採取」」
難易度1じゃねえか。
「――馬鹿か! レッドジャイアントは難易度9のBランク相当のクエストだぞ! つーか、ナタラージュの花なんざ『コロラドの森』じゃなくて『アリゾナの森』のほうが生えているし、危険も少ない。なんでこんなところに……しかもこんな奥まで来てるんだよ」
たまらず俺は叫んでいた。
アホにもほどがありすぎるふたりに言わずにはいられなかった。
「…………うう」
するとジェイミーは明るかった顔を俯かせる。
「……だ、だって、こっちのほうが…………強くなれるって思ったんだもん。いろんなモンスターと戦えて、ランクだって……たっくさん、たっくさん上がると思ったからあ!」
「わかった! わかったから泣くな!」
急に泣き出してしまったジェイミーに俺はどうすればいいのかわからなかった。
子供の扱いなんざわかんねえよ。なんで泣いてんだよおお!
「採取はできたのか?」
「……うん」
腰にかけてあった袋から採取した『ナタラージュの花』を見せてくれる。隣にいたペトラも同じようにして手のひらに乗せてくれる。
「ならもうここに用事はないな」
俺は立ち上がって、ふらつく身体をなんとか動かし、レッドジャイアントの一部を切り取る。討伐証明として必須なのだ。なんだかんだで倒したのだから持って帰らないと損だ。
「いたぶっているの?」
「んな残酷なことしねえよ。俺のクエストはこいつらを倒すこと。んで、倒したことの証明としてこいつらの体の一部やこいつらから取れる魔石が必要だから取ってんの」
「そうだったんだ。私も手伝う」
「わ、わたしも」
そう言ってふたりは俺の真似事をするように一生懸命短剣を使っていた。
べつに手伝いは必要ないんだけどな。
「まあいいか」
そうして俺たちは無事にクエストを達成し、トロントへと戻った。