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第19話 懐かしい温もり



「落ち着いた?」


 路地裏から移動してきて、広場のベンチで座ること数十分。

 助けてくれた少女から背中をさすられ続け、ようやくジェイミーが泣き止んだところで声をかけられる。


「……ありがとう、ございます」


 すでに時刻は午後六時を回っており、『魔石灯』で外が照らされ始めていた。

 話によるとこの地区は治安が悪く、吹き溜まりのような場所であるという。そのため、先ほどのような行為をする人は珍しくなく、彼女は仕事帰りに依頼主に会うためにここに来ていたらしい。

 仲間と一緒にいたというが、すでに帰ったとのこと。


「いいのよ。それよりも怪我とかしてなくてよかった」

「うん、それは大丈夫だった」


 改めてその人を見てみると、綺麗な人だな、と率直にジェイミーは思った。

 薄い柳眉はその端正な顔立ちを形作っている出発地点のようで、薄闇が凝縮されたかのような瞳の中には星が輝いているかのように光り輝いている。冒険者だということを感じさせないその白い肌に瑞々しい唇が彩をつけている。

 手入れされた長い黒髪に、ジェイミーにはないその女性特有の膨らみ。

 そしてこの美しい少女からは想像つかないほどの強さ。

 なにからなにまでジェイミーの理想とするそれであり。

 まるで――お姉ちゃんと慕っていたあの人のように思えた。


「うん? どうかした?」

「う、ううん! 私の知っている人に似ていて……綺麗、だったから」

「……あ、ありがと。そんなこと言われたの初めてかも」


 素直な感想を述べたジェイミーだったが、少女はあまりそういったことに言われ慣れていないらしい。


「そうなの?」

「まあ冒険者やっているからかな……、さっきみたいに怖がられることもあって」


 自虐的に笑う。


「でも嬉しい。ちょっと前まではそういうのとか気にしなかったんだけど、最近はいろいろ思うところがあって女の子らしく肌とかおしゃれとかに時間を取るようになってね。その効果があったみたいで、よかった」

「好きな人がいるの?」

「ど、どど、どうしてっ!?」


 急にテンパりだす相手にジェイミーは不思議に思いながらも気にせず言う。


「私のお姉ちゃんがそうだったから」

「あ、なるほど、へえ、お姉ちゃんが」

「違った?」

「ち、違う……くもないかな。うん、まあ、似たようなもの、です、はい」


 なぜか最後のほうは敬語になっていた。

 心なしか恥ずかしそうにしていた。


「で、でもさ! どうしてあんなところにひとりでいたの?」

「……それは」

「ごめん。言いたくなかったら無理しなくていいから。えっと、どうしよっかな」

「友達にひどいこと言っちゃって」


 なにか話題を提供しようと必死になって頭をこねくり回す彼女にジェイミーは言った。


「ううん、家族……にひどいこと言っちゃって、それにお世話になっている人にまで八つ当たりするように関係ないからって突き放しちゃって」


 悔やむように。

 自分勝手ではあるけれど、自分の行動を後悔するように。

 自分の非を認める。


「ふたりに合わせる顔がなくて、それでどうしようって歩いていたらこんなところに来ちゃってた」


 どうしてそんなふうに語っていたのかはわからない。

 聞かれたから。

 助けられたから。

 きっとそんなことではないのだとジェイミーは思う。


「私、ついこの間冒険者になったの。お姉ちゃんがいたんだけど、事情があったのかわからんないんだけどお姉ちゃん……悪い奴らのところに行っちゃって。そのお姉ちゃんを取り戻すためにペトラって子と一緒に強くなろうと冒険者になった」


 説明するのは苦手で、それが上手く伝わっているのか自信はなかったが、隣に座る少女は優しい表情のまま耳を傾けてくれ、時折相槌を打ってくれる。

 だから、拙いながらも続けて話した。


「早く強くなって、お姉ちゃんを取り戻したかった。それは私もペトラも一緒……なのに、ペトラは全然焦ってなくて、すごく苛立っちゃって。ひどいこと言っちゃった」


 あの時の光景を思い出し、ジェイミーは自己嫌悪に陥る。


「優しくしてくれた人にも同じように当たっちゃって、突き放した」


 なにも知らないダレンを。

 歩み寄ろうとしてくれていた人を。

 ただただ感情のままに突っぱねた。


「…………っ」


 自分で自分が嫌になり、再び瞳が濡れた――その時だった。


「苦しかったね」


 ふんわりと。

 優しい声音で鼓膜を撫でられ、ジェイミーの身体が包み込まれた。

 言うまでもなくそれは隣に座って話を聞いてくれていた少女だった。


「ひとりで抱え込んで、辛かったね。ひとりで寂しかったでしょ?」

「うう……」

「よく頑張ったね。でも大丈夫、お姉さんが全部受け止めてあげるから」

「……うう…………っ」


 苦しかった。

 辛かった。

 寂しかった。


 けれど、なぜだかその気持ちは和らいでいく。


(お姉ちゃん――)


 ジェイミーの姉であるセシィがいつもしてくれていたこと。

 嫌なことがあったり、苦しいことがあったりしたらいつもしてくれていたこと。

 すると不思議なことにそんな気持ちは消えてなくなる。


 人の温もりに触れて。

 人の温かみに触れて。


 冷たい感情が温かくなり。

 どんよりとした気持ちがすっきりとなる。


 黒が白に。

 寒色が暖色に。


「わかってたの……、ペトラがお姉ちゃんのことどうでもよくなんかなってないことくらい。……それにペトラやみんなが言っているのが正しいことも知ってた。でも、お姉ちゃんのこと考えたら、弱い自分が嫌で、強くもなんともない自分が大嫌いで……そんな自分が嫌で嫌でたまらなくって、自分勝手に気持ちを吐き出して、言いたい放題言って、みんなを傷つけた」


「わかるよ」


 思うがままに吐露したジェイミーの耳元で一言囁かれた。


「……え?」


 掠れた声でそう返すと、抱きしめられていた身体が離れ、正面から互いに見つめ合う。


「私もさ、弱かったんだ。心も身体も……なにもかも弱かった」

「弱かった?」

「うん。冒険者になる前……ジェイミーちゃんよりも少しだけ小さい頃かな――ううん、ジェイミーちゃんと同い年くらいの時も弱かった」


 その姿からは想像もつかないことを言われ、ジェイミーは固まってしまう。

 あんなにも格好よくって。

 あんなにも圧倒していた。

 そんな人が――弱かった?


