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第28話 憧れの冒険者



 少女は泣いていた。


 大切な家族の死。

 大切な友人の死。


 育った街が蹂躙されていく光景。

 育った地の変わり果てていく姿。


 そしてなによりも少女の心を苦しめたのは、憧れであり、大好きであった姉の裏切り。


 建物が激しく燃え上がり、崩れ落ちていく。

 悲鳴と助けを呼ぶ声が飛び交い、人々が倒れていく。

 もはやだれなのかも判別つかない死体が運ばれてくる。

 苦痛の叫びをあげ、治療を施されていく人がまたひとりこの世を去る。


 巨大な蛇が屠り、消し去り、残虐の限りを尽くしていく。


 駆けつけた冒険者たちが立ち向かうも、ひとり、またひとりと倒れていく。


 二桁にも満たない少女の心がズタズタに引き裂かれていく。

 すべてを失ったにも等しい経験だった。


 絶望を知り、この先、生きていく自信も意味も見いだせなくなっていた。


「食うか?」


 避難所からロイヤルズ王国に向かう馬車の中。

 目の前にパンが差し出された。

 見るとそうして手を伸ばして笑みを湛えていたのは自分よりも少し年上の少年。

 沈んだ空気を打ち消すかのような眩しいものだった。


 それから彼はいろんな話をしてくれた。

 笑い話からおとぎ話、英雄譚、いろんな話であったがすごく楽しく。

 つい数秒前までの苦しみを忘れてしまったかのように笑った。


「なにもできなくてごめんな」


 ちょうど話が終わったタイミングで少年が申し訳なさそうに言った。


 そんなことはない。

 彼がこうして気を紛らわせてくれたおかげで心が落ち着いた。

 隣にいる同い年の友人もとても楽しそうにしていた。


「俺の夢は多くの人を――大切な人たちを守ることなんだ」


 少年は言った。


 もう苦しませないから。

 もう悲しませないから。

 もう涙を流させないから。


「だから今度は――ちゃんと守るから」


 守る、と彼は言った。


 それはどん底にいた少女の心の穴を埋めるかのように吸い込まれた。


 同時に少女もまた、決意に瞳を燃やす。


 もう大切な人やものを失うのは嫌だ。

 だから強くなってそちら側にいこう。


 彼が守ってくれるのなら怖いものなどない。

 大切な人を救う。

 多くの人を救う。

 失わないために。

 失わせないために。


 今度は自分の手で――守ろう。



「ペトラ、こっち!」

「うん」


 どれくらい走っただろうか。

 ぐるぐると複雑に逃げ回り、追いつかれそうになる都度物を投げるなど小細工をしてやり過ごし、なんとか捕まることなくここまで来れた。

 しかし捕まるのも時間の問題だろう。

 否、殺されるのも時間の問題だろう。


 体力の限界もあるが、それ以上にジェイミーが諦めの姿勢になっているのは、ダレンを逃がすことができたことにある。


 どういうわけか、モンスターはジェイミーとペトラを狙っている。

 最初は三人とも狙われているのかと思っていたが、攻撃をする際、ダレンではなくふたりを中心に捉えていたように思えたのだ。それは些細なことであったし、確信は持てなかったが、二手に分かれた時、それが確信に変わった。

 ダレンのほうには見向きもしなかった。

 最初から狙いが彼ではないというふうに。

 最初から狙いはジェイミーかペトラにあるというふうに。

 だからこそこれを逃す手はないと思い、最善の手だとばかりに提案をした。


 コウという少年を逃がすという大義名分があれば、彼は逃げてくれる。


(――これでいい)


 だってもう大切な人を失いたくないから。

 今度は守りたかったから。


「ペトラ、聞いて」

「やだ」


 にべもなくそう返され、ジェイミーはペトラの横顔を見る。

 どこまでも真剣な眼差しだった。


「私まだなにも言ってないじゃん」

「言われなくてもわかるもん。どうせ自分が足止めするから逃げてとか言うんでしょ」

「……っ」


 長年一緒にいるためか、すべてお見通しのペトラだった。


「言ったじゃん。一緒に頑張ろうって……ひとりだけそういうのずるい」

「だってそうしないと死んじゃう――」

「大切な人を失いたくないのはわたしも一緒!」


 冒険者になると決めた時、同じように考えていたのだろう。

 ジェイミーの気持ちとペトラの気持ちはいつだって同じだ。


「そうなのかもしれないけど、お姉ちゃんのことだってあるし」

「お姉ちゃんのことは心残りだけど、きっとダレンさんがなんとかしてくれる」


 ペトラは揺るがない思いを告げる。


「ジェイミーがわたしを守るならわたしがジェイミーを守る」


 数秒瞬きを繰り返す。

 覚悟を決めたつもりだったのに、まだまだ彼女と一緒にいたいと思ってしまう。


「ペトラの頑固! 馬鹿!」

「ジェイミーに言われたくない!」


 言い争うふたりの前に壁が立ち塞がった。

 家屋に挟まれ、袋小路にぶつかる。

 道もわからず適当に走ってきたため、強制的な逃走劇の幕切れだった。

 建物の背も高く、飛び越えることも壊して進むことも無理だ。

 退路は完全に断たれ、モンスターと相対せざるを得ない。


 結局、ペトラだけを逃がすなんていうことは無理だったらしい。


「「…………っ!」」


 互いに肩をくっつけ、目の前のモンスターに背筋を凍らせる。


 特徴的な単眼から発せられる圧に自然と身体が固まる。

 それでも以前までのジェイミーたちではない。

 ダレンに教わり、成長した姿を――強くなった姿を見せる。


 買ってもらった小袋型の『アイテムボックス』から大剣を取り出す。

 ペトラも同様に杖を取り出し、臨戦態勢に入る。


 ぐっと拳を握った瞬間――


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』


 咆哮。


 ただただモンスターが威嚇のそれをしただけ。

 それだけだというのに、本能からその生物が危険だとわかり、攻撃する意志すらも根こそぎ持っていかれ、ふたりの手から武器が離れる。


 次の瞬間、巨大な岩のような物体が迫る。


 とっさにペトラを庇うように彼女の前に出たジェイミーが死を覚悟し、目を閉じた。


『――アアッ』


 しかし苦鳴を漏らしたのは、攻撃を仕掛けたモンスターのほうだった。


 その声に恐る恐る目を開ける。


「悪い、遅くなった」


 大きな背中だった。

 どこまでもたくましく、とても頼りになるその背中。


 その人は。

 守ると言ってくれたその人は。

 約束を――そして、ジェイミーとペトラを守るようにして、立っていた。


 彼は。

 ダレン・ソルビーは。

 いつだってふたりの窮地に駆けつけてくれる。




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