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第20話 強襲



 強くなる、とは言ってもなにか特別な裏技があるわけではない。

 むしろそんなものがあったら教えて欲しいものだ。

 なので俺たちは変わらずクエストをこなしていく。


「もうっ! ずるい! 速い! 当たらない!」


 虎型のモンスター、モルティガー。

 四足歩行の獣は、俊敏な動きで華麗に攻撃を躱す。

 思うように自分の攻撃が当たらないジェイミーはイライラするように叫んでいる。


「【ファイア】」

「ペトラ熱い!」

「ごめん! 【ウォーター】」

「ペトラ冷たい!」

「あ、ごめん……。【サンダー】」

「ペトラ痺れる!」

「あう……ごめん、速くって……」


 デジャヴか?

 どっかで見た光景だった。

 敵が変わったからか、相手の速い動きにまったくついていけていなかった。

 ゴブリンと並んで初心者向けのモンスターの部類でもあるモルティガーだが、初見だとやはりまだまだこのふたりでは倒すことは難しいようだ。こんな相手慣れだ。ゴブリンとかを相手にしていたためその動きがやけに速く見えてしまっているのだろう。


「しっかり動きを見ればついていける。落ち着いていけ」

「うん」「はい」


 俺のアドバイスを受け、ふたりから焦りの表情は消え、ぐっと目を見開く。


 集中して、相手の動きを見ている。

 モルティガーも相手がなにもしてこなくなったことを不審に思い、動きが微妙に遅くなる。


「たあっ!」


 一瞬の隙。

 臨戦態勢を解いていなかったジェイミーは声を上げて剣を振るう。

 反応が遅れたモルティガーの体を鮮血が舞った。

 小さな呻き声とともに、距離を取ろうと痛みに耐えながら後退しようとしたが、それを由とさせなかったのはペトラだった。彼女は火系魔法を放ち、着地点をずらした。


「ていっ!」


 近接攻撃からの遠距離攻撃にやられたモルティガーはさらなる追撃に逃げられなかった。

 すでに最初の一撃で動きを制御していたというのもあるのだろうが、見事な連携攻撃に完璧にやられたモルティガーはジェイミーの刺突を左半身に受ける。

 逃れることはおろか、身動きすらできなくなったモルティガーは地面に叩きつけられものの数秒で絶命した。


「えっ!? やった!? わーい! 倒せたああ!」

「ジェイミーすごい」

「えへへ、ペトラの魔法のおかげ」


 勝利を称え合うジェイミーとペトラに俺は言う。


「いいぞ。ふたりとも、あとは体の一部をはぎ取るだけだ」

「「はーい」」


 いそいそと作業に移るふたりを見て、俺も身体を動かす。


「残り一体は俺が倒してくる。ふたりはここで待っててくれ」

「ひとりで行くの?」

「心配するな。そこまで強い相手でもないし、ふたりに二体倒してもらってて俺だけなにもしないってのもな。それに見ているだけじゃあ身体がなまる」

「わかった。待っている」

「気をつけていってください」


 ふたりに見送られて俺は草木をかき分けて捜索を開始する。

 とはいえ、さっき二体と戦っていた際にもう一体の姿を確認済みだ。


「確か、こっち方面に行っていたような」


 武器を片手にゆっくりと進んでいく。

 先ほども見てわかるとおり、動きは速い相手ではあるが耐久性はまったくない。

 動きを見切って攻撃さえ当ててしまえばそれで終いだ。

 と、モルティガーを分析していた矢先、目標が数メートル先でのっそのっそと歩いていた。

 まだこちらには気づいていないようだ。ならば奇襲作戦と行こうか。

 これが決まればすぐに終わってしまいかねないが、まあいいだろう。

 早く戻ってAランク冒険者としての貫録をふたりに見せつけよう。


「――――っ」


 しかしそんなふうに余裕をこいていた俺の足が止まった。

 なにも奇襲するために動きを観察しようと止まったわけではない。

 ごくり、と唾を飲む。


『グウウ……』


 角があった。

 虎の獣の頭には、生えているはずのない――角が生えていた。

 それがなにを示しているのか、わからないはずがなかった。


 ――魔族化かよ。


 異常事態イレギュラーの発生に俺は冷や汗をかく。

 ここ最近、魔族化したモンスターが現れてはいたものの、『アリゾナの森』なんつー、比較的優しいモンスターしかいないところに出現するなんてな。

 こりゃあいよいよソロとかでやっている冒険者は危険になってくるかもしれないな。


『ッ――――』


 ふたりのもとへと戻ろうかと考えていた俺とモルティガーの視線が合ってしまう。

 見つかってしまえば戦うことは必至。


「やるしかねえな」


 幸い、モルティガーの難易度は3。二段階上がったところで5になるだけだ。

 そこまでの脅威、というわけではない。

 少しばかり強くなっただけ、レッドジャイアントを命からがらではあったものの倒した男だぜ? そんな今更モルティガーごときに負ける俺じゃねえ。

 そう、自分に自信をつけるように心の中で言い聞かせる。

 結局、遅かれ早かれ倒さなければならない対象だ。


「俺がやるしかねえだろ!」


 ぐっと力を入れて剣を振るった。

 しかし、先手必勝とばかりに放たれた攻撃はモルティガーの自慢の足により回避された。


「あー、くそ、速え」


 魔族化したせいか、先ほどのものとか比べものにならないくらい速かった。

 能力や力が飛躍的に上昇するという、魔族化。

 それは単純に難易度が二つ上がる、というわけでもないのが恐ろしいところだ。

 だからこそ、異常事態イレギュラーとして報告しなければならない。


「ぐっ――」


 悪態をついていた俺の背中に重くのしかかってきた一撃。

 攻撃力も増しているらしい、背中の痛みが尋常ではない。


「難易度が5に上がっただって……嘘つけよ、レッドジャイアント並みの力じゃねえか」


 いろいろ言いたいことはあるが、まあここら辺のことは差異があって仕方ないことだろう。

 統計的に難易度2程度上がるとはいっても、それがすべてに当てはまるわけでもない。


「今回ばかりは当てはまって欲しかったけど」


 速さについていけず、俺はやられるだけでやり返せない。

 最後の一体、こいつを相手にしているのが俺でよかった。

 さすがにふたりには難易度高すぎる相手だ。


「俺にも高いけど」


 対峙しながらもその四本の足を注意深く見つめる。

 少しでも動けばそれによってどの方向から来るのかの予想がつく。

 そこをうまく躱してカウンターを仕掛けるしかない。

 少々のギャンブルっぽくなってしまうのは致し方ないが、これしかない。

 作戦とか練るのは正直そこまで上手とは言えないのだ。


「――そこだ」


 動いた瞬間に俺も剣を突き立てた。

 果たしてその運要素の強い作戦の結果は――


「なるほど、耐久に難ありなのは……変わっていないようだな?」


 血が俺の頬に飛び散っていた。

 手応えは充分。体に突き刺さった剣に苦痛の息を吐き出していた。

 そのまま決着をつけようと俺はモルティガーを蹴り上げる。

 だがそのせいで身動きが取れるようになったモルティガーは空中で一回転して石の上に着地し、こちらを睨んで牽制する。


「あー、まだそんなに動けんのかよ」


 どうやら多少の耐久力はついていたらしい。

 見誤った。かなりえぐい具合にダメージを与えていたつもりだったけど。


「けど、さっきまでの動きはさすがに無理なんだろ」


 時間稼ぎで睨んで強気にいるようだが、おそらく体を休めているだけだろう。

 ここで睨み合っていてもあちらの思う壺だ、だったらこちらから仕掛けるしかあるまい。


「ダレーン」


 俺の足とモルティガーの足、どちらが先に動いたか、言うまでもない。


「きゃ――」

「ジェイミー!」


 スピードに乗った突進が少女の矮躯に襲い掛かった。

 ごろごろと緑の地面を転がり続け、ずどんと大きな音を立てて木にぶつかる。


「ジェイミー!?」


 遅れて到着したペトラがそのジェイミーの姿を見て、駆け寄る。

「しっかりして」と呼びかけるペトラにジェイミーを任せ、俺はモルティガーに向かった。


「野郎」


 しかし、モルティガーは俺を無視し、弱い少女たちへと標的を変える。

 魔族化したら知能もつくのか、ただ目の前の相手ではなく、どうしたら勝てるのかを考えての行動をしてきた。さっきの俺の反応は動きを見て、こいつはこっちを狙ったほうがいいと思ったのだ。


「倒せる、と思う……けど」


 状態的に見るとモルティガーのほうが不利だ。

 なんとかあと一、二回攻撃を当てれば簡単に仕留めることができる。

 けど、本当に確実に勝てる保障があるわけじゃあない。


「ペトラ、背中に掴まれ」


 倒れているジェイミーを抱え、ペトラに背中を見せる。


「え、あの」

「いいから早く」

「はい!」


 背中に乗っけ、ふたりを前後に抱えながら俺は走った。

 走って走って走りまくった。

 あいつが近づけないくらい遠くに行き、すぐにポーションを飲ませなければならない。

 幸いなことに、途中、ジェイミーの意識が戻った。

 一安心したが、油断はできず、俺たちはジェイミーの回復を待ってからすぐにギルドに戻った。


 クエストは失敗した。





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