第24話 少女の胸中
「なんだ、シェリル? 武器を買いに来たのか?」
「いえ、そういうつもりでは……」
「んじゃあなんだよ。直して欲しいってか? どれ見せてみろ」
「そういうんでもないんですけど」
「はあ? んじゃあなに? 何度も言うようだがあたしは防具はからっきしだから」
「武器も防具も間に合っているので……」
煮え切らない言葉を続けるシェリルに鍛冶師であるルエラは言う。
なんてことのないようにあっさりと。
「ダレンか?」
「えっ!? いや、へっ!? だ、ダレン? ダレンがどうかしましたか?」
図星だと言わんばかりの反応をしてしまうも本人は気づけない。
「べつにダレンがいるかなあとかダレンに会いたいなあとかそういうつもりで来ているわけではまったくないですよ」
「あーそう」
「はい。まあいたら少し話したいなあくらいで、そういう目的で来たわけではなく」
「ダレンなら来たぞ」
「いつですか!?」
食いつくシェリルにルエラは「ぷっ」と噴き出す。
「な、なんで笑っているんですか?」
「いやあ、なにも。お前らって可愛いなあって思ってな」
「からかわないでください。それでいつ来たんですか?」
「怒るな怒るな。……いつだったかな、まあだいぶ前だったけど」
「そうですか」
途端に肩の力が抜け、どっと疲れが押し寄せてきてしまい、シェリルは立ち尽くす。
「遠征だったんだろ?」
「まあ」
「それで帰ってきてすぐ寄ってって……ご苦労なこったな」
「いえ、べつに」
とは言うものの今回もまた難易度の高いクエストだったため、見えない疲労はシェリルの身体に蓄積されていたようで、一気に身体がだるくなる。
それもダレンとすれ違いのように会えなかったのが要因のひとつなのかもしれなかった。
鍛冶屋『ピッツバーグ』はダレンもそうであるが、シェリルも一度お世話になっている。
ただ彼女はかなりの気分屋なのか、こちらの要望とかけ離れた得物を完成させることで有名なのである。シェリルも同様の被害を受け、それ以来頼んでいない。
だからなのか、彼女が営むこの店はあまり繁盛しているとは言い難い。
「ダレン、なにか言っていました?」
「そうだな……なにか言っていたわけじゃないが、確かあいつ女の子とパーティー組んだとか」
「え、女の子とですか?」
「ああ。毎日孕ませているとかなんとか」
「孕ませている!? ど、どどど、どういうことですかそれ!?」
「あれ違ったな。……なにらせているってあたし言ったっけな」
「らせるってなんですか!?」
「またそれか。あたしにそういう類の質問すんな」
「またってなんですか! というか……は、孕ませているってなんですか?」
「間違えたんだ。忘れろ」
どういう間違え方をしたらそんな言葉が出るのか、とシェリルは不安と呆れの感情が同時に込み上げてきた。
(というか、パーティー組んだのって……女の子とだったんだ)
ルエラの発言もやばいものであったし、少しどころかかなり不安が募ってくる。
「気になるか?」
「そりゃあまあ、もとパーティーメンバーですし」
「よくわからないねえ。そんなに気になるのなら追い出さなきゃよかったのに」
「追い出したりなんかしていません」
「だと思った。嫌だねえ、噂ってのは。……ふむ、ダレンはどう言っていたっけな。まあいいか」
シェリルたちのパーティーは有名になってしまったため、嫌でも目立つ。
そのため、メンバー交代などがあったのなら瞬く間に街中に広まってしまうのも無理はない。その過程で、どんな尾ひれがついたとしても不思議ではない。
もちろんそれらをすべて否定したい気持ちはあるが、いちいちそんなこともしていられない。
だから甘んじて受け入れようと決めた。
自分たちがわかっていればいい、と。
「で、話は戻すけれど、ダレンなら心配するな。元気でやっているようだよ」
「そうですか」
ほっと息を吐き、一安心する。
なにはともあれ、元気でやっているというのであればそれだけでいい。
思い詰めてなにか自暴自棄になっているとかなっていたら本当に嫌だった。
(まあ、女の子とパーティーを組んでいるっていうのはなんだか複雑だけど)
ってなにを考えているのだとシェリルは頭を振る。
「まったくやれやれだねえ、本当に」
「はい?」
「んん? いやいやこっちの話さ」
