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第2話 受付嬢



 ロイヤルズ王国の北東に位置するトロントは、人口三万人ほどが住まう大きい都市だ。

 国境近くに位置することから、物資や人員の出入りが激しい。

 またどんな人でも受け入れることから、気性の荒いやつだったりも多く、そういった意味で賑わっているというか、騒がしいというのが俺が住んでいての印象だ。

 というのもまあ、冒険者ギルドがあるというのも相まっているのかもしれない。


 都市の中心にある他の建物よりも頭ひとつでかい立派なのが冒険者ギルド。

 剣だか槍だか杖だか知らないが、そのような武器が交差したような紋章が掲げられている。

 慣れた扉をくぐり、建物の内部へ入る。

 大規模都市のギルドだけあって中はかなり広い。

 一階は飲食を提供しているスペースとなっていて、机や椅子なども並べられている。ギルドが提供していることもあって、相場は安い。俺も冒険者なりたての頃などはよくお世話になった。

 武器や防具をつけた冒険者たちの横をとおりながら、奥へと進む。


「こんにちは、ダレンくん」


 受付のところにつくと、すぐにこちらに気づいてくれた職員が声をかけてくれる。

 すっととおった鼻筋に翡翠色の瞳が柔らかな微笑とともに迎えてくれる。

 ギルドの受付嬢は美人の人が多いが、この人は中でも別格だ。

 顔はもちろんのこと、ギルドの制服を無理矢理着込んだかのような主張の強い胸が多くの冒険者を虜にしている所以だろう。しかも性格もよく、なによりも熱心に担当ひとりひとりのことを考えてくれているからとても人気のある人だ。


「パトリエさん。クエスト達成報告に来ました」


 パトリエ・オーリンさん。

 俺より三つ年上のお姉さんで、運のいいことに俺の担当の受付嬢さんだ。

 冒険者になってからずっとパトリエさんにはお世話になっていて、その頃からくんづけで呼ばれていて、いまでもずっと呼ばれてしまっている。……一七にもなって、くんづけはあんまりして欲しくないんだけどなあ。


「ブルーファングの牙を三つだったね」

「はい。これです」


 そう言って俺は小袋型の魔導具『アイテムボックス』から依頼内容の品を取り出して、目の前のテーブルに置く。


「はい、確かに受け取りました」


 依頼の品を確認したパトリエさんはなにやら書類を書き出し、印を押していた。

 それからブルーファングの牙を奥のほうへと持っていく。


「ちょっと待っててね。一応、こっちで確認するから」

「はい」


 専門家に見せて、それが本物かどうか一応確認するのだ。

 模造品とかを持ってきて、クエスト達成報告に来る人も稀にいるとかで前に比べて手続きが面倒になったのだ。


「私、少し空いているから待っている間、話せない?」

「え、ああ、大丈夫ですけど」

「よかった。ついてきて」


 言われて断る理由もなかったため、二つ返事で了承し、案内されるがまま後ろについていく。案内されたのはロビーに設けられた小さな一室。簡素な作りで、テーブルを挟んで対面に座る。


