第31話 恩恵
強がりのつもりじゃなかったけど、なにも確信めいたものがあったわけでもない。ただなんとなく、勝てるような予感がした――いいや、違うな。なぜだか知らないが、身体の内側から力が溢れているような感じがしたのだ。
それは実際、そのとおりだった。
『グガァッ!?』
単眼巨人が膝から崩れ落ちる。
ジェイミーたちから受け取った新たな武器で戦闘してから、二度目のクリーンヒットだった。そのことに驚きを禁じ得ないのか、鼻息を荒くさせ、大きな眼を細めて俺を睨んでいた。だがそれは俺も同じだった。どうしてか身体が軽く、五感が冴え、腕も脚も力が増していた。
これが火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。
そんな都合のいいことはないとは思うが、あるとすれば――いや、いまはよそう。
まずは目の前の脅威を打ち倒す。
「っうお」
急加速からの急停止をかけ、バックステップを踏む。
見れば、俺がいたところは隕石でも降ってきたかのように抉れていた。
その驚異的な膂力を見せたモンスターは俺を射殺すように見つめる。
ようやく俺を敵として、意識したようだ。
ただの小賢しい虫からいくつか昇格して、排除する対象になったってことだ。
つまり――本気になったってことだな。
「~~~~っ!」
右手が振るわれるたびに衝撃音が響く。
俺を捉えんとしているわけではない。
ぐらっと着地した際にバランスを崩す。
「しまっ――」
直後、爆砕。
なんとか後ろに態勢を預けたことで直撃は防げたが、額から血が滴り落ちる。
足場を崩して飛び回る俺の動きを制御しようってことか。
頭脳もなかなかのものを持ち合わせていやがる。
「ちょこまかすんのはやめだ」
剣を構え、真っ向から勝負を挑む。
それを相手も受けて立たんと棍棒を片手にどっしりと構える。
距離を縮め、懐に入った俺は先手を打つ。
血飛沫を上げるが、違和感が俺の手に残る。
「ぐっ」
振り下ろされた一撃をなんとか太刀を盾替わりにして耐える。
相手は俺の攻撃など織り込み済みらしく、その部分に力を込めていたのだろう。わざと隙を与え、すぐに攻撃に転じる頭の回転の速さはモンスターのそれではない。
しかし彼女たちからもらった武器は建物の強度よりも遥かに上だった。
埒外なパワーにも耐えうる力を有しているどころか、
「おらっ!」
それ以上のものだった。
単眼巨人の棍棒を弾き返し、距離を取る。
結果的に相手の攻撃を不発に終わらせるほどの武器。
どこで売っていたのか……まったく、報酬金は自分たちの好きなものに使えといったのに。らしいっちゃらしいが、なんだか助けられてばっかだなあ。
だからこそ思うのだ――絶対、守ってやらなきゃだって。
こんな俺を信じてくれているのだ――それに応えないわけにはいかない。
「ダレン頑張って!」
「ダレンさん頑張ってください!」
ふたりの声援を背に俺はかぶりを振って前に突き進む。
まだだ。
まだ倒れるわけにも負けるわけにもいかない。
俺が冒険者でいる限り。
☆☆☆☆
教会付近に現れた魔族化したモンスターが倒れて数分が経った。
駆けつけてくれたもと教え子の冒険者フィルムルトがピンチを救ってくれた。
あんなに弱かった子供がこれほどまでに強くなっていたなんて知らなかった。
道を外れた行いをしたことを告白された時は自分自身を責めたマースレットだったが、先ほどの姿を見て、やはり彼は彼なのだと知った。
お使いを頼んで一向に帰ってこなかった教会の子であるコウも彼がついさっき連れて帰ってきてくれたおかげでようやく安堵するが、まだまだ余念がない状況であるのには変わりはない。
「どうしてこんなことになってしまっているのでしょう」
これほどの大きな都市に大量のモンスターの出現など聞いたことがない。
しかもそれがすべて魔族化しているというのは、数年前に起きたアトランタの事件の再来のようで不安は拭いされない。
ただトロントには冒険者が多く、こちらが優勢であるとのこと。
(お願いします。どうか……どうか、だれも死なずに――)
神の石碑に祈りを捧げようとした時だった。
手を合わせて目を瞑ったマースレットの目の前が光る。
なにかしただろうかと目を開けるとそこには文字が書かれていた。
「……これは」
神が祀るその石碑。
神の名とともに事跡が刻まれているが、空白の箇所が存在する。
それはだれもが一度は経験する儀の結果生まれる文字が刻まれる場所である。
そう――恩恵だ。
「どうして」
ならなぜ、いまここにそれが刻まれているのだろう。
だれかがここで儀を執り行ったというのか?
