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第15話 強くなりたいと思う理由



「へえ、フィルムルトさんってここで育ったんですか」

「ええ。もうずいぶんと昔になってしまいますけれど」


 いくつもの『魔石灯』が円のように天井から吊るされ、大きな講堂を照らす。

 正面奥には段差があり、ひとつの台が置かれている。

 ここで授業も行っているらしく、ふたりずつ座れる椅子と机が道を挟んで両端に設けられていて、俺とマースレットさんは一番前の席に離れて座って、フィルムルトさんの話をしていた。

 どうやら彼はここの出身らしく、マースレットさんの怪我を聞いて駆けつけたのだと言う。


「一二歳になってすぐに冒険者として出ていきましたので」

「とするともう一○年以上は経つんですね」

「とは言っても、何度かこうして帰ってきていますので久しぶりというわけでもないんですけれど」


 ふふっと小さく笑う。

 いやはやそんなふうには見えなかったけど、フィルムルトさんは意外と親孝行をする人なんだな。親、ということではないんだろうけど、印象はだいぶ変わった。

 印象って言っても、フィルムルトさんとはあの裏切りの一件しか関わりがないので、どちらかと言えば悪いふうに見えているのだけど。


「彼はどちらかというと、大人しい子だったんですよ」

「大人しい……」

「はい。冒険者になるなんて、とてもとても」


 想像していなかったというふうに首を横に振る。


「私の後ろにずっとひっついているような……ふふ、これを話すと怒られちゃうんですけれど」

「本当ですか? そんなふうには全然見えないですけどね。みんなを仕切っていますし、気さくで強くて。立派な冒険者って感じです」

「みたいですね。子供の頃を知っている私なんかからしたら未だに冒険者をやっているフィルムルトを想像するほうが難しいくらい、変わったんですよ」


 懐かしむように天井を見上げる。


「でもどうしてそんなフィルムルトさんは冒険者になろうと?」

「お恥ずかしいですけれど、ここの教会はもうずっと経営難に陥っておりまして」

「経営、難……ですか」

「時代なのでしょうか。あまり仕事が来ず、寄付金も……そのため神父様は遠くで仕事をしてくることが多く、いまもおりません」


 教会というのがどういうふうに成り立っているのかは定かではないが、概ね冠婚葬祭や法事、法要とかまあいろいろと広く行っていると聞く。しかし実際、俺なんかはほとんど利用したことがないというのもあり、なにをして収入を得ているのかほとんどわからない。

 ひとつ挙げるとしたら、恩恵の有無を確認したことくらいだ。

 教会にあった石碑――それで俺は絶望を味わった。

 場所はここではなかったけど、思い出すと胸に痛みがきてしまう。


「フィルムルトはそのことを知ったのでしょうね。そういうことには気を遣っていましたが、どこで聞いたのか……彼が冒険者になって数か月後くらいから、お金が送られるようになって。すぐにそれがフィルムルトからのものだとわかったのですが彼はお世話になった分だとかなんだと言っていて。冒険者になったのも強くなるためだとかなんとか。……そういうのもあるんでしょうけれど、きっと教会のためなんだと思います」


 粋なことをするなあ。

 恩返しとかそういうことなのだろうか。

 しかも自分の性格を大胆に変えて冒険者になるくらいに、教会のことを想って。

 なかなかできることではないと思う。

 お世話になったことはないからわからないけど、強い意志がなければ無理だろう。


「強くなりたい、といつも帰るたびに祈って行くのですが私としては危ないことはあまりしないで欲しいというのが本音でして……」

「強くなりたい、と」

「はい。もう十分だと思うんですけれど、まだまだだとか」


 子供の成長を嬉しく思う母のように慈愛に満ちた表情となる。


 強くなる――そうすれば、きっとお金だって手に入りやすくなる。

 とどのつまりそれは、徹頭徹尾教会のためであり。

 その気持ちの強さは、マースレットさんが思っているよりも遥かに強く。

 だからこそ強くなっていく周りの人を意識するようになって。

 そういうふうに考えるようになって、自分の弱さを自覚してしまい。

 負の感情となって彼を襲ってしまってもおかしくはない、のかもしれない。


「ああ、そういえば、フィルムルトとダレンさんはお知り合いみたいですけれど」

「ええ、まあ」

「一緒にパーティーを組んだことがあるとかなのですか?」

「……そんなところです」

「そうですか。それはお世話になりました」

「いえ」


 嘘は言っていない。

 あえて言うべきことではないと思ったから。

 フィルムルトさんのことを思って、とかではない。

 そういう――わけではない。


「無理だ! マースレットさん、子供らまったく言うこと聞きやしねえ」


 助けを求めるような声を出して講堂に足を踏み入れてきたのはフィルムルトさんだった。

 どうやら子供相手に苦戦しているらしい。

 あれからマースレットさんの代わりに子供たちの面倒を見ていたのだが、お手上げのようだった。ジェイミーやペトラも一緒に面倒を見るとか言っていたけど、あいつらはあいつらで自分よりも小さい子たちと一緒になって楽しんでいるのかもしれないな。


「そうですか。じゃあ、私が行くしかありませんね」


 マースレットさんは立ち上がって気合を入れなおす。


「それではダレンさん、本日は本当にありがとうございました。ゆっくりしていってください」

「いえ、俺たちももう帰ります」

「そうですか。またいつでも遊びに来てくださいね」

「はい」


 一礼をして出ていく。

 俺も立ち上がって頭を下げ、ジェイミーたちを迎えに行こうかとマースレットさんについていこうとしたところで「なあ」とフィルムルトさんに呼び止められる。


「なにか話したか?」

「えっと……フィルムルトさんