第29話 守るべき者
かっけーって思った。
小さな田舎町に現れたその人たちは、モンスターから俺たちを守ってくれた。
颯爽と駆けつけた彼らは町のみんなを苦しめる怪物たちを倒していった。
いとも簡単に。
ものの数秒で。
語り継がれる英雄たちの逸話が重なって見えた。
剣を振るう姿。
敵を倒す瞬間。
恐怖を安堵に塗り替えた力。
町のみんなを守ってくれた彼ら。
身体が震えた、胸が躍った、強く魅かれた、憧れを抱いた。
その衝撃に胸を鷲掴みにされ、なにもなかった俺に夢を与えてくれた。
世界を変えてくれた。
こんなふうに強くなりたい。
こんなふうに多くの人を守りたい。
苦しんでいる人を、悲しんでいる人を。
苦しめないように、悲しませないように。
仲間を、大切な人を――守りたい。
――そう決めたはずだろう。
「なのに俺はなにをしてんだよ」
情けない自分を殴り飛ばしたくなった。
仲間に傷を負わせ、怖い思いをさせた。
それだけじゃない。
俺は気づいていたはずだ、ふたりが狙われていることにもふたりが俺を逃がしてくれたことにも。それにもかかわらず、俺はそれらしい理由づけを自らにもして、逃げた。
どうしてそんなことをしたのか。
簡単だ――俺が弱いからだ。
それは力だけを意味してはいない、心の弱さだ。
ずっとずっと、俺は弱かった。
ずっとずっと、俺は甘えていた。
彼女たちとパーティーを組んだのも、べつにパトリエさんに頼まれたとか、彼女たちに恩返しだとか、そういうふうにしていたが、そうじゃない。自分よりも弱い人と一緒にいることで俺は強い人だと思いたかったのだ。強い敵と戦わなくても済むから自分自身を惨めだと思うことをなくしたかったのだ。
魔族化したモルティガーと戦った時だって、逃げたし、いまだって逃げた。
俺は弱いことを自覚していた。
けれど、俺はそんな自分が嫌だった。
結局、アンセムたちから離れたのだって、自分のためだ。
畢竟、ジェイミーたちと一緒にいたのだって、自分のためだ。
俺はいつからか、自分が憧れていた人たちのようにはなれないと思ってしまっていた。
でも。
「そうじゃねえだろ……俺が冒険者になったのはそういうんじゃねえだろ」
わかったふうにしていて全然わかっていなかった。
理解していながらもそれを拒む自分がいた。
思い出せよ。
あの時、ふたりと出会った時のことを思い出せよ。
レッドジャイアントと対峙した時、俺は無我夢中でどうした?
倒そうとしたか?
殺そうとしたか?
違っただろ。
違ったじゃないか。
強くなくたっていい、倒せなくたっていい。
ただ、守れればいい。
――冒険者になって、みんなを守りたいんだ。
――――
『――ッッァアアアアア』
肩口から血が舞い散る。
死角からの一撃に、強制的に攻撃をキャンセルさせられた単眼巨人。
さすがに見えない位置からの攻撃は避けられなかったらしい。
だが攻撃自体は致命傷とまではいかなかった。
少しよろけただけで、まったく倒れちゃくれなかった。
「ジェイミー、ペトラ」
地面に降り立った俺は、ぽかんとする彼女たちに駆け寄る。
未だ、なにが起きてモンスターが攻撃を中断したのかわからないらしい。
「無事だったか?」
声を聞き、ようやく脳が酸素を取り戻したかのように「ダレン」「ダレンさん」とふたりして呟く。
「なんともないか?」
「……だ、だいじょぶ……だけど」
「そっか。よかった。うまく逃げられてたんだな、すごいぞ」
「け、けど、ダレン――」
続けようとしたジェイミーの声を止めたのは、こちらの都合など一切考えない遠慮のない攻撃をしてきたモンスターだった。
俺はとっさに彼女たちを後ろに追いやり、武器の腹で棍棒を受ける。
「心配するな、コウは無事に送り届けた」
「そうじゃなくて」
「ああ、悪いな。応援呼ぶの忘れていた」
「そうじゃなくて」
「遅れたのは悪かったって、でもちゃんと戻ってきただろ」
「そうじゃなくて」
「うっらあああああああああああ!」
ぎちぎちと重い棍棒を押しつけられていた俺は気合でそれを押し返す。
いきなり力を込められた相手は余裕をぶっこいていたためか、そのまま後ろに倒れる。
「ジェイミー、ペトラ、ごめんな。怖い思いさせて、傷を負わせて……俺、お前たちに守られてばっかだった」
でも、と俺は言う。
「もう大丈夫。ありがとな、俺の後ろで隠れていてくれ。絶対傷つけさせない……絶対守るから」
迷いを断ち切り、俺は彼女たちに背中を向ける。
ふたりのことは絶対守る。
俺の命に代えても――絶対に守ってみせるから。
☆☆☆☆
――ダレンくんが、モンスターに追われているかもしれないの。
ギルド職員であり、ダレンの担当であるパトリエからそう聞かされ、シェリルは一目散に駆け出した。
詳しいことはあまりわかっていないが、あの切羽詰った様子だとおそらく相手は各上の相手だろう。追われているということの意味はわからないが、モンスターと遭遇してしまい、命の危機に瀕しているのだと考えられる。
南エリアのメインストリートをひた走りながら、ダレンの無事を祈るシェリル。
「シェリルさん!」
トップスピードを出しているシェリルに追いつける者などそうはいない。
だから自分を呼ぶその人物がだれなのかすぐに絞ることができた。
「シロウさん、ごめんなさい。行くところができたので、あっちには戻れません」
「わかっています。おれはシェリルさんを止めにきたわけではありません」
その言葉に、隣についたシロウの顔を見やる。
独断行動をしたシェリルを怒った様子はなく、連れ戻しにきた様子も確かにない。
「でも、まだあっちにはモンスターが」
「大丈夫です。アンセムさんの命でシェリルさんのあとを追ってきましたから」
「え? アンセムが?」
「はい。こっちは任せて、シェリルさんのほうにって」
どうやらシェリルの焦燥を感じ取ったアンセムがこちらのほうのモンスターも危険だと判断して、シロウに追いかけるよう指示したのだろう。アンセムならば飛竜を単独で相手取るくらいわけない。ただ今回のケースは違う。
「魔族化しているんですよ……シロウさんまで抜けたら」
「幸い、ギルドには何人もの冒険者がいましたから……きっとそれも加味してのことでしょう」
「そう、ですか」
アンセムは頭の回転が速い。瞬時に考え、最善の判断を下したのだろう。
などとあれこれ言ったが、内心ではアンセムの心配はほとんどしていなかった。
なぜなら彼が負ける姿など想像できなかったからだ。
それほどまでに彼の強さは常軌を逸している。
ずっと近くでいて、その強さを何度見せられたかわからない。
だからこそ、シェリルは彼らにあの場を任せてひとり、ダレンを助けに出たのだ。
「それでだれを助けにいくんですか?」
大体のことは察しているのだろう。
雑談するように切り出された。
「どなたかの危険の知らせを受けたんですよね?」
「はい。幼馴染で……」
「それって、おれと入れ替わりでパーティーを抜けた人、ですか?」
「……そうです」
べつに隠す必要もないと思って話したが、どこかむず痒くて仕方ない。
なにかやましいことがあるわけでもないというのに、ダレンのことを聞かれると普段の自分じゃないように思えてしまう。
「好きなんですか?」
「…………えっ?」
直球な質問に、目を丸くして驚く。
「すみません、不躾なことを聞いて」
「いえ」
しかしすぐに答えなくていいようにシロウは言葉を続ける。
「なんだか羨ましいなって思って」
「羨ましい?」
「はい。そこまで思ってくれる人がいてくれるってすごい嬉しいじゃないですか」
「なに言っているんですか?」
シェリルは言う。
なんてことのないというふうに。
「シロウさんの身に危険が迫っていたら、私は同じようにして飛んでいきますよ」
「……それは、すごく嬉しいですね」
「その言い方、信じてないみたいですね」
「いや、その急に言われたので」
彼にしては珍しく言葉に詰まっていた。
「仲間ですからね。きっとアンセムやイヴ、マライアだって同じように思っていると思いますよ」
まあ、とシェリルはおどけた調子で言う。
「シロウさんは滅多なことがないと助けなんて必要ないでしょうけど」
「そんなことは――」
話しながらもスピードは緩めずに突き進んでいると、真正面にモンスターが道を塞ぐように出現する。
「こんな時に」
流れるようにいなしていき、シェリルとシロウはダレンのもとへと向かった。




