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第25話 モンスターの襲撃



 昼食を摂ったあと、「ちょっと行くところがあるから行ってくるね。ダレンはここにいて。そう、待ってて。すぐ来るから」とジェイミーとペトラに言われ、俺はひとり南エリアの広場に残った。

 広場の中央に位置する噴水では子供たちが遊んでいた。

 水浴びするその子たちを穏やかな心地で見守りながら近くのベンチに腰を下ろす。


 そういえばそろそろルエラさんに頼んでおいた武器が出来上がる頃合いだったことを思い出す。ここからさほど離れてもいないし、行くのも手だな。


「アンセムたちが遠征から帰ってきたらしいぞ」

「へえ、さすがだな。で、今回はどんなクエストだったんだ?」

「わっかんねーけど、魔族化したモンスターが相手だったらしいぞ」

「またか。トロントはアンセム様様だなあ」


 冒険者と思しき中年の男性たちの会話を耳にし、俺は浮かしかけた腰を落とす。


 遠征から帰ったのか。

 なんでも七日間ほどの時間をかけてモンスターを討伐しに行っていたらしい。

 クエスト難易度も高く、だれもが行くのを躊躇するほどのもの。

 しかしアンセムたちは自分たちが行くべきだと言わんばかりにそれを選んだ。

 昔からそうやって困難とも言える壁をいとも簡単に乗り越えてきた彼ら。

 そこに助けを求めている人がいるのなら、彼らは赴く。

 さすがだ。


「そっか、あいつら帰っているのか」


 ならまだいいか。

 以前に『ピッツバーグ』へと行った際にシェリルが来たとかなんとか言っていた。まさかまた来るとは思えないが、鉢合わせでもしたらちょっとな。

 なにも会いたくないわけじゃないんだけど。

 こんななにも変わっていない俺なんかを見せたところで、なんの意味はない。

 ちゃんと成長した姿を見せたい――ちゃんと強くなった姿を。

 なにもあいつらに及ぶくらいの強さじゃない。

 ただアンセムたちに頼らなくても俺はやれるんだってくらい強くなった姿を見せたい。

 だからまだ会えない。


「会ったら会ったであっちも気まずいだろうし」


 俺が自分からパーティーを抜ける申し出をしたとはいえ、そう促そうとしていたのだ。思うところはあるだろう。まあ昔馴染みだし、近況は気になるんだろうけど。


 シェリルには会いてえけど。


「――って馬鹿か」


 自分の頬を引っ叩く。

 こういうところだ。こういうところがだめなんだって。

 べつに振られたわけじゃねえけど、それと似たようなことをされたのだ。可能性はないってのに、本当に女々しいかもしれない、俺ってやつは。


『――――』


 なにかが耳に引っかかる。

 音か、それともなにか声のようなものが聞こえた気がした。


「ダレーン、お待たせー」


 その声にはっとなり、俺は立ち上がる。

 聞き慣れた声はジェイミーだった。その後ろにはペトラもいる。


「おお、結構早かったな。用事は済んだのか?」

「うん。それでね――」


 用件を口にしようとしたジェイミーの口が閉ざされる。

 それは言うのを躊躇するとかそういった類のものではない。

 閉ざさるを得なかった、という表現が正しいだろう。


「う、うわああああああああああ」


 だれかが叫んだ。

 絶叫が皮切りになったかのように、人々が『それ』を視認し、声を上げる。


「なんだよ、こいつ」


 全身緑色の怪物が現れる。

 布切れ一枚で覆う強靭な皮膚と大きな図体はそいつをモンスターだと物語る。

 片手には巨大な棍棒を持ち、それをずるずると引きずって歩く。

 そのモンスターの一番の特徴である単眼がぎょろりとこちらを見た。


 ぞくり、と背中が震える。

 一つ眼のモンスターは厭らしくも口に三日月を刻む。


「だ、ダレン……」

「ダレンさん……」


 戦慄し、恐怖する俺の身体に小さな少女たちの震えた声と手が触れる。

 そこでようやく止まっていた思考と硬直していた身体が動く。


 俺が怯えていてどうする。

 俺が怖がっていてどうする。


「――――」


 一歩一歩巨大な足が地面を抉るかのように動く。

 広場にいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 だれもかれもが戦いを放棄し、死を恐れて背を向ける。