そんなわけがない。
ここにいる子供はまだその恩恵を受ける年齢の者はいない。この騒動の中、わざわざここで祈りを捧げる者もいないだろうし、ずっと教会にいたマースレットが気づかないわけがない。
しかし、そこにははっきりと文字が刻まれている。
「…………」
通常、恩恵は秘匿とされている。
自らの強みであり、弱点ともなりうるそれを他人が好き勝手に見てはいけない。
だがだれの恩恵とも知らぬそれを見たところで咎められることでもないだろうし、偶然目に入ってしまっている手前、そういったことを考えている時間もなく、マースレットはその文字を読んでいた。
「【守護神】」
記された恩恵を口にする。
能力としては、守る対象がある時にその想いに応じてあらゆる能力が飛躍的に上昇する。また自分の周りに加護を与え、守護する。
記されている文字を黙読してから、思案を巡らせる。
能力に関しては正直未知数だ。守る対象がある時と限定的であり、かつその想いにより効果が変わってくるということは、とんでもなく強くなることもあれば、想いが弱ければ意味をなさない能力とも言える。二つ目の能力も記されてあるものを読み解こうと思うもいまいち咀嚼しきれない。
しかしそれ以上に問題なのは。
(この恩恵の持ち主。ここに刻まれているということは一度はこの教会に来て、祈りをささげたってことでしょうけど……そんな人いたとは思えませんし)
この教会は少し街から離れた場所にあり、ほとんど人は来ない。そのため、恩恵の有無を調べるためにここを訪れるという人はここ何年も来ていない。ほとんどはここの教会で育った子たちが確認しているのみ。
ここ数日訪れた人だって、フィルムルトやその仲間、そしてダレンたちしかいない。
(そのうちのだれか……いえ、でもみなさん、恩恵については確認しているでしょうし)
恩恵が後天的に目覚めるということも聞いたことがない。
「マースレットさん!」
「はいっ!?」
ますますわからなくなるマースレットは声をかけられていることに気づかず、すぐ近くにいたフィルムルトの存在に驚く。
「大丈夫かよ」
「え、ええ。ごめんなさい、気づかなくて」
普段は見せないその姿を見て、ぶっきらぼうな言い方ながら心配そうに顔を覗かれる。
「ガキどもも全員無事だし、モンスターどもも沈静化していっているらしいからもう大丈夫だと思うぞ」
「そ、そう。……それはよかった」
モンスターの脅威がなくなりつつあること自体は喜ばしいことだが、目の前の出来事に頭を取られ、笑顔を作れなかった。
「本当に大丈夫か? ガキどものいるところに行ったほうがいいんじゃないか?」
「ええ、そうね。……少ししたら行こうと思います」
平静を装って言う。
見れば、すでに輝いていた文字が消えていた。
「っと、そうだ。その……悪いけど、俺ちょっと外行ってくるから」
「外? なにかあったのですか?」
「ああ、ちょっと小耳に挟んだんだが、どうやらダレンがモンスターに出くわしたらしくて」
「ダレンさんが?」
「だからちょっくら見てこようかと」
ぼそぼそとそう言って、マースレットから見つめられるとフィルムルトは逃げるようにして部屋の扉に手をかける。
心配で助けに行くことを言いだすのが恥ずかしいのだろう。
「あいつにはコウを助けてくれた恩もあるからな。ただそれだけだ」
「そうですか」
「安心しろ。俺の仲間はここに残っていてくれるから」
それじゃあ、とそそくさと出ていってしまう。
本当に成長したなと思いながら、ふとその石碑に手を触れて思い出す。
(そういえば、フィルムルトにダレンさんのことを聞いた時、確か彼、恩恵を持っていないとかなんとか言っていましたっけ……?)