自分の顔になにかついていただろうかとシェリルは自身の顔に触れるが特になにもなかった。時々ルエラはこういうよくわからないことを口走る節がある。なんでもないといつも煙に巻かれるがそう毎度毎度されると気になって仕方ないというのが本音だ。
「あの――」
「ほい」
いきなり物を投げつけられ、シェリルは「えっ!?」と驚きながらもキャッチする。
見るとそれはルエラが作ったらしい武器であることがわかった。
一応、鞘に納められているので危険はなかったが危なっかしいにもほどがある。
「なんですかこれ? 私買いにきたんじゃないんですけ――」
そこでその手に持つそれがなにかに似ていることに気づく。
「これって……ダレンの、ですか?」
「似ているか? 当たっているが、シェリルが思っているやつじゃあない」
冒険者になってからほどなくしてみんなでお金を出し合ってダレンにプレゼントした武器。
彼はずっとそれを使っていた。
どんなに汚れ、切れ味が悪くなり、壊れかけても――ずっと。
それをシェリルが見間違えるはずがなかった。
しかしルエラの口ぶりから察するにこれはダレンが使っていたものではない、らしい。
「もしかして新しくこれを?」
「あたしにしては珍しく私情の入ったもんが出来上がった」
答えを聞き、若干の寂しさがシェリルの心を襲った。
ダレン・ソルビーはもう自分たちとの繋がりを断ったのだ。
ダレン・ソルビーは新たな一歩を踏み出したのだ。
あれほど執着するように愛用していた武器を変えたのだ――そういう意味なのだろう。
(なんだか、私が馬鹿みたい)
あの時、プレゼントした武器をずっと使っていてくれたことが嬉しかった。
「変えなくていいの?」と聞いても「変えない」の一点張りで、最後に「みんなが……シェリルがくれたから」と言ってくれたことがすごく嬉しかった。
それを彼は――新しくした。
「ああ、ひとつ勘違いしているようだから訂正しておくけれど」
呆然と太刀を見つめるシェリルにルエラは言う。
「頼りたくねえんだってよ」
「え?」
「お前たちに頼るのはもうやめたってよ――まあ、男の決断ってやつだ」
「…………」
「決してお前たちとの縁を切るとかそういうんじゃねえから安心しな」
現に、と言ってルエラはシェリルの持つ太刀を指差す。
「それ、めちゃくちゃ似ているだろ。あの男、なんだかんだ言って同じようなもんを注文しやがってよー。だから女々しいんだって……当初はまったくべつの感じにしようと思っていたんだけれど、熱意に負けたっつーか、覚悟に負けたっつーか。ま、あたしにもよくわかんねーけれど、あたしにしては珍しくこんなんなっちまったよ」
華美な装飾など一切されていないシンプルなデザイン。
柄は黒く、刀身も黒い。
好きな色は黒だというからそうお願いして作ってもらった。
「それ、ダレンに渡しといてくれ」
「はい、わかりまし――はい!?」
流れで頷きかけたシェリルだったが、冷静さはまだ残っていたようですんでのところで止まる。
「なんだよ、嫌か?」
「嫌っていうか、なんで私が……?」
「今日から仕事で店を空けることになるからな。あいつに渡せないんだ」
「ええ……、でもいつ会えるかわかりませんし、むしろ私が持っていないほうがいいんじゃないかと」
「あいつがいま住んでいるところ教えるって。いい機会だから会えばいいじゃん」
そう言ってそれ以上の異論を唱えさせるつもりはないらしく、背を向けられる。
(強引な……)
と思うものの、内心ではダレンに会えるいい口実ができたと嬉しく思う自分もいた。
加えて居所が不明だった彼の場所も知ることができる。
これでいつでも会え――
(な、なな、なーにを私は考えているんだろう! 馬鹿みたい!)
熱くなる顔をぱたぱたと手で仰ぐ。
「んで、あいつなんだが――」
「逃げろ!」「冒険者を呼べ!」「早くしろ!」「どけって!」
話の続きをしようとしたところで、外の様子がおかしいことにふたりは気づく。
なにやら騒がしく、ルエラと目を合わせ、ふたりは外に出る。
「なに、どうなっているの……?」
そこには大勢の人が駆け回っている光景が広がっており。
その逃げ惑う先にいたのは。
「モンスターか?」
「いえ、あれは――魔族化したモンスター、です」
街のど真ん中に現れたのは、魔族化した大量のモンスターたちだった。