 当たり前だ。

 こんな相手――Aランク冒険者がやっと倒せるくらいのレベルだ。

 しかも、どういうわけか、そいつは黒い角を有していた。

 通常のそれではない。

 だれもがわかる――それが魔族化しているのだという証明。


 濃厚な死の気配がした。

 濃密な闘争心が伝わってきた。


『ガァアアアアアアアアアアア』


 猛々しい咆哮。

 それはまるで対戦のゴングが鳴ったように思えた。



☆☆☆☆



 トロントは阿鼻叫喚と化していた。

 ただただ逃げ惑う者、助けを求める者、隠れてやり過ごそうとする者。

 様々な人々が入り乱れる中、腕に自信のある冒険者がモンスターに立ち向かう。

 しかし相手は魔族化したモンスター。

 凶暴で凶悪な相手の攻撃を受け、痛みに悶え苦しみ、地面に横たわる者が続出してしまう。


「本当になにが起きているの……?」


 ギルドから出て、街を見渡したギルド職員のパトリエはその光景を見て、驚きを隠せない。


「パトリエ。とりあえず、ギルドにいた腕利きの冒険者には声をかけたけど」

「ありがと、フリア」


 同期のギルド職員であり、友人でもあるフリアもギルドから外に出てきた。


「情報によると各地に突然魔族化したモンスターが現れたって」

「モンスター自体はそこまで強いってわけじゃないけど、魔族化しているのよね」

「うん。おかげでもうかなりの負傷者が運ばれてきているみたい」


 すでに連絡用の魔道具である『水晶玉』でモンスターの数と場所はほぼ特定されているが、それはギルド職員の間だけで共有されているだけで全冒険者に行き届いてはいない。できるだけ各地にいるギルド職員が呼びかけているがなかなかうまくいっていないのが現状だ。


「パトリエ、変なこと考えてないよね?」

「え、なにが?」

「あなたが行ったって意味はない。それくらいはわかっているわよねって話」

「……わかっている」


 なんの能力もないパトリエが助けに向かったところで意味はない。

 ただ仲間や冒険者を信じて自分の持ち場を離れず、役割を果たすしかない。

 そんなこと――わかっている。

 わかっているけれど。


(モンスターに追われているのが……ダレンくんたち、なんて冗談よね?)


 南エリアに現れたという単眼巨人サイクロプス

 情報によれば、黒髪の少年と少女と思しきふたりの子供が狙われているのだという。

 はっきりとしたものではない。

 偶然という場合だってもちろんある。

 けれど、胸騒ぎがしてならない。


(お願い、だれか来て!)


 願い通じてか、パトリエの正面、ギルドの前に救世主が現れた。


「すみません、状況を教えてもらえませんか?」


 そこにいたのはトロント最強と呼び声高いパーティー。


「アンセムくん」


 アンセム・ワーグマンを含む五名の冒険者だった。

 ダレンのかつての仲間であり、昔馴染み。いまはパーティーを組んでいないが、それでも仲がいいのには変わりないだろう。


『グォオオオオオオオオオオオ!』


 突如爆風が起きたかと思えば、そこには一体のモンスターが現れた。


 竜、だった。

 前肢と翼が一体化しており、漆黒の鎧を着ているかのような強靭な鱗。

 鏃のような尾が地面を抉る。

 猛る息を吐き出し、多くの人に恐怖という名の感情を植えつける。


 飛竜ワイバーンだ。


 情報にはないモンスターの出現にパトリエたちは困惑し、足がすくむが、目の前の冒険者パーティーは――数々の死地を潜り抜けてきた彼らは――憶することなく挑む。


「シロウ、僕に続いて!」

「了解!」


 目にもとまらぬ速さで接近したかと思えば、ふたりの戦士の一撃がモンスターに入っていた。


『グォオ……』


 小さく呻く飛竜ワイバーンは、小さき人間の一撃に怒りを覚えたかのように翼を広げ、暴風を起こす。


「きゃ――」


 近くにいた冒険者たちはその攻撃に耐えられず吹き飛ばされる。

 パトリエやフリアもまた耐える力など持っておらず、そのまま建物に激突するかと思われたが、その瞬間ひとりの少女が助けに入る。


「大丈夫ですか?」

「ありがとう、シェリルちゃん」


 もうすっかり大人になってしまったシェリルに救われる。

 小さな頃から知っているだけに、嬉しくも思う反面、もう彼女のことをちゃん付けでは呼べないな、などと思ってしまった。


 シェリルの他にもイヴやマライアといったAランク冒険者は一般人をいまの攻撃から守っていた。


「危ないですから、ギルドの中に入っていてください」

 ここは私たちがなんとかします、とシェリルは背を向けて言った。


 冒険者ギルドは強固な建物であり、簡単には崩れない。

 また地下シェルターもあるため、そこに避難する者も多い。

 ここにいても邪魔なだけでしかないパトリエはすぐに彼女の言うことを聞くべきだろう。


「…………」


 飛竜ワイバーンはいまトロントに出現したモンスターの中で一番強い。

 しかも魔族化しているため、彼ら以上の適任者はいないだろう。


 しかし。

 彼らがここにいてしまったら。


 彼が。

 あの子たちが。


「シェリ――」


 ――耐えられなかった。……あいつらに迷惑をかける自分が、あいつらのお荷物になっている自分が。そしてなによりもあいつらに置いて行かれる自分に……。


 ダレンの言葉が脳裏によぎる。

 迷惑をかける。

 お荷物になる。

 置いて行かれる。

 それは彼が一番気にしていたことだった。


 ならば、いまダレンの状況を彼女に伝えてしまったら。


 パトリエは彼の命と矜持を天秤にかけ、それからシェリルに言った。


「シェリルちゃん――」





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