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第16話 喧嘩



 ゴブリン四体、スパイダー三体の討伐。

 難易度3。

 クエスト達成。

 よって本日の仕事は終わり。


「ぬるううううううううううううううい!」


 報告をしに冒険者ギルドへ戻ってきてパトリエさんに会うや否やジェイミーは我慢の限界だとばかりに叫んだ。

 割と大きい声だったので注目の的になっていた。やめて欲しい。


「どうしたのよ、ジェイミー」

「ぬるいよ! ぬるい! もっと強い相手と戦いたいの!」

「もっと強い相手って……あなたね」

「難易度10とか行きたい! そしてバンバン相手を倒すの」

「だめに決まっているでしょ」

「だってもうゴブリンとかスパイダーとか楽勝すぎるんだもん」

「楽勝、ねえ」

「私にかかれば、ちょちょいのちょいだよ!」


 手を武器のように扱い、空中を斬っていく。


「ね、ダレン?」

「まあ、それなりに戦えるようにはなってきていると思う」

「ほらほら!」


 俺に後押ししてもらい、パトリエさんを説得しようとしていた。

 実際、難易度3程度の相手ならば苦戦せずに倒せるようになってきた。

 戦い方を教えるようになって一週間以上は経つが、もう助言なしでも大丈夫なくらい。けどこういう子だから油断することが多く、そこのところは危ないってのはある。


「服も顔も泥や傷がついているのに?」

「これは……帰る途中で転んじゃっただけで」

「ポーションは? もちろん使っていないわよね?」

「つ、つつ、使ってないよぉ?」


 どもりまくりだった。

 ふむ、さすがはパトリエさん、目敏い。


「どうなの、ダレンくん?」

「はい。確かに以前よりかは全然強くはなりましたし、ひとりでも倒せるレベルではありますが、まだまだ荒い部分もあり、また弱いモンスターには慣れましたがモンスターが変われば攻撃パターンもなにもかもが変わりますのでその対応となると彼女には難しいかと!」

「ありがとう」


 パトリエさんに従順な俺だった。

「ダレン……」と涙目で見つめてくるジェイミーを極力見ないようにした。

 悪いな、こればかりは無理だ。パトリエさんに嘘とかつけない。


「何回も言うようだけど、べつにいやがらせをしているわけじゃないの。冒険者はいろんな経験を積んでいってひとつひとつ階段を上っていって、地道に着実に進んで、強くなって冒険者ランクを上げていくの。それを私はサポートする役目、あなたを死なすようなことできない」

「じゃあ、パトリエは私たちにはずっとゴブリンとかを倒していろって言うの?」

「そこまでは言っていないでしょ。ただ段階は踏みなさいってこと。一足飛びに難易度10なんて――死にたいの? それとも私にあなたたちを殺せって言っているの?」


 厳しい言葉にジェイミーは一瞬言葉に詰まる。


「で、でもいまはダレンがいる! 私もペトラも戦えるようになったし、ダレンがいれば死なない」


 ジェイミーは説得材料にAランク冒険者である俺の名前を使う。

 ちらりとパトリエさんが俺を見たのがわかった。


「ダレンくんには悪いけど、残念ながら無理ね」

「なんで」

「簡単な話、ダレンくんがいても危険だと私が判断したから」


 贔屓目などなしにパトリエさんは言う。


「確かにダレンくんは受けられる資格を持っているし、そのダレンくんと一緒ならあなたたちも受けることはできる、ルール上はね――でもここは冒険者ギルド、人の命が懸かっている場所。だから軽々な判断は許されない、そういう意味で私たち担当のギルド職員がいて、最終的な判断は私たちが下すことになっている――これも決まり。今回の話もそう、そもそもAランク冒険者とはいえ、私はソロでAランク相当のクエストを行かせるつもりはないし、あなたたちなんかは未熟も未熟……たとえダレンくんが勝てたとしてもあなたたちは足手まといになる。それにもしダレンくんが負けてしまったら、ダレンくんひとりならなんとか逃げ切れるかもしれないけどふたりはわからない」