まさか、とその石碑から手を離す。
「ダレンさん、どうかご無事で」
最後に祈りを捧げてから部屋を出た。
☆☆☆☆
俺の戦闘スタイルはごり押しだ。
磨き上げた技術と経験、そして最後は力業で押し切る。
無鉄砲とも言える戦い方だったが頭で考えるのが苦手だった俺にはぴったりだった。
うまくはまれば、簡単に相手を倒せ、爽快感はそりゃあもうすごかった。
ただやはりとも言うべきか、そんなふうにいつも調子がよかったわけじゃない。
「はい、これで終わり。あんまり無茶しないでね」
「悪い、サンキュ」
遠征中、道中で出遭ったモンスターとの戦闘で負傷した俺はシェリルに手当てをされた。ポーションなども無駄にはできないため、この程度の傷は軽く処理するだけ。一応魔法である程度は治癒を終えてあったし、この傷は自業自得であるのでもう大丈夫だと言って彼女に寝ているよう言ってから夜番をしているアンセムの隣についた。
「もう平気なのか?」
「ああ。ただのかすり傷だし、シェリルが心配性なだけ」
「そうか」
木に寄りかかり、目の前の焚き火を見つめるアンセムの表情はどこか楽しげだった。
俺はその表情の意図することがわからず、考えるのも面倒だったのでおもむろに木の棒を手にするとそれを火の中に入れた。
ぱちり、と静かな夜の中、音が鳴る。
「お前は相変わらず、傷ひとつついてねえな」
「たまたまだよ」
「たまたまなもんかよ」
謙遜するが、アンセムはいつだってモンスターとの戦闘後は涼しい顔でいる。
俺なんかとは違って、無傷でいとも容易く倒してしまう。
「そうだね、ダレンが突っ込んでくれたおかげでその隙をつけたんだ」
「ぐっ……そ、それもあるだろうけど、……お前はやっぱすげえっつーか」
「どうしたんだよ。褒めたってなにもあげるものなんかないよ」
「そんなんじゃねえよ」
割と素直に言っているというのに茶化すように言われる。
「アンセムはさ、戦いの中でいろいろ考えているだろ? どうやって倒せるか、どうやって隙を作れるかって。俺にはそういうの苦手でさ、どうやってんのかなあって」
「べつに大したことしているわけじゃないよ」
本当になんてことのないように言う。
「僕がそいつだったらどうするかって考えているだけ。僕だったら次にこういう行動をするとか、僕だったらこういうことされたら嫌だなとか。勘、みたいなものかな。それが運よく当たっているだけに過ぎない」
――――ズゴオオオオオッッ!
袋小路の壁にめり込むほどの一撃が俺に入った。
痛恨の一撃だった。
相手に取っては会心の一撃だっただろう。
ずるずると壁に背を当てながら地面に崩れ落ちる。
すぐに立ち上がることができない。
単眼巨人は待ってなどくれず、ぶんぶんと棍棒を振り回して近づく。
『グウウ……』
とどめを刺さんと巨大な眼が見開かれたその時だった。
ぴたりとその動きが止まり、その眼に当惑の色を滲ませた。
「はは、今頃気づいたのか?」
三つの壁と正面にモンスターという四方を囲まれた状態の俺は言う。
「俺に気を取られ過ぎなんだよ」
ここには俺とモンスターしかいない。
現在俺のいる場所にいた――標的だった彼女たちの姿はなかった。
「考えたぜ、無い頭を振り絞って……すんげえ考えた。どうすればお前にとって不利益になるか」
単眼巨人から余裕の色が消える。
その眼には焦りと怒りが混濁していた。
ようやく状況を理解したらしいがもう遅い。
「なあ、お前の標的は俺か?」
口元が緩むと同時に単眼巨人が後ろを振り返り、逃げるふたり組をその眼に捉える。
『――アアアアア!』
正常な判断ができない脳に成り下がったモンスターの攻撃は雑なだけ。
大振りのそれを上空へ飛んで避け、
「――――ああああああああああっ!」
鈍色の軌跡が真っすぐ描かれる。
体を真っ二つに両断された単眼巨人は声にならない断末魔を上げ、背中から地面に崩れ落ちた。
大の字になったモンスターの角は折られ、魔族化が解かれる。すると数秒も持たないうちに灰となって消え去る。
「……やったんだよな?」
それを最後に俺は疲れからか、ぶっ倒れてしまった。




