第32話 戦いを終えて
目を覚ますと亜麻色と藍色の髪の毛の少女ふたりがはらはらと心配した様子で俺のことを見つめていた。
「ダレン!」
「ダレンさん!」
「おぷっ」
身体に抱き着いてくる亜麻色の髪の少女。
体重もなんてことないし、平時ならば全然受け止められるのだが、いまの俺にはちょっとばかしきつい行動だった。
「ダレン平気?」
「ああ、うん。なんてことはない、かな」
強がって見せるもその声と表情から苦しいことを感じ取ったのか、左側にいたペトラがジェイミーを俺からどかす。
「もうジェイミー、ダレンさん起きたばかり」
「だってダレンが目を覚ましたから」
「まだ痛みとか疲れがあるかもしれないでしょ、学習して」
「ペトラうるさい。ダレンが平気って言ったからいいじゃん」
「ダレンさんが気を遣ってそう言ったの!」
「しょうがないじゃん、嬉しかったんだもん。それともペトラは嬉しくないの?」
「そ、そりゃあ嬉しいに決まっているじゃん」
「じゃあ抱き着きたい気持ちわかるでしょ」
「わ、わかるけどぉ……」
またしてもふたりの口論が始まり、気の弱い――というか押しに弱い――ペトラは言いくるめられてしまう。なんでこんなことで喧嘩みたくなってんだよ。
「ペトラ気にするな。俺は大丈夫だから。ジェイミーも心配かけた」
本当になんともないことを笑って告げるとふたりは互いに見合って、安心したように息をついた。
「それよりも」
人が生活するくらいの大きさの部屋。目立った物は置いておらず、ベッドと戸棚、机といすが設えてある簡素な感じの部屋に俺はいた。俺たちが世話になっている宿ではない。
一体ここはどこだろうかとふたりに聞こうとしたら、部屋がノックされる。
「失礼します――あら、目を覚まされたのですね、ダレンさん」
入ってきたのはマースレットさんだった。
飲み物を盆に乗せて持ってきてくれたらしく、飲み物が三つ用意されていた。
「どうぞ、お飲みください」
「ああ、すみません」
受け取り、一口飲む。
身体が温かくなる。
ジェイミーとペトラも飲み物を飲んで満足そうに笑みを作っていた。
いやちょっと待て。マースレットさんがいるってことは、ここは。
「ようやく起きたのか」
特にノックせずに入ってきたのはフィルムルトさんだ。
ずかずかと部屋の中に足を踏み入れ、俺の顔を見て口の端を上げた。
「なんともなさそうだな。んじゃあ俺はガキどもの相手してくる」
それだけ言うと、フィルムルトさんは用は済んだとばかりに踵を返した。
「あ、フィルムルトさん」
「なんだよ」
「……ありがとうございます。俺、倒れたあとの記憶ないんですけど、フィルムルトさんが教会まで運んで手当てとかもしてくれたんですよね?」
ここが教会であるということがわかればいろいろと想像はつく。
コウを預けてから俺の情報がフィルムルトさんのところに届き、彼が俺をここまで運んできてくれたのだろう。ジェイミーとペトラじゃあ俺を運ぶことはできまい。
「当てずっぽうで礼なんて言ってんじゃねえよ。手当てなんざしてねえ」
止めていた足を前に動かし、フィルムルトさんは歩を進める。
手当てはしていないことだけ否定したということは運んでくれたことは事実なのだろう。なかなか面倒くさい人である。
「フィルムルトありがとー」
「フィルムルトさん、ありがとうございました」
しかしそんなフィルムルトさんの意図を察することのできない少女ふたりからの純粋な言葉に扉に手をかけて出ていこうとしていた彼の動きが止まる。
こんなふうに面と向かって言われてしまえば否定することなどできないようで、
「あんなところで倒れてまたモンスターに襲われたとかになったら面倒だっただけだ」
とそれらしい言い訳をして今度こそ部屋から出ていく。
「あのね、フィルムルトがダレンのこと助けてくれたんだよ」
「うん、そうみたいだな。今度改めてお礼を言うよ」
こうもあっさりと告げられ、なんだかこっちが気を遣ってしまう。
フィルムルトさんすいませんね、この子たち子供なんすよ。
「マースレットさんもありがとうございました」
「いえ、ご無事でなによりです。それにこちらこそありがとうございました。コウを助けていただいて」
「いえ、全然助けたなんて……送り届けただけですから」