 淡々と、現実的な話をされる。


 ギルドの運営は冒険者あってのもの。

 逆に、冒険者もギルドあってのもの。

 信頼と信用によって成り立っている。

 自分ならできると、あの人になら任せられると。

 死と常に隣り合わせだからこそ、時にギルドは優しくも厳しい決断を下す。

 それはなによりも――冒険者を思ってのこと。

 ギルドの職員の多くの人がその悲しみを味わってきたから。

 そういう思いはずっとパトリエさんと一緒に仕事をしてきて感じている。


「ジェイミー。こればかりはパトリエさんの言うことを聞くんだ。俺たちが最初に会った時のことを思い出せ。あれが難易度9の相手だ。しかも俺の武器は有り合わせのやつで、あんまり慣れてない。正直、勝てるかわからない」

「うぅ……それなら…………でも」


 言われて小さくなるジェイミーは後ろにいたペトラを見やる。


「ペトラも、なんとか言ってよ! こんなクエストばっかりやっていられないでしょ!」

「えぅ……で、でもパトリエさんもダレンさんもわたしたちのことを思って言ってくれているし」

「ペトラまでなにそれ! 強くなりたくないの!?」

「な、なりたいけどぉ……おふたりの言っていることはもっともだし、少しずつ強くなっているのも感じられるようになっているし、そこまで焦らなくても――」

「本気で言っているの?」


 一瞬鋭くなった双眸。

 それを見たペトラは声を出す器官が機能しなくなったかのように固まる。


「ジェイミー、落ち着けよ」


 興奮するジェイミーの肩に手を置き、宥める。

 気づけば後ろも詰まってきていたので余計に目立ってしまっている。


「ジェイミー、ごめんね。とにかくいまはまだだめなの。でも難易度10とかじゃなくて、一段階上の4とかなら大丈夫だから。こっちでもよさそうなものを探しておくから」


 そんなパトリエさんからの気遣いの言葉さえもジェイミーの耳には届かないらしい。

 彼女は報酬金も受け取らずにずんずんと歩いていってしまう。

 俺とペトラはパトリエさんから報酬金を受け取り、頭を下げてから受付をあとにした。


「ちょっと待てってジェイミー」


 ギルドを出てすぐのところでジェイミーを捕まえる。

 まだ昼を過ぎたところということもあって街は明るく、人の通りも多い。


「どうしたんだよ」

「……どうもしないよ」


 素直に止まってくれたジェイミーの声は、しかし、いつもの元気はなかった。


「ならどうしてあんなことを」

「早く強くなりたいの、それだけ!」

「早くっつってもな」


 わけを聞こうとした俺だったが、その前にジェイミーが俺の後ろにいたペトラを見つける。


「ペトラはお姉ちゃんのことなんかどうでもいいんだね」


 お姉ちゃん。

 それは一度、彼女たちの会話から聞いたことがあった。

 だがジェイミーの言葉の意味することは俺にはまったくわからない。


「ど、どうでもよくなんかない!」

「だったら! こんなことずっとやっている場合じゃないのわかっているじゃん」

「わ、わかっているけど。それとこれとは――」

「もういい! ペトラの馬鹿!」


 それはいつもの仲のいいふたりの冗談の言い合い、ではなかった。

 心の底からの罵倒に、ペトラは小さくなり、ジェイミーは悔しそうに歯噛みする。


「なにがあるのかはわからないけど、いまのはだめだろ」

「ダレンはいっつもペトラのほうに肩を持つ! もういい!」


 部外者の俺を押し、ジェイミーは走っていってしまう。

 追いかけることは可能だったろうけど、なにも知らない状態で追いついても意味はない。

 それに。


「……うぅ」


 こんないまにも泣きそうなペトラをひとり放っておけもしなかったから。



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