第33話 死闘の果てに強まる思い
「――トロントに放ったモンスターどもは全滅、と。それでそれに見合う成果は上げられたのか?」
責めるようにそう言い放ったのはウィムスだ。
トロントを襲撃した魔族化したモンスターはすべて制圧され、一体残らず倒された。
中には貴重な飛竜もおり、損失はかなり大きい。
しかし今回はそんな大切な駒をなくす覚悟で強行した作戦だ。
その成果の重要性はこの場にいるだれもがわかっていることである。
わかっていることであるからこそ――ウィムスは確認した。
否、確認した体であるが、成果の有無はだれの目にも明らかだった。
「成果ならあったって言ってるじゃーん」
今回のトロント襲撃をするきっかけを与えた人物は能天気な調子で言う。
「まあこれは空振りに終わったが、トロント付近にいる魔族化したモンスターたちは数日の間冒険者に狙われずに済むと思えばそれでいいか」
「無視するなよー、ウィムス」
自分の失態を認めようとしない奴など相手にしていられないとウィムスは見向きもしない。
べつにトロント襲撃に関してはなにも責め立てようとは思っていない。それはウィムスも含め、同意したことだからだ。結果が出なくともここまで腹を立てることなどなかったのだが、一言自分の非を詫びるどころか言い訳がましいことをぐちぐちと並べ立てているのが原因だった。
「だから言ってるじゃん――魔の因子が突然消えたって」
「だからそれがただの勘違いだったと言っているだろうが」
「わっかんない人だなあ――ああ、いや人じゃなかったんだっけ。まあいいや人っぽいし。ウィムスはわかんないかもだけど、魔の因子が突然感じなくなるのっておかしいんだよ」
「そもそも魔の因子など感じ取ったことが勘違いだったと俺は言っているんだ」
「いやいやそれを言われちゃおしまいでしょー。なんだよー、だったら他の人に確認取ってもらえばよかった」
ぶつくさとふて腐れた様子で黙りこくる少年とウィムスの間に男が入る。
暗い空間を照らす松明の前に立った男――リウスは顎を触る。
「魔の因子が突然消え、感じ取れなくなったというのはどういうことなんだ? 死んだわけではないのだろう?」
「そうそうそうなんだよー。強力な魔の因子を持ってたやつは生きていたんだけど、以前会った時に感じたものがまったくなくなっててさ」
率直な疑問を口にするリウスに味方ができたとばかりに喜び勇んで答える。
「ぼくだってね、ウィムスの言うように自分の勘違いを疑ったさ。でもね、違うんだよ。モンスターを襲わせた最初の時はまだ魔の因子があったんだ」
「どういうことだ?」
「普通なら突然消えるってことはないんだ。死んだりしたって微かに残っちゃうし。跡形もなく消し飛ばしたって少しの間ならその場に因子だけが留まっているし」
「いつ頃感じなくなったんだ?」
「うん、ぼくは一通り上のほうから様子を見ていたんだけど、いつだったかな……ああ、そうそう、戦闘だ。戦いが始まった辺りからぱったり感じなくなったんだ。あ、戦いって言っても魔の因子が強い子が戦ったんじゃなくって、そのお仲間っていう人なんだけど」
思い出しながら喋っているのだろうが聞きたいことはそういうことではない。
ウィムスは呆れたように露骨にため息をつく。
「はあ、わかった。とりあえずこの件はいい経験だったと思い、今度からはもっと慎重に――」
「もしもなんらかの恩恵を持つ者が魔の因子を一時的に消していたとしたら」
「おい、リウス」
信用ならない相手の話を鵜呑みにしようとするリウスを止めようとするウィムスだったが、彼はどこまでも真剣な面持ちで否定の姿勢を頑として崩さないウィムスの言葉に耳を傾けない。
「たとえばその戦闘時に発動するなにか……人間にはそういう魔族にはない特殊な能力が備わっているだろう? その効果は未知数。新たな能力があったとしてもなんら不思議ではない」
「はっはー、恩恵かぁ。うん、それは考えてなかったけど、ありそうだなー。さっすがリウス。どこかのだれかさんと違ってあったまいい!」
馬鹿にされ、いい気持ちはしないウィムスだったが、口を挟まず聞いてしまっているのはその可能性はかなりの高さであり得ると思ったからだ。