「それを助けたって言うんですよ」
ふふっと笑われる。
パトリエさんやルエラさんといい、どうも俺は年上の女性に対して強く出れない性格らしい。
「もう安心して大丈夫ですよ。街に現れたモンスターたちの鎮静化は完了したようですので」
こちらが質問しようとしていたのを見越してマースレットさんは簡単に現状の報告をする。
「しかし原因は掴めていないようですので絶対に大丈夫とは言えませんが」
「やっぱりそうなんですか」
「ええ。現在ギルドと王国騎士団の方たちで調査を始めているようですのでその報告待ちといった状態ですね」
「なるほど、まあすぐにはわからなそうですね」
街の中心に、それも魔族化したモンスターの襲来など聞いたことがない。
自然発生、などとはだれも思うまい。
言うまでもなく魔族化しているのであれば、魔族絡みであることは間違いない。
つまり魔族がなんらかの理由でトロントを襲撃したということだ。
けれどそんな理由など見当もつかないし、手がかりだってほぼないに等しい。魔族化したモンスターは消えてなくなるのだ、調査もあったもんじゃない。まあ目撃証言とかいろいろ探ることはあるんだろうけど。
「お身体は大丈夫ですか?」
「ああ、はい。もう全然、傷も癒えているみたいなので」
「そうですか。それはよかったです」
飲み終わっていたコップを受け取ってもらい、マースレットさんは立ち上がる。
「それでは、私はやることがありますので。ダレンさんたちはしばらくここでお休みになってもらって構いませんので」
「すいません」
「いえ――あ、その」
「はい?」
なにかを続けようとしたマースレットさんだったが、すぐに小さく首を振った。
「いえ、まだお疲れのようですのでまたにでも」
「ああ、はい」
特に急ぎの用事ではなかったらしく、恭しくお辞儀をして出ていった。
それを見てから部屋に残ったふたりに向き直り、俺は言う。
「ふたりともありがとな。あの武器」
部屋の隅に立てかけられてある先ほど使用した武器を見ながらお礼を述べた。
「正直、あれがなかったらやばかった」
「使いやすかった?」
「ああ。なぜかしっくりきた……いままで使ってたやつみたいで」
「よかったあ、ね、ペトラ」
「うん」
満足のいくものをプレゼントできて嬉しそうに破顔するふたり。
「でもこれ、一体どこで買ったんだ?」
武器について詳しくはないが、安物ではないことくらい使ってわかった。
しかもやけに使いやすかったし、どうも嫌な予感がする。
「どこだっけ?」
「あそこだよ……ええっと、ぱ、ぱい……、ぱい……」
「もしかして『パイレーツ』か?」
「それです」
予想が当たり嬉しいような嬉しくないような、若干苦い表情になる。
「ダレン知っているの?」
「そりゃあな」
『パイレーツ』と言えば、トロントじゃあ一番の鍛冶屋だ。
多くの人材と品々を持ち、王国からも依頼が来るほどの腕を持つ人が大勢いる。
彼らの作る武器や防具を持っていればそれだけでも一流と言えるほどのブランド力がある。低級冒険者であろうと彼らのものを身に着けていればそれだけで見栄を張れるし、自分に冒険者としての実力がなくてもそれなりに戦わせてくれるとも言われている。
要するにめちゃめちゃ有名であり、めちゃめちゃ――
「で、いくらしたんだ?」
俺は聞いた。
聞かずにはいられなかった。
言わずもがな、『パイレーツ』の商品はどれも高い。
ひとつの武器が百個の武器に勝るほどの価値があるのだから当然だ。
初めての報酬金なんかで買えるわけがない。
「一括で払った、なんてことはないんだろ」
「ちょ、ちょっとずつ払えばいいって言ってもらったもん」
「何年かかると思ってんだよ」
「ダレンは気にしないで。私たちで払うから! というかもう払ったよ!」
「なわけあるか……まあ使っちまったし、返せるわけないから使うけどさ」
武器を受け取る意思を告げると、ぱっと明るい表情をふたりして作った。
「……ったく」
こういう顔をされるとなにか言うことも憚れる。
それに。
昔にも似たようなことがあった。
俺のためにアンセムたちがこっそり『パイレーツ』に行って武器を作ってもらったのだ。どおりでしっくりくると思った。
「まあいいや。俺も一緒に払うからな」
「プレゼントなんだからダレンはいいよ!」
「そ、そうですよ」
「どっちみち一緒にやっていくんだ、変わんねえっての。はい、決定な」
「「ええ」」
両隣から不満の声が上がるが無視する。
こういうところもアンセムたちと一緒だ。結局、クエストの報酬金から捻出して払い終えた。まあなんとかなるだろう。
「えへへ、でも嬉しい」
「ん、なにがだ?」
「だってその間は一緒にパーティー組んでくれるってことでしょ?」
「まあそうなるな」
「だから嬉しいの」
なんとも返答に困ることを言われる。
そうなるのか……とはいえ、べつに嫌ではないし、強くもなりたいし、こいつらも放っておけないし、まあいろいろ――いろいろとある。
だからパーティーを組む理由が明白にあるのはなかなかにありがたい。
――なんてだれに言い訳をするわけでもないのにな。
「あ、そだっ! ダレン。あれなんだったの?」
「あれ?」
「必殺技っ! 使うって言ったじゃん!」
「あ、ああ……そんなことも言った、な、うん」
歯切れ悪く答える俺。
ジェイミーが言った必殺技というのは、単眼巨人を相手にしていた時に、ふたりをあの場から離すための方便に過ぎない。
広範囲のものすごい必殺技を使うから離れてくれ、とありもしないことを言った。
仕方ない――どうせこいつらは逃げろと直接的に言えばあーだこーだと言って言うことを聞くはずがないのだから。だからと言ってあの場で説明などできまい。うん、だからしょうがなかったのだ。
「あれだな! その……ザシュッ! ブシャッ! ドオリャッ! ……みたいな?」
それらしい身振り手振りで説明すると、
「なにそれ、ダレン説明下手くそー」
「ダレンさん、ちょっとよくわからないです」
と意外と辛辣な評価が返ってきた。
「お前らだって最初会った時、似たようなこと言ってただろ!」
我慢できず、俺はそんなふうに大人げなく叫んだ。
☆☆☆☆
人だかりができていた。
シェリルがモンスターたちに足止めを食らっている間に救援に向かった冒険者たちだろう。
「すいません」
人垣をかき分ける。
戦闘をしている様子は見られず、とにかく前へと突き進めば、すでにそこにはモンスターはいなかった。
「あの、単眼巨人がこの付近で暴れていたって」
「ああ、それならもういないらしい」
「いないって一体どこに」
「違う違う。もう倒したってこと」
「倒し、た……」
反芻したのち、シェリルはその冒険者の肩を掴む。
「だ、だれがですか!?」
「だれがって……俺もついさっきここに着いたばっかで――あ」
ふと目が合うと冒険者は思い出したように口を開く。
「そうだ、そうだ。あんたなら知ってんじゃないのか? ほら、前まであんたんところにいた黒髪のやつ……ほら、なんだっけな」
「ダレン、ですか?」
「ああ、そうそう。ダレンだ。ダレン・ソルビー」
「彼が倒したんですか?」
「俺も聞いただけだから詳しくはわかんないんだけどな、そうらしいぜ」
「本当ですか!? 怪我とかは!? というか彼はいまどこに!?」
我を忘れたかのように連続で問いをぶつける。
「わ、わかんねえって。俺も来たばっかって言ったろ。戦った跡も残っているし、倒したのは間違いないだろう」
シェリルの剣幕に驚きながらもわかることだけを告げ、冒険者は離れていった。
確かに周囲に耳を傾けてもモンスターの気配も戦闘の気配も感じ取れない。
だとすればおのずと答えは絞られていく。
「どうやらモンスターは倒されたみたいですね」
少し遅れて到着したシロウも周辺の人の会話を聞いたらしく、汗を拭っていた。
「ダレンさんってすごい人なんですね。魔族化したモンスターをひとりでって」
「はい。すごいですよ、ダレンは」
噛みしめるように言った。
「ダレンはやっぱりすごい」
☆☆☆☆
家屋の上から一部始終を見ていたひとつの影。
目深に被ったフードから覗くことのできる口元は微かに緩んでいた。
「ダレン・ソルビー、ね」
その名を刻み込むようにゆっくりと口にした。
戦闘中に急激に強くなった少年は自分よりも倍以上もの肉体と強さを誇るモンスターを倒した直後、倒れてしまい、現在はふたりの少女と青年によって介抱されていた。
「余計なことをしてくれたとは思ったけれど、ひとまずは合格ね」
能力に目覚めた少年を見て、無機質な声でそう言った。




