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第17話 強くなりたいと焦る理由



 セシィ・セシャン。

 それがペトラやジェイミーのお姉ちゃんの名前だという。


「なるほどな、つまりペトラやジェイミーが暮らしていた孤児院の中で一番の年長者だからふたりにとっての……いや、みんなにとってのお姉ちゃんだったと」

「はい」


 あれから、ペトラが落ち着くまで近くのベンチで休んだあと、俺たちが生活の拠点としている宿屋『クリープハウス』に戻ってきて、俺の部屋で話を聞いていた。


 やはりとも言うべきか、正面の椅子に座るペトラの表情は暗い。

 まだ数時間前のことが尾を引いているのだろう。

 いつものようにベッドに座ってくつろぐ俺とはえらく違う。


「生まれた時からいたわたしやジェイミーのほうが年数的に先輩なんですけど、お姉ちゃんはいろんなことを知っていて、それをわたしたちに教えてくれて……みんなに優しく、みんなに頼られ、みんなが大好きな存在……それがお姉ちゃんなんです」


 セシィのことを思いだしたことで心が和らいだのか、表情も同時に柔らかくなった。


 そういえばここで一晩泊まった時、ジェイミーとペトラに抱きつかれて寝ていたあれは、お姉ちゃんからやってもらっていたことだと言っていたな。


「料理もすごく上手で、あまり食材が手に入らない時なんかも有り合わせでいろんな料理を作ってくれて……。それから勉強とかも教えてくれて、それで文字も読めるようになって。しかもお姉ちゃんは強い民族の出身らしく、悪い奴をやっつけちゃうくらい強くって。男の子なんかはお姉ちゃんに戦い方を教わったりしていて。いま思えば、あの時お姉ちゃんに戦い方を教えてもらえていたらここまで苦労しなかったのかもって思うくらいに……、あれでもお姉ちゃんはあんまり女の子には戦って欲しくないとか言っていたっけな。なんでだろ」


 常のたどたどしいペトラの喋り方とは打って変わって姉を語る彼女は饒舌だった。

 その姿はすごく新鮮で、それだけで彼女にとってのセシィ・セシャンの存在の大きさがわかった。


「ごめんなさい、なんかわたし、余計なことまで」

「いや、いいよ。おかげでペトラたちのお姉ちゃんの人柄は十分伝わったから」


 自分の姉がよく思われるのが嬉しいのか、頬が緩んでいる。


「でも、その人のことはわかったけど、それが強くなることとなにが関係しているんだ?」


 根本のことをまだ聞けておらず、話を戻す。


「ダレンさんは、覚えていますか?」

「なにがだ?」

「アトランタ、という小さな町を」


 アトランタ。

 ロイヤルズ王国の北端に位置する人口数千という小規模な町だ。

 場所的に米を育てるのに適しているとかで有名であったし、なによりも。

 あそこは、忘れるはずもない。


「知っているけど、あそこはもう……」

「はい、ありません」


 ほんの三、四年前になくなった。

 地図上から、消えてなくなった。


「もしかして、ふたりは」

「そのアトランタで育ちました」


 どう、返してやればいいかわからなかった。

 どう、返答するのが正解なのかわからなかった。


 アトランタは――突如、現れた魔族化したモンスターによって滅ぼされたのだ。

 天地蛇ヴリトラという一体のモンスターによってひとつの町を丸ごと。

 そして同時に多くの犠牲者が出た。

 のどかな場所であり、モンスターの出現率も少ないということもあって、かなり警備は薄かったため、対処しきれなかったこともあるが――やはり、天地蛇ヴリトラというSランク冒険者がいなければ倒せないレベルの敵だったということもあり、結果として。

 一日とかからずに、町は壊滅した。

 この事件以降、魔族化したモンスターが多く発見されるようになったと言われている。

 魔王が復活して、ド派手に暴れることで存在を知らしめたとかいろいろ言い伝えられている。


「よく、生きていたな」

「助けてくれた人が、いましたので」

「そう、か。……すまないな」

「え?」

「いや、その時、俺も人が足りないってことでアトランタの戦場にいたんだ」


 ロイヤルズ王国の戦える者が多く派遣された。

 中でもトロントはアトランタに近いこともあり、凄腕の冒険者は駆り出されていた。

 まだまだ新米だった俺たちももちろん向かった。

 けど、そんな一年、二年程度しか冒険者として実績のない俺たちが戦えるはずがなかった。

 だから俺たちは救助にあたった。

 怪我をしている人や資源物資の配達など、様々なサポートをしただけだった。


 戦うことすら、できなかった。


「あの時、俺たちにもっと力があれば、あれほど被害は大きくならずに済んだかもしれない」

「そんなことないです」


 悔恨の念を滲ませる俺にペトラは言う。


「ダレンさんはわたしたちのために駆けつけて、助けてくれました。ありがとうございます」

「……礼をもらえるようなこと、できていねえよ。だってそうだろ。お前たちの仲間は――」

「大丈夫です。わたしとジェイミーは前に進むことに決めましたから」


 吹っ切れたというふうに。

 力強く言った。


 まだ一二歳の子供といって差し支えない年齢なのに、なんて心の強い子なのだろうか。

 仲間が、家族が――いなくなった。

 俺がペトラと同い年の時にもしも、アンセムやシェリル、イヴやマライアのだれかが死んだとしたら、きっと俺は悲しみから立ち直ることは困難だったかもしれない。


「いらない心配だったな」


 言って、俺は話を自分の頭の中でまとめ、推察する。


「ということは、ペトラたちのお姉ちゃんって人はそのあと行方不明に?」

「合っていますけど、たぶんダレンさんの思っているのとは違います」


 ペトラは喉を鳴らし、覚悟を決めたように深呼吸をする。


「アトランタを襲ったモンスターを操っていたのがお姉ちゃんなんです」

「は……?」


 衝撃的な発言に俺は開いた口が塞がらなかった。


 魔族化したモンスターを操ることができるのは、魔族だけだ。

 魔王がモンスターを魔族化させ、眷属である魔族がそれらを暴れさせる。

 俺はあまりこういうことに詳しくはないので明確ではないだろうが、そこまで間違った認識ではないだろう――だからこそ、いまのペトラの言葉には驚きを禁じ得ない。

 驚きというか、あり得ない。

 だって、それじゃあ、セシィ・セシャンは、魔族ということになる。


「ごめんなさい、操ったっていうのは違うのかもしれません。けど、魔族側にいっちゃったっていうのは、この目で見たので……間違いないかと」

「見たってのは」

「魔族と一緒にいるお姉ちゃんです」


 あの場には魔族がいたのだと聞いた。

 俺は実際には見ていないのでわからないが、天地蛇ヴリトラを裏から見守るようにして外套を纏った人型の魔族が複数人、目撃されている。

 操っていたというわけではないのかもしれないが、指令を出したのではないかと言われている。


「フードの下だったんですけど、あの目……あれはお姉ちゃんのものでした」


 とても悲しそうに言葉を落とした。

 思い出すのも辛そうだった。

 それもそうだろう。姉が自分たちの町を襲い、多くの人を殺した敵側にいたのだから。


「きっとお姉ちゃんはだれかに脅されていたに違いないと思うんです……だってそうじゃなきゃ、あんなことしないし、あんな怖い顔もしない…………。だからわたしとジェイミーはお姉ちゃんを悪い奴らから取り戻すために冒険者になったんです」


 自身の太ももに添えられたペトラの拳が強く握られる。


「強くなって、魔族や魔王を倒して……お姉ちゃんを取り戻す、そうふたりで決めたんです」

「それが冒険者になった理由」

「はい。そのために早く強くならないといけないんです。お姉ちゃんを苦しみから解放するために、もうこれ以上悪いことをさせないために、早く……助けてあげなきゃいけなんです」


 矢継ぎ早にそう言葉を重ねた。


 ジェイミーが頑なに焦る理由。

 お姉ちゃんを救うため。

 お姉ちゃんを助けるため。

 お姉ちゃんを取り戻すため。

 お姉ちゃんの――ため。


「わたしだって早くお姉ちゃんを助けたい。お姉ちゃんとまた一緒に暮らしたい。お姉ちゃんのこと好きだから……大好きだから。早く強くなりたい」

「ペトラ」

「でもダレンさんやパトリエさんの言うことはもっともですし、どうすればいいのか……」

「ペトラは大人だな」

「へっ?」

「お姉ちゃんを助けたい思いを押し殺して、正しい道を歩もうとしている。なかなかできることじゃないぜ」


 俺はペトラの握られた拳を優しく手で包み込む。

 自分を責めているのか、少しだけ震えていた。


 ジェイミーを裏切ってしまったと思っているのかもしれない。

 そして同時に姉を助けることを後回しにしてしまったことを申し訳なく思っているのかもしれない。

 まったく、難儀なものだ。

 どちらも悪くはないのだというのに。


「でも、ジェイミーに――」

「大丈夫だ。きっとジェイミーだってわかっているはずだから」


 お前らは優しすぎるからな。

 とりあえず、ジェイミーを探しに行くとするか。





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