「子供の頃にね、ある人に救われて……それ以来、その人に並び立つために頑張った。その人はすっごく強かったから、守られてばっかじゃあ嫌だったから。頑張った。とにかく頑張った。そりゃあもう大変だったし、時間もかかった。そして――私のいまがある」


 納得するには十分すぎた。

 努力の賜物。

 努力の結晶。

 努力の結果。

 それが――この人の強さ。


「強くなるのには近道なんかない。でも強くなるには時間をかければいいってものでもない」

「じゃあなにが?」

「強くなりたいと思う気持ち」


 とん、と彼女は自身の胸に触れた。


 強くなりたい――気持ち。

 それが努力をする理由であり、それが結果を生む大切なものであると。

 ジェイミーなりに解釈した。


「ジェイミーちゃんのその気持ちは十分伝わっているよ。だからきっと強くなる、私が保証してあげる」


 心強いことを言われ、ジェイミーは嬉しくて思わず彼女に抱き着いた。


「私、強くなれる?」

「なれるよ。その気持ちを忘れなければ」

「お姉ちゃんを助けられるかな?」

「事情はわからないけど、その気持ちをぶつければきっと大丈夫」

 でもその前に、と言われ再び身体を離される。


「すること、あるでしょ?」


 言われ、それがなにを示しているのかわからないわけがなかった。


「大丈夫よ。ジェイミーちゃんのお姉ちゃんを思う気持ちや強くなりたい気持ちは、たった数時間会っただけの私でも伝わっているもの。ペトラちゃんたちもわかっていると思うから」


 背中を押すように。

 一歩踏み出せないジェイミーに勇気をくれる。


「お姉ちゃんと同じくらい大切な人たちなんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、頑張りなさい」

「うん。頑張る」

「よし。なんなら私もついていってあげようか?」

「大丈夫。ひとりで頑張ってみる」

「わかった。それじゃあしばらくここにいるから、だめそうだったら戻ってきていいよ」

「ありがと……えっと」


 名前を聞き忘れていたことに今更になって気づく。


「シェリル」


 困惑していたジェイミーに少女――シェリルは、自身の名を言った。


「ありがと、シェリルお姉さん!」


 破顔し、大きく手を振って、ジェイミーはギルドへと向かった。



☆☆☆☆



 時間も時間だし、早めに行かないと物騒だ。

 そう思い、俺がペトラをギルドに残してジェイミーを探しに行こうとした時であった。


「ジェイミー?」


 と、ペトラが目を凝らして言う。


 ギルドの入口にいた俺とペトラのほうに歩いてきていたのは――なんとジェイミーだった。

 下を向き、ぶつぶつとなにかを呟いているようでこちらのことに気づいていないらしい。


「ジェイミー!」


 もう一度叫び、ペトラは一目散に駆け出していく。


「ん、あれ、ペト――ラぶうう!?」

「ジェイミー、ジェイミー、ジェイミー」


 名前を連呼し、ジェイミーに抱き着くペトラ。


「ちょ、ちょ、ペトラ?」

「よかったぁ。無事だった。ジェイミー……よかったぁああ」


 無事だったことに安堵したのか、抱き着いて離れない。


「ごめんね、ごめんね、ジェイミー」

「な、なんでペトラが謝るの!? 私のほうが悪いもん。ごめんね」

「だって、だってぇ……早くお姉ちゃんを助けなきゃなのはわかっているし」

「違うよ。そりゃあ早く助けなきゃだけど、でも、焦ってもだめだし、それにペトラがお姉ちゃんのことどうでもいいなんて考えるわけないのもわかってたし。ひどいこと言って、ごめんね、ペトラ」

「ううん、わたしもごめん」

「私が悪いの。ペトラは謝らないで」

「ジェイミーだけが悪いわけじゃないもん。わたしも悪い」

「なんでそうなるの……ペトラってほんと馬鹿」

「ジェイミーも馬鹿。こんなに心配かけて」


 罵り合っているようだが、しかし、先ほどのものとはまったく違うやり取りだった。

 間に入って水を差すのも悪いし、俺はとりあえずパトリエさんにジェイミーが見つかったことを報告しておこうかな。


「ダレン」


 呼び止められ、振り返るとジェイミーがすぐ後ろにいた。


「あの……ダレン、その……さっきは、ごめんなさい」

「ほんとだぞ、まったく。おかげで午後からクエスト行けなくなっちまったじゃねえか」

「ごめんなさい」

「強くなりたいんだろ?」

「へっ?」

「強くなりたくないのか?」

「つ、強くなりたい」

「んじゃあ、こんなことしている場合じゃないだろ」


 言って俺はギルドを目指す。


「とりあえず、パトリエさんにも謝って、そんでまた明日から頑張ろうぜ」


「うん!」


 元気よく飛び出したはいいが。

 このあと、パトリエさんからこっぴどく怒られたのは、言うまでもない。




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