「ダレンくん」

「はい」


 座って早々、パトリエさんは切り出す。


「どうしてアンセムくんのとこのパーティー抜けたの?」


 ずっと気になっていたのだろう。

 これまで一緒に戦ってきた仲間たちとの別れになにかあったのかと心配して話の場を設けてくれたようだ。


「……まあ、これと言って理由はないんですけど」


 言いづらそうに首筋を揉む俺にパトリエさんはじっと見つめてくる。

 それが嘘であるということがお見通しだとでも言いたげだ。

 ……やっぱり敵わないな。


「ついていけなくなったんです」


 観念したように俺は言う。


「あいつらに迷惑をかけてしまうくらいに差が開いちゃったんです」


 開き直ったように明るく言った。


 当然のことながら、パトリエさんは俺のことを知っている。

 恩恵を授かっていないこと、それでも冒険者としてやってきたこと、そしてトロント一のパーティーと呼ばれるほどに成長したアンセムたちとの力の差を感じていたこと。

 それでもなんとか食らいついていたこと。


「迷惑なんて彼らが思うわけないでしょ」

「……かもしれませんね」

「だったらなにも抜けなくても――」

「けど、他でもない俺が無理だったんです」


 あいつらはなにも悪くない。

 すべては俺が悪いのだということをパトリエさんに伝える。


「耐えられなかった。……あいつらに迷惑をかける自分が、あいつらのお荷物になっている自分が。そしてなによりもあいつらに置いて行かれる自分に……」


 吐露された俺の言葉にパトリエさんは胸を痛めたかのように唇を噛んだ。


「大した理由じゃなくてすいません」

「ダレンくんが謝ることじゃないよ。私のほうこそ、ごめんね。こんなこと聞いて」

「いえ、報告した時にちゃんと説明しなかった俺が悪いんですから」


 パトリエさんに責任を感じて欲しくなく、俺は吹っ切れたことを示すように笑う。

 きっとパトリエさんには見透かされていただろうけれど、彼女はそのことに言及することなく、今後のことについて話し始める。


「今日もそうだったけど、ソロで行くつもりなの?」

「ですね。あいつらとばっかやってたから他の冒険者と組むとか考えられなくて」

「でもソロなんて危険だし」

「一応俺もAランクの冒険者ですよ?」


 えっへんと胸を張る。

 冒険者のランクはSからFまであると同時に受けられるクエストもそれに見合ったものになってくる。たとえばクエスト難易度1と2はFランクで、ふたつずつ上がっていくような形。Aランクは上から二番目なのでほぼなんでも受けられることになる。とはいえ、これはアンセムたちと一緒に戦ってきたからなっただけで、俺自身にそれほどの実力があるかと問われたらすぐに頷くことはできない。

 トロントの冒険者ギルドでは実績が重視されていて、クエストをこなしていってランクを上げていく。約五年ほどで俺はFからAに上がったので相当早いのだが、ほとんどが協力して達成していった依頼ばかり。

 そのことはパトリエさんもわかっているからか、ソロでの活動に難色を示す。

 そもそもソロで冒険者をやっている者など相当な実力者か、まだ仲間のいない初心者くらい。どう考えてもリスクが大きい単独でのクエストなどだれもやらないのだ。


「ダレンくんならすぐに他のパーティーから声がかかると思――あっ、そうだった」


 なにかを思い出したのか、パトリエさんはすぐに戻るからと言って席を立った。

 宣言どおり、一分もしないうちに戻ってきたパトリエさんの手には一枚の紙があった。


「フィルムルトさんっていう冒険者知っている?」


 首を振る。


「彼がリーダーを務めるパーティーからダレンくんへ加入の誘いが来ているの」

「俺に?」

「うん。ほら、ダレンくんたちってトロントじゃあ知らない人はいないから、パーティーの事情とかいろいろ噂が流れるのが早くて」

「ああ、だから俺が抜けたのを知って」


 言葉を引き継ぐ。

 なるほどな。確かに俺たちはトロントじゃあ有名な冒険者パーティーだった。若手の中だとぶっちぎりの依頼達成率だし、五年という短い間でのAランク昇格という快進撃は異例で、かなり注目されている。そのため、俺たちに関する情報の伝達も早いらしい。


「そ。早速お誘いの声があってね、今後の予定が決まってないなら、私は彼らとやっていってくれたらなって思っているんだけど、どうかな?」


 資料にはフィルムルトたちのパーティーメンバーのことが書かれている。

 さすがに細かい彼らの情報は載っていないが、ある程度のことはわかった。

 ほとんどがBランクの冒険者で、リーダーのフィルムルトに至っては三十間近というベテランの域にまで達するくらいの人のようだ。五人からなるパーティーで、バランスも悪くない。


「俺なんかが入ったところでなんのメリットもなさそうだけどな」

「ダレンくん。さっききみは、自信満々にAランク冒険者だって言ってなかった?」

「うっ……」


 痛いところを突かれる。

 あれはソロでやるための説得材料だったのに、逆に使われてしまった。


「一度彼らとクエストやってみない?」

「うーん……」

「私の同僚の子がフィルムルトさんの担当しているんだけど、すごくいい人だって言っているからさ。ね?」


 こうもパトリエさんが勧めてくるのは俺を心配してのことだろう。

 どんなクエストであってもひとりじゃ危険だし、最近だと魔族化したモンスターも出てきている。あれらを単騎で相手にするのは正直、難しい。

 しばらくは自分の力でなんとかクエストをこなして生活していこうと思っていたけど。


「わかりました」


 パトリエさんの熱意に折れる形でそう言っていた。

 あまりパトリエさんに心配はかけたくなかったし、なによりもシェリルたちに俺は元気でやっているのだという姿を早く見せるためにもこれが一番だと判断した。


「よかった! じゃあこのことを私伝手で伝えておくね。あ、それと今回のクエストの報酬を渡さなくちゃね。もう終わったと思うから、いこっか」


 心底安心したように言う冒険者想いの過保護なパトリエさんと接し、少しだけ元気をもらった。





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