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第18話 姉の面影



 とぼとぼと歩くその足取りはひどく遅い。

 もはやどれくらい歩いたのかさえわからないほど、歩き、疲れが出てきた。

 当てもなく歩き、トロントのどこら辺にいるのかすらよくわかっていない。


(帰るほう、どっちだっけ……)


 路地裏。

 建物に囲まれ、人の気配も先ほどからなくなっていた。

 途方に暮れ、日も沈んでいっているので、そろそろ大きなとおりに出なければ本当に帰れなくなってしまうとジェイミーは方向転換し、とにかく一旦座って落ち着こうと思った――


「あうっ」


 なにかにぶつかってしまう。

 あまりにもその感触が厚みのあるものだったため、一瞬壁かなにかかと錯覚してしまったがそうではなかった。

 じんじんと痛む鼻をさすって目を開けば、そこには大柄な男性がいた。

 ダレンよりも倍以上のある横幅に、頑強そうな身体に圧倒され、それだけで恐怖を覚えた。


「いてえな、ガキんちょ。ちゃんと前見て歩けや」

「ご、ごめんなさい」

「おいおい気をつけろよ」


 即、謝罪をする。

 悪いのは自分であることは重々承知していた。

 いろいろとあり、注意散漫であったのだ。


「ごめんなさい。私、急いでいるので」


 もう一度謝ってから早いところこの場から去ろうとしたジェイミーだったが。


「ったくよー、近頃のガキは――っておいおい、待て待て」


 男はそんなジェイミーを呼び止めた。


「可愛い顔してやることやるじゃねえか」

「……えっと、なんのこと」

「とぼけんなよ」


 肩を竦め、ベルトを指差して言う。


「ここに三つ差してあった、ポーション、取ったろ?」

「え……?」

「まったく、悪いガキんちょだぜ。俺に当たったフリして奪うなんてよー」

「そ、そんなことしてない」

「していないって――現になくなってんだよ。なあ、お前ら?」


 隣を歩いていたふたりの男性に問うと、彼らも同意するように「確かにさっきまであったな」とまるで身に覚えのないことを言われる。


「盗ってないよ。一瞬でそんなことできないもん」

「知るかよ。なくなってんだよ、お前以外にいねえんだっての」

「そんなこと言われても……」

「まあいいや。金でいい。そうだな……一万デリカでいいや」

「い、一万!? そんなに持ってないよ。それにポーションそんなにしないし」

「はあ? 迷惑料込みでだよ。つーか、そっちが口出せる立場じゃねえだろ。被害者はこっちなんだよ。大人しく金払えっての。払えねえってんなら、こっちにも考えがあるぞ」


 法外な金の要求にジェイミーは戸惑う。

 飛び出してきてしまったため、金など一○○○デリカ程度しかない。

 しかし、そんな程度の金では彼らの怒りは収まらないだろう。

 かといってポーションもいまは所持していない。

 払わなければどうなってしまうのか、子供のジェイミーは必死に考える。


(犯罪者、になるのかな……? それとも働かされるとか? この人たちと? や、やだ。そんなのやだよ。ペトラとダレンともっといたい。パトリエにも会えなくなる……お姉ちゃんにも……。うう、こんなことになるならすぐに謝っておけばよかった。ペトラぁ……ダレン……)


 今後のことを思い、泣きそうになるジェイミー。

 しかし男たちはそれを見てもなんら感情は動かないのか、早くしろと急かす。


「子供相手に、恥ずかしくないの?」


 と。

 助けなど来るはずないと諦めかけていたジェイミーの耳に第三者の声が飛び込んできた。


「ああ? なんだおま――」


 男の声がそこで止まった。

 なにかを恐れるようにして。

 なにかに怯えるようにして。


「あなたたち結構噂になっているわよ――当たり屋っていうんだっけ、こういう行為」

 それとはちょっと違うのか、と言って一歩前に出た。


「今回はなにを盗まれたっていちゃもんつけたわけ? 魔導具? 武器? 防具? まあそこのところは知らないけどさ――こんな小さな子に盗まれるなんて、あなたたちもまぬけね」


 小馬鹿にするように言い、指輪からいろいろなものを取り出す。

 あれは、ダレンも使っていた『アイテムボックス』と言われる魔導具だ。

 ダレンは小袋型のものだったが彼女のものは指輪型のようだ。


「なにが欲しいわけ? 一応いろいろ入っているけど、なにがいい?」


 見ただけでも高価なものだとわかるものばかりが出てくる。

 その中にはポーションもいくつかあった。


「ねえ、この男の人たち、なにが盗まれたって?」

「え? あ、えっとポーションを」

「そ、ありがと」


 答えない男たちに見切りをつけ、ジェイミーから彼らの要求を聞き出す。


「はい。一〇本くらいあれば足りる? それともハイポーションのほうがいい?」

「ちっ!」


 しっかりとそれを受け取った彼らは逃げるようにして路地裏へと消えていった。

 その負け犬のような後ろ姿を見つめながら、


「はあ。あれくらい、自分で稼ぎなさいよ」


 とその人はため息交じりにそう言った。


「大丈夫だった? 怖かったでしょ? こういう人のいないようなところにはあまりいかないほうがいい――ちょ、ちょっと! え、なにかされた!?」


 不安から解放されたためか、ジェイミーは泣き出してしまっていた。

 恥ずかしいくらいに。

 溢れてしまっていた。


 情けないくらいに自分が弱くって。

 懐かしいほどに姉の姿が重なって。

 気づけば人目も憚らず泣いていた。



☆☆☆☆



「いねえ」


 ジェイミー捜索から一時間くらいは経ったと思う。

 しかし結果から言って、まるで成果は上げられていなかった。

 手がかりすらない状態、である。

 まあこれだけの人が集まる場所だ、そんなひとりの少女を見かけて覚えているっていうほうが無理だろう。特徴という特徴があるわけでもないし、人に紛れてしまえば記憶なんてすぐに消えてなくなってしまうだろう。


「ジェイミー……」


 心配するように呟くペトラ。

 友人であり、家族でもあるジェイミーが隣にいなくて不安なのだろう。

 ふたりはいつも一緒にいる。

 そばにいない時なんかない。

 別れ、なんて考えたくもないだろう。


「大丈夫だ。きっとすぐ見つかる」


 安心させるようにそう言い続けるも、捜索の糸口は未だ不透明だ。

 心当たりのありそうな場所はすでに探し終えた。

 ふたりの住んでいたアトランタがなくなって以降、過ごしていたという場所もいなかった。少ないながらも知り合いのところにも行ったがいなかった。パトリエさんにも一応来たかどうか確認を取ってもらったが来ていなかったらしい。トロントはそこまで治安は悪くはないが、悪い場所というのもあるにはある。正直俺も行きたくはないくらいである。まさかそんなところに偶然にも行き着く、ということはないとは思う。思うが、こうも見つからないとそのまさかということもありかねない。

 あそこは人気も少ないし、そう考えれば、ひとりになりたいジェイミーの足は自然とそこに向く可能性があるかもしれない。

 冒険者はそこそこ気性が荒かったり、野蛮な奴らが多いが、あそこは特にである。

 あんな純粋を絵に描いたような子がいたら、と考えると不安でしかない。


「ペトラ、一度ギルドに戻ろう」

「え、は、はい」

「悪いけど、ペトラにはパトリエさんと待っててもらう」

「……? わたしも行きます」

「いや待っててくれ。入れ違いでくる可能性もあるからな」


 歩きながらそう言い聞かせ、俺たちは冒険者ギルドに戻った。



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