第21話 クエスト失敗
「無事でよかった」
魔族化したモルティガーと遭遇したこと、そしてそのまま逃げてきたことをパトリエさんに報告したら、そう安堵の表情とともに言われた。
ジェイミーの怪我のことも話しており、ギルドの休憩所で休んでいる彼女らのことを一瞥し、俺に向き直る。
「ありがとう。やっぱりダレンくんと一緒にふたりをいさせてよかった」
「いや、でも、怖い思いをさせてしまったのは俺のせいですし」
「なに言ってんの。彼女たちふたりだけだったらきっと帰ってはこれなかったと思う」
元気に、仲良さげに、いつものように談笑するジェイミーとペトラ。
帰ってこれなかったらきっとこの光景も見ることはできなかった。
そう、考えることはできるけれど。
やっぱり、と思う自分もいてしまう。
「ダレンくん、あまり自分を責めないで。私は賢明な判断だったと思う」
「ですかね」
「謝られたり、お礼もたくさん言われたんでしょ?」
「……まあ」
あのあと、身体の回復したジェイミーからそれはもうたくさん。
邪魔してごめんなさいとか、私のせいで失敗させちゃってごめんなさいとか。
謝られるほうが多かった、気がする。
なんだかそっちのほうがすごく記憶に残ってしまっている。
「じゃあもう気にしないこと! ほらほら明るく明るく!」
暗い表情となっていた俺の頬をパトリエさんが指先で無理やり口角を上げさせてくる。
「わ、わかりましたから。それ、やめてください!」
なんとかパトリエさんの手から脱し、俺は自分で笑みを作る。
おそらくはそのぎこちなさを感じ取られてしまっていることだろうけど、パトリエさんはそれ以上はなにをするわけでもなく、ふっと息を吐いた。
「でも、まさかそんな低級クエストに魔族化したモンスターが出てくるなんて……。ごめんね、こっちで確認取れていなくて」
「異常事態でしたし、ギルドの責任じゃあありませんよ」
「それはそうなんだけど……」
自分のせいで担当冒険者を危険な目に遭わせてしまったことに対して責任を感じているのだろう、パトリエさんは目を伏せた。
自分を責めるなと言っているというのに、自分はどうなのかと言いたい。
らしいっちゃらしいんだけど。
「ほんとにここのところ、魔族化したモンスターが多いっすね」
「魔族が力を強めていっているということは、魔王の復活が近いのかもしれないし、もう魔王はこの世界にいるのかもしれない……そこのところは王国騎士団が調査してくれているようだけど、いまのところはなんの報告も受けていなくて」
魔族。
魔族化したモンスター。
その言葉に俺はつい数日前に、衝撃的なことを聞いていたのを思い出す。
「あの、パトリエさんはジェイミーとペトラのことどのくらい知っていますか?」
「ジェイミーとペトラ?」
「はい。ふたりはその……アトランタの出身だって聞いて」
「ああ、そういうことね」
俺がなにを言いたいのかわかったようだが、パトリエさんは難しい表情をする。
「でもごめん。あまり冒険者の個人情報は言っちゃいけない決まりでね」
「まあそうっすよね」
「けど、あのふたりのことだからあまりダレンくんに隠し事をすることはないと思うから、私の知っている情報はきっとダレンくんも知っていると思う」
「ですよね」
べつに俺はこそこそとふたりのことを調べたいわけではないのでそこのところはどうでもよかった。
「あの、パトリエさんは……あのふたりのお姉ちゃんって知っていますか?」
「そういえば、そういう存在がいるっていうのは聞いていたけど」
「じゃあその人が魔族側にいるかもしれないってのは?」
「え?」
初耳だったらしく、その声は思いのほか大きなものになってしまい、パトリエさんは口元を押さえる。
「どういうこと?」
手を添えて、周りに聞こえないように俺に顔を近づけて続きを促す。
「いや俺もよくわかっていないんですけど、一緒に暮らしていたセシィ・セシャンという、ふたりにとってのお姉ちゃんっすね、その人がアトランタを襲ったモンスター側にいたのを見たらしいんです」
「なに、それ……どういうこと?」
「だからあいつらはお姉ちゃんを悪い奴らから助け出すんだって躍起になっているらしくて」
「なるほど、あれはそういう」
あれほどまでに早く強い敵と戦いたいと望むふたりの行動の意図を知り、パトリエさんはやや呆れ気味に笑う。
「あの子たちらしいと言えばらしいんだけど」
「はは」
俺たちが見つめているとジェイミーとペトラがこちらに気づく。
大きく手を振られたのでパトリエさんは小さく手を振り返していた。
「でもそれじゃあ、ジェイミーたちのお姉さんって魔族ってこと?」
「わからないです。人質を取られていたり、脅されていたりっていう可能性もあります」
「そうよね。ふたりの話では、すごくいい人だって印象でしかない」
「はい。そこでパトリエさんに頼みたいことがあって」
「うん、なに?」
「アトランタで亡くなった人の中にセシィ・セシャンがいるかどうかを確認してもらいたいです」
「……なかなかの頼みごとね」
パトリエさんは苦い顔を作る。
こんなこと一都市の一ギルド職員の管轄内にあるわけがなく、面倒な手続きも踏まなければいけないだろう。場合によっては手にすることすらできないかもしれない。けど、俺じゃあどうやってそれを確認できるのかすらわからないため、パトリエさんに頼るしかなかった。
「やっぱ難しいですよね」
「ううん、大丈夫。私も気になるし、なによりもふたりのためでもあるもの」
疲れを一切見せない晴れやかな表情で言われる。
忙しいというのに、こんな面倒事を引き受けてくれる、本当にいい人である。
「ありがとうございます。今度、なにかご馳走しますよ」
と、俺はその発言がただのデートの誘いの常套句であることを遅まきながらに気づく。
なにを俺はさらっとそんなことを口走ってしまったのだろうか。
いやなにも邪な気持ちがあってそういった発言をしたわけではない。
ただ本当に、お礼にと思っただけだ。いつもパトリエさんにはお世話になっているし、そういったものを込みで美味しいものでも食べてもらいたかったってだけだ。
「約束だよ!」
「ち、違うんですよ。俺はその、休みの日にパトリエさんと出掛けたいなんて――ん?」
「ん? ご馳走、してくれるんでしょ?」
「え、いや、そりゃあ……えっと、はい。……え、いいんですか?」
「なんで疑問形なの?」
「なんででしょう」
「ま、いいや。じゃあ、約束だからね」
小さくウインクをされる。
冒険者の中でも一番人気の(俺調べ)パトリエさんと一緒にご飯に行く約束をしてしまった。
ものすごーく嬉しい。
ものすっごーく嬉しいんだけど。
忘れられない人もいるわけで。
「お願いします」
と気持ちを落ち着かせてからそう言った。
――――
「ダレン、パトリエとなに話していたの?」
「ん、ああ、異常事態だったから報告が長引いただけだ。待たせて悪かったな」
「ふうん、でもなんか顔赤い」
「え!?」
指摘され、俺は自分の顔を触る。
おいおい俺ってそんなに顔に出るタイプだったのか? いやそもそもなぜに顔が赤くなっているんだよ。まったくパトリエさんは俺の担当なだけだっつの。
「き、気のせいだから。それで、ジェイミー、怪我はもう大丈夫なのか?」
「うん。もう全然!」
元気なことをアピールするように力こぶを作って見せてくる。
ふむ、まあまったくこぶは作れていないけど、それくらい元気だってことだろう。
よかった。
「今日はごめんなさい。また明日から頑張るね!」
「だからジェイミーのせいじゃないって」
散々謝られ、同じやり取りを何度したことか。
隣にいるペトラも自分はどうしたらいいのかわからない様子でいるし。
「明日といえば、提案なんだけど、明日は休みにしないか?」
「どうして?」
「パーティー組んでから毎日クエスト続きで疲れただろうから、休暇だよ」
「大丈夫だよ。私はもう平気だし、ね、ペトラ」
「うん、ジェイミーが大丈夫なら」
自分の身体を気遣われたと思ったのだろう、ジェイミーはなんともないというふうに再び身体を動かして見せる。
「わかっているよ。そうじゃなくて、時には休まないとって話だ。強くなりたいってのはわかるけど、疲れた状態で戦ってもしものことがあったら元も子もない。今回のことがなくたって俺は一度休日を作ろうと思っていたんだ」
「そうなの? うーん、わかった」
また駄々をこねられるかとも思ったが、存外ジェイミーはあっさりと受け入れてくれた。
なんだか、あの件以来、素直にこちらの言うことを聞いてくれるようになった気がする。なにかあったのだろうか。わからないな。
「ペトラもいいか?」
「はい、大丈夫です」
「うし」
そうして今日のところは、俺たちが寝泊まりしている『クリープハウス』へと戻った。




