第3話 妬み
レッドジャイアント二体の討伐。
クエスト難易度9。
それが今回の依頼内容だった。
「それじゃあよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
『コロラドの森』に向かう前、冒険者ギルドにてフィルムルトさんたちと顔合わせをした時に軽く挨拶を交わした印象としては、物腰の柔らかい青年といった感じだった。
他の仲間の人たちもそれぞれと会話をしたが、だれもが年下の俺に対しても丁寧な受け答えをしてくれて、こちらが恐縮してしまった。けどそんな俺を察してか、彼らは気楽やっていこうと言葉をかけてくれ、俺は楽な気持ちで依頼に臨んでいた。
「その歳でもうAランクか。すごいな」
「いや、俺の力っていうより、アンセムたちのおかげって感じですから」
終始そうやって持ち上げてくれる。
昇格するとすぐに高難度のクエストを受けたり、ギルドの要請に必ずと言っていいほど応えて引き受けていたためか、短期間でかなりの実績を積むことができたのだ。
通常Aランクになるのは、トロントだと一〇年でも早いと言われている。フィルムルトさんもそろそろ上がるらしく、この依頼もやる気満々でいた。
「そろそろだぞ」
先頭に立つコウジさんがレッドジャイアントの住まう場所が近づいたことを知らせてくれる。
「よし、作戦どおりに」
「はい」
パーティーメンバーは散り散りとなって木陰に隠れる。
レッドジャイアントは一体でも手強い。
だからまずは一体ずつ確実に倒していこうということで、コウジさんが音を出して一体をおびき寄せて、残ったレッドジャイアントを他のメンバーで囲んで倒す。
で、頃合いを見て、コウジさんが戻ってきて全員で残り一体を倒す。
ひとりだと危険ではないかと俺は言ったのだが、彼の恩恵は足を速めるものらしく、陽動作戦には持ってこいであり、万が一にも逃げられるとのこと。
……いた。
二メートル近くある大きな体は、赤い毛皮で覆われている。
片手で軽々と木をへし折ることのできる膂力は一番警戒しなければならない。
二体とも特に周りの気配に気づいてはいないようだ。
――――ガサッ。
奥の茂みが揺れる。
即座に反応したレッドジャイアントたち。
互いに目配せをし、思惑どおりに一体だけその音の正体を掴みに離れた。
俺はフィルムルトさんを見る。
彼は頃合いを見計らって、全員に目で合図をする。
「(ゴーだ!)」
三、二、一のタイミングで飛び出す。
全方位からの奇襲攻撃にどれを相手取ればいいのかわからないのだろう。
真後ろを取っていた俺はチャンスだとばかりに太刀を振るう。
「なっ」
しかし俺の攻撃はあの剛毛な腕でガードされてしまった。
なんですぐに反応できたんだ?
疑問に思うも、考えても埒が明かない。再び死角に入ろうと真横に移動――
「なん、で……」
――しようとしたところで俺は異変に気づく。
「なんでだよ」
ぐるりと周囲を見渡す。
開かれた場所にはレッドジャイアントと俺しかいなかった。
「お、おい――っおお!」
彼らを呼ぼうとしたが、モンスターは待ってはくれない。
振り落とされた腕が地面を揺らす。
ノックバックし、距離を取る。
「フィルムルトさん!?」
見つからない仲間たちの姿を必死で探す。
あの合図は違ったのか? いいや違う。あれは絶対そうだし、間違っていない。
事前に何度も確認したので間違えるわけがないし、たとえ間違ったとしてもだれかが行けば行くということを決めていた。
それなのにどうしてだれも出てこない?
するとガサッと後ろからだれかが顔を出してきた。
「フィルムルトさ――」
ん、と言おうとしたところでそのシルエットの違いに一目で気づく。
音を確認しに行っていたもう一体のレッドジャイアントだ。
挟まれるような形となり、俺は後ずさることもできない。
「とにかく逃げるしかない」
なにかの手違いがあったのかもしれない。
すぐにみんなと合流して再度ここに来て討伐すればいい――そう考えて逃げようとした俺の足元に槍が投擲された。
「危ねえ、なんだよこれ」
避けて安心したのも束の間、続けざまに投げてこられ、俺は必然的にレッドジャイアントのほうへと足を向けざるを得なくなり。
「くっそ」
結果として戦闘を強制される。
「なんでこんな逃げ場をなくすような」
そこではっとなる。
レッドジャイアントを相手にしながらもその思考はある一点に絞られていく。
そんなわけがないと何度も否定するように首を振るが、その槍を見て、確信へと変わってしまう。
「意味わかんねえ」
なんで、どうして。
ぐるぐると脳を駆けまわる疑問だが、だれも答えてはくれない。
「いるんだろう……、いるんだろう…………フィルムルトさん!」
そんな俺の声に返ってきたのは、くつくつというくぐもった笑声だった。
「――があ!」
一瞬意識を離した隙を突かれ、剛拳をモロに食らう。
さらに後ろから脇腹を抉るように殴られ、地面に叩きつけられる。
ごろごろと転がり、強烈な痛みに呻いた俺の肩に手が置かれる。
「――Aランク冒険者だろ? 難易度9のクエストくらい楽勝に決まっているよな?」
その声には嘲りが込められていた。
先ほどまでの柔和なそれとは全然違う。
「五年でAランクとか、エリート中のエリートだ。わけねえよな、こんなやつら」
「……お前」
「ああ、いや違うか。ダレン・ソルビー。お前はただあいつらのおこぼれを与っていただけに過ぎない恩恵のない雑魚だったか」
フィルムルトさんはそう言って、侮蔑の瞳を向けてきた。
後ろにはコウジさんたち他の仲間もいた。
そしてその全員が全員、さっきとは打って変わって暗い表情をしていた。
「たった五年でAランクだと? ふざけんなよ。あり得ねえだろ。こっちはその倍以上やってんだぞ。なのにまだ二十歳にもなってねえ、子供が俺よりも上? あり得ねえ」
俺の肩を掴むその腕の力が強くなる。
――なるほどな、ただの妬みか。
自分は平凡な冒険者として頑張っているというのに、ぽっと出の俺たちのような若造が自分よりも上に行くということが許せなかったのだろう。しかも俺みたいな恩恵のない――環境に恵まれただけの人間が彼の苛立ちを募らせた。
「魔族化したドラゴンも倒したらしいじゃねえか。なら倒せんだろ?」
Aランク冒険者さん、と言って俺の肩を地面にぶつける。
そのまま彼らは森の中に消えていく。
「はあ、くそ……だよな」
おかしいとは思っていた。
だってそうだろう。
俺たちのパーティーは有名――ということは、だれもが俺だけ異質な存在であることを知っていたし、弱いことも知っていた。加えて俺がパーティーを抜けたとすれば、それはもう追い出されたと推測されるだろう。
やはりダレン・ソルビーはパーティーのお荷物だったのだ。
そのことを知って、だれが仲間に入れるのだろうか。
こんな仲間に恵まれただけの弱いやつをパーティーに誘うわけがない。
さっきフィルムルトさんが言ったように、アンセムたちを妬むやつらは多い。
長年冒険者をやっていて、こんなにあっさりと抜き去っていく新参者を快く思わない人たちがいることを俺も知っていた。もちろん多くは純粋に祝ってくれるが、心の中ではなにくそと思っている冒険者はいる。
でもアンセムたちには勝てない。
だったらこの鬱憤をなにに向ければいいのか。
簡単だ。
俺のような弱いやつを狙えばいい。
「けどな」
俺は立ち上がる。
ズキズキと痛む身体を無理矢理叩き起こすようにして。
「お前らは知らないだろ。……俺のことを」
握りしめた武器を構え直し、胸部から下半身にかけて一閃する。
遅れて血飛沫が舞い、レッドジャイアントが小さく唸った。
「そりゃそうだよな。あんな強いやつらと一緒にいたんだ、だれも俺を見るわけない」
でもな、俺だって――ただ甘い蜜を吸っていたわけじゃねえ。
打倒することを決めた俺は地を蹴って間合いを詰めた。
追撃に入ろうとしたが、もう一体がそれを邪魔してくる。
真横から迫る相手の攻撃を避け、そいつを無視し、狙っていたレッドジャイアントの体を斬りつける。
『――グオオ』
確実にダメージを負わせているという感触。
レッドジャイアントはその腕の力は相当のものを持つが、逆に言うとそれ以外は脆い。
「おらっ」
鈍くなった動きを逃さない。
俺は畳みかけるようにしてレッドジャイアントの全身を斬り刻む。
攻撃を加えたら即座に相手の死角に入る、その繰り返し。
そのせいか、自慢の拳が何度も空を切る。
これくらいの動きなら恩恵のない俺だってできる。
そしてもともとなのか、自分の血なのかわからないくらいにレッドジャイアントの体は赤く染まっていた。
仕留めたな――そう思った瞬間だった。
「後ろ!」
その声に反応し、とっさにガードの姿勢を取る。
「――がはっ!」
一体に夢中になっていて忘れていた相手からの攻撃に吹き飛ばされる。
あの声がなければきっと骨を何本かやられていただろう。
「ポーション! ポーションは!?」
「あ、焦らないでよ」
「早く早く」
「うん。わかってる」
徐々に近づいてくる声。
どこか幼さを感じさせるその二つの声の主たちは俺の顔の前に瓶を差し出してきた。
「これ! これ使って!」
「いや、これ」
「一個しかないの! とにかく早く使って!」
有無を言わさぬ勢いに負け、俺はポーションを受け取り、口の中に入れる。
すると痛みが和らぎ、傷が癒えていく。
「悪い、助かった」
そう言うと、ふたりの少女はほっとしたように息を吐いた。
ここにいるということは冒険者なのだろうが、どう見ても子供だ。
亜麻色の髪の少女と藍色の髪の少女は俺の顔をまじまじと見てくる。
「ちっ――下がれ」
助かった気でいたが、まだモンスターは生きている。
ふたりを俺の背中に隠し、その攻撃を剣の腹で受ける。
「ここは危険だ。さっさと遠くへ逃げろ」
「でも――」
「ほら、これ持っていけ」
『アイテムボックス』からポーションを二つ取り出して、彼女らに投げる。
「さっきは知らせてくれてありがとな。なにがあるかわからないからそれ持っていけ」
話を打ち切り、俺は意識をレッドジャイアントに向ける。
まだまだ元気の有り余っている様子だ。こいつに至っては一度も攻撃を与えちゃいない。
「行ったか? まあとにかくあいつらが逃げる時間を稼がないとな」
ちらっと後ろを見て、いなくなっているのを確認する。
「行けると思ったんだけどな」
俺は刀身に罅の入った武器を『アイテムボックス』にしまう。
さっき受けた時、嫌な感じはあった。というか、ずっと戦っていて、あの拳に何度も刃を当ててしまっていたのでそれも蓄積されたんだろう。
愛剣をなくした俺は、代わりに『アイテムボックス』から短刀を取り出す。
「どのみち、やられてたんだ。あいつらのためにちょっくら頑張るか」
こんな俺のために勇気をもって助けにきてくれた少女たちを逃がすため。
俺は目の前のレッドジャイアントに向かって走った。




