第26話 逃走劇
快晴の空の下、大きな影が俺たちを覆う。
「…………」
異様で威容な、場違いにもほどがある存在に言葉を失う。
人々の驚倒を攫い、恐怖という感情に心を塗りつぶしていき、心を狂わせ、悲鳴と絶叫を上げさせ、すべてを投げ出させる。
興奮気味に荒く息を吐き出す。
単眼巨人。
難易度9、10相当の相手だ。
実際に戦ったことはなく、ただただ知識として知っているのみ。
だがそれでも、わかることはある。
それは――俺には、到底敵わない相手だということだ。
『――ァアアアア』
空気が張り詰め、心臓が押しつぶされるような錯覚に陥る。
頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響く。
逃げろ。
殺される。
「ジェイミー! ペトラ!」
「うわぁっ!」「きゃっ!」
棍棒が叩きこまれる。
即座に反応した俺は、ふたりを抱きかかえて真横に飛んだ。
「なんつー威力だよ」
先ほどまで座っていたベンチはひしゃげ、見るも無残な形になっていた。
たったの一振りで。
軽く振り上げただけで。
「立てるか?」
「うん」「はい」
すぐさま逃げなければならないと思い、ふたりが動けるか確認の意味で聞く。
よろよろとではあるが立ち上がる。
「逃げるぞ」
この場から去り、ギルドに戻れば多くの冒険者がいるだろう。彼らに救援を要請し、そして俺はともかくとしてふたりにはギルド内に隠れていてもらったほうがいい。
そう結論づけて走り始める。
「ダレン後ろ!」
「え――」
モンスターに背中を向けた瞬間だった。
単眼巨人は油断大敵とばかりに無防備の俺たちを狙ってきた。
ジェイミーの声により、なんとかすんでのところで横っ飛びで回避に成功する。
「なんでこっちに」
攻撃を躱されたがすぐにこちらに向き直っていた。
――狙われているのか?
ただ近くにいた相手に攻撃してきたと最初は思っていた。
しかしそれにしたっておかしい。
まだこの広場には逃げ遅れた人がおり、狙いやすさで言えばそちらのほうがいい。
だというのに、こうしてこちらに振り向くということは。
「走れ!」
考えても埒が明かないため、ふたりに指示する。
とにかく走って走って走りまくるしかない。
広場を抜け、南エリアのメインストリートに出る。
ここも人でごった返しており、突然の怪物の登場にさらに混乱が増す。
「ダレン」
「こっちだ」
人の波に呑まれそうになるジェイミーに手を伸ばす。
ペトラも一緒についてきており、再び走り出すが、大通りのせいか、逃げにくい。
このままでは捕まってしまう。
それに狙われている俺たちがギルドなんかに向かってしまったらモンスターが暴れて多数の被害が出てしまいかねない。
「こっちに行くぞ」
方向転換し、俺たちはメインストリートからべつの道を選択して進む。
石畳を目一杯蹴り、縫うようにして建物を抜け、ぐるぐると回る。
小道へ小道へと巨体が入りにくい道を選んでいくが、まるで意に介していないかのようにそれらをぶち壊し、時には飛び越え、その身からは想像できないほどの身のこなしでついてくる。
「ダレン」
「ダレンさん」
半歩ほど離れてついてくる少女たちから不安の声が上がる。
こんな逃走劇いつまでも続けられるとも思っちゃいない。
思ってはいない――が。
現状逃げる以外の手は考えられなかった。
必死になってふたりはついてきてくれるが、まだ身体の出来上がっていない子供だ。体力はなく、だんだんと俺についてこれなくなってきている。
なんとか打開策をと考えを練ろうとした時、どてっとなにかの音がした。
「ペトラ」
振り返るとペトラが足を滑らせ、転んでしまっていた。
その後ろには急接近していた単眼巨人。
ぎょろっと獲物を捕らえたとばかりに目玉を動かし、焦点を絞る。
「うぉおおおっ」
急ブレーキをかけ、身体を捻って逆行。
振り下ろされた棍棒とほぼ同時にペトラの身体を抱き、覆うようにして回転する。
――ずどん、と。
石畳の破砕音が響き、破片が飛び散り、視界に白い煙が舞う。
間一髪攻撃を逃れた俺はペトラを横抱きに抱えてジェイミーに追いつく。
「ペトラ、大丈夫か?」
「はい。すみません……ありがとうございます」
降ろしてやるとジェイミーも「ペトラ大丈夫だった?」と心配そうにしていた。
しかし安心などしていられない。
一難去ったところで難を逃れたわけじゃあないのだから。
『グオオオ!』
薙ぎ払い。
建物などお構いなしにぶっ壊しながら攻撃をしてくる。
俺たちのとおってきたルートは余すことなく攻撃を受け、壊されている。
まるで目印のようだった。
ただ幸いなことにまだこちらには被害という被害はない。
ギルドはもう動いているのだろうか。
きっと緊急で動いているはずだ。きちんとそういうことはしていると思う。
だとすれば、こうやって時間稼ぎをしていればいずれは救援や王国からも騎士団が派遣されてくるだろう。それまでの辛抱だ。このまま逃げ切ればいい。
どういうつもりで俺たちを狙っているのかは定かではないが、うまいこと躱し続ければいける。あとはジェイミーとペトラが頑張ってくれれば。
「ダレンこっち!」
光明が見えてきたと思った矢先、ジェイミーに呼ばれそちらを向く。
「どうし――なっ」
建物と建物の間に潜み、頭を抱えて怯えるようにしてしゃがんでいる子供がいた。
この一帯はほとんど人がいなかったからもうすでに避難し終わっていたかと思っていたが、逃げ遅れた子がいたらしい。
少年は俺たちに気づき、顔を上げる。
「「コウ」」
コウとジェイミーとペトラが呼んだ少年――彼は、教会に住む子供だ。
なんでこんなところでひとり……と思ったが、ここは南エリア。教会からもそこまで離れていなかったことを鑑みれば、なにか用事で出かけていたとあたりをつける。
「ジェイミー、ペトラ……ダレンも」
見知った顔を見つけ、安堵したのか、ぶわっと涙を流した。
「……うええん、怖かったよぉぉ。モンスターが……モンスターがいっぱいいっぱい……。さっきから建物がたくさん壊れて……ううっ」
「大丈夫だ」
そう言った背後に大きな影が迫っていることに気づく。
「くっそ」
ジェイミーとペトラを押し、俺はコウを抱えて飛ぶ。
石畳にクレーターを作り、標的を捉えられなかったことに苛立ったように呻くモンスター。
『……ウウアア?』
ジェイミーとペトラ、俺とコウ、二手に分かれてしまう。
敵に挟まれた形となった単眼巨人は眼を動かす。
気持ち悪い動きが数秒行われ、やがて狙いを定め、一方に背を向ける。
「そっちかよ」
狙いをジェイミーとペトラに絞ったモンスターに悪態をつくように呟く。
だが俺の側には戦えず、怯えてしまっている小さな子供がいる。
こちらに攻撃を向けさせようものなら、彼がいま以上に苦しむかもしれない。
どうすればいいか考えるも、いい案など見つからない。
「ダレン! コウを安全な場所に連れていって!」
頭がこんがらがる中、そう提案したのはジェイミーだった。
「こいつは私たちがおびき寄せておくから、ダレンは早くコウを逃がしてあげて!」
「お前、なに言ってんだよ」
「ダレンさん、お願いします」
「ペトラまでなにを言ってんだよ」
危険すぎる提案をする彼女たちに異を唱えるが、それ以上の案は出て来ず。
俺の胸に顔をうずめて震えているコウを見て、俺はなにも言えなくなる。
「ダレン」
「ダレンさん」
その声音には覚悟と固い意志が込められていたように感じた。
どうしてお前たちふたりはいつもいつもそうやって――
「待ってろ、すぐに……すぐに戻ってくる。コウは任せろ」
だから俺は彼女たちの思いを受け取り、モンスターに背を向けて走った。