「もうひとつあるとすれば、魔の因子を持つ者がなんらかの方法を用いて一時的に消したかだが……どちらにせよ、標的は死んでいないんだ――これで終わりというのももったいない」
「だよね! だよね!」
「引き続き目を離さないでおこう」
「あいあいさー」
話を締めると元気よく返事をした少年は「ぼくもう行くねー」と言う。
「ああ。そういえばトロントの件で王国騎士団にも仕事が回っているんだったか」
「そういうこと。王国騎士団も暇じゃないんだよー。ほんじゃまた」
「ご苦労――セリム」
リウスは王国騎士団の軍服を着た少年――セリムに労いの言葉をかけて見送る。
闇に溶けるようにして消えていった彼を待ってからウィムスはたまらず口を開く。
「おい、あんなやつの戯言を信じるのか?」
「そうかっかするな。……セリムが嘘を言ったところでなんのメリットもない」
それに、とリウスは続ける。
「少し気になることもあってな」
「気になるっていうのは、あの魔の因子を持っているっていう……名前はなんだったか」
「いやそっちも気にあるんだが、そうじゃあない」
言葉を濁し、言葉を選ぶような間を空け、
「魔王復活のための駒が俺の与り知らぬところで動いているというだけのことだ」
となにやら不穏な動きをする者がいるということを示唆する言葉を投げた。
☆☆☆☆
一日寝たらすっかり身体も快調になった俺たちは翌日、早朝からギルドを訪れていた。
「無事でよかった」
開口一番そう担当の受付嬢パトリエさんに安堵の表情とともに言われる。
昨日、トロントであんな大きなことが起き、顔も出せなかったため心配をかけてしまっていたのだろう。
「でも被害者はほとんどなかったってわかってましたよね?」
「そう、だけど……でもやっぱり実際に会わないわけにはわからないじゃない」
ずいぶんとまあ心労の種になっていたらしい。よく見れば目の下に隈もある。いつも仕事の時は完璧なパトリエさんにしては珍しい。
「魔族化したモンスターはアンセムくんたちを中心にトロントの冒険者たちが協力して討伐できたはできたけど、建物とかの損壊はひどくって、それに巻き込まれた可能性だってあったわけだし」
うーむ、きっと俺だけの心配じゃあなくあのふたりのことも言っているんだろうけど。
……こんなふうに心配されるんじゃなくて、頼られたいものである。
いつになることやら。
「ダレンくん、ひとついい?」
「はい」
「モンスターに追われていたって聞いたんだけど」
「ああ、そのことですか」
それで得心する。
パトリエさんが異常に心配しているのは俺たちがモンスターに追われていることを知っていたからか。しかも単眼巨人ときたら、心配せずにはいられまい。
「なんともなかったですよ。まあちょこっと怪我はしちゃいましたけど、助けに来てくれた人もいたんで」
「そ、そう……それはよかった」
無事であったことを知らせるも、パトリエさんはどこかバツが悪そうに目を伏せた。
なんだろう、なにかおかしなことを言っただろうか。
「……その、ごめんねダレンくん」
「え?」
「私、ダレンくんのことわかっていながら」
そこで言葉を詰まらせた。
うん? なんでパトリエさんが謝っているのだろうか?
もしかして怪我をしたことを変に責任を感じているとかか?
しまったな。ここは嘘でもなんともなかったことを報告すべきだった。
「ダレンなに話しているのー? 早く行こうよぉ」
「お、おお、悪い。話し込んじゃって」
クエスト受注を待っていたジェイミーが待ちきれずに声をかけにきた。
「すいません、パトリエさん。俺たちもう行くんで」
「う、うん。こっちこそごめん」
「いえ。……あ、それと、さっきのあんまり気にしないでください。弱いのは俺なんで……。だから、今度はそうならないように――強くなってみせますんで」
俺は強く誓う。
「ジェイミーもペトラも、パトリエさんも守れるくらい、強くなるので」
それだけ言って一歩踏み出した。
かつて憧れた冒険者のように。
かつて抱いた夢を胸に刻んで。
俺はその日も強くなるためにクエストへと向かった。




