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第23話 石碑



「やられたぁぁぁああ…………」


 がくがくと足を震わせ、膝から崩れ落ちる。

 満身創痍の俺は身動きなどもはや取れず、地面に倒れ続ける。

 数秒の間そうして動かずにいた俺だったがもういいだろうと思い、すっくと立ち上がって終わりの旨を告げようとしたが――


「まだだ! みんなかかれえええ!」

「「「おお!」」」

「もう勘弁してくれえええええええええええええええ」


 まだまだ元気満点の子供たちに襲われ、俺は悲鳴にも似た声を上げた。


「俺はいつまでやればいいんだ?」


 眼前に立ちはだかる少年少女たちを見て、本当に疲れ切った表情でそう呟いた。



――――



「お疲れ様です」

「ああ、すみません」


 段差の上でぜえはあぜえはあと、いまにも死にそうな表情で座り込む俺にマースレットさんが水をくれ、そのまま隣に腰をかけた。


「まさかこんなすぐに訪れてもらえるだなんて思っていませんでしたよ」

「あいつらが行きたいって言うんで」


 広い草原を駆け回る子供たちと一緒になって遊ぶジェイミーとペトラをマースレットさんとともに見守るようにして見つめる。

 ここはつい先日も訪れたことのある教会だ。

 俺としては社交辞令的にまた来るとは言ったつもりだったがまさか実現するとは。


「あのふたりは、孤児院出身みたいで」

「そうだったんですか」

「はい。たぶんそれで……懐かしいんじゃないのかと」


 本当に楽しそうにはしゃぐふたりを見て、そう確信する。


 休日を設けたのでどこか行きたいところなどはないかと尋ねたら、また教会に行きたいと言われ特に異論もなかった俺もついてきていた。

 せっかく休みだというのに、逆に疲れてしまった。

 本末転倒である。

 ま、ジェイミーとペトラはいい気分転換になっているみたいなのでいいか。


「あれ、でも大丈夫でした? 授業とかあったりとか」

「いえ大丈夫ですよ。こんなふうにここにいる子以外の人との交流は少ないですから」

「なるほど」


 迷惑ではないということらしい。

 そこだけは確認しておきたかった。なにぶん、約束もなにもしていなかったため、こんな朝早くから行ってもいいものかと不安だったが、そう言ってもらえてよかった。


「フィルムルトから聞きました」

「はい?」


 ちょうど水を飲み終えたタイミングでマースレットさんが言った。


「ダレンさんにはとても迷惑をかけたみたいで……申し訳ございません」

「……いえ、べつに。マースレットさんが謝ることではないですし」

「そんなことはありません。あの子を育てたのも、あの子がああなってしまったのも間接的ではありますが私が関わっていますから」


 責任を感じているマースレットさんは沈痛の面持ちで声を落とす。


「謝って済む問題ではないことも重々承知していますが、どうかフィルムルトのことを許してくださいませんでしょうか? 彼がしたことは許されないことですし、そんな虫のいい話があっていいはずがありません。けれど、彼は――」

「許すもなにも怒ってませんし」

「え……?」


 頓狂な声を上げたマースレットさんに俺は呆れにも似た息を吐く。


「いろいろ俺もあったんで……わからなくもないんです。フィルムルトさんの気持ち」

 だから、と言って俺は笑う。


「あれくらいのこと受け入れるのなんてわけないんです――なんで、もうこの話はやめましょ。俺も俺で辛いんですよ」


 最後のは冗談でもなく、割と本気のお願いだった。

 多くの人と接してきたマースレットさんは俺の表情を見て悟ってくれたのか、小さく笑んで「ありがとうございます」と囁いた。


「では私も少し子供たちに混ざってきますね。ダレンさんはどうします?」

「……やめておきます」

「ですよね。……なんでしたら、中でお休みになってもらっていても構いませんよ?」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 マースレットさんは子供たちの遊びに混ざる。

 さすがは長年子供たちの面倒を見てきた人だ、全然動けている。

 俺にはちょっと無理だ。

 微笑ましい光景を見ているのもいいが、ここにいると面倒な子供に見つかってまた戦おうとかなんとか言われかねないので俺は逃げるようにして教会の中に入った。

 以前にも入ったことのある講堂だ。


「便所どこにあるんだろ」


 きょろきょろと見渡し、まだ開けたことのない扉があった。


「失礼しまーす」


 恐る恐る入ってみると、そこには小さな空間があった。

 飾り等は一切なく、ぽつりとそこには大きな石があるのみだ。

 石、じゃない――石碑、だ。


 嫌な昔の思い出が蘇る。

 無慈悲な現実を突きつけられた、あの日を思い出す。


 あの日、あの場所で、俺は初めての絶望を知った。


「吹っ切れたっつの」


 かぶりを振り、俺は石碑の前に屈んだ。

 それからゆっくりと目を瞑り、手を合わせる。


「…………」


 どれくらいそうしていただろうか。

 目を開け、俺は現実に戻ってくる。


「だよな」


 そこにはなにも記されていなかった。

 当たり前である。

 なにを期待していたのだろう。

 なにを望んでいたのだろう。

 馬鹿馬鹿しいにもほどがある――恩恵は先天的なものであって、なにかがあって後天的に授かるものではない。そんなもの常識、である。

 常識、なんだよ。


 己を嘲るように鼻を鳴らし、立ち上がる。


「さて、便所に行ったらもういっちょガキどもと遊ぶか」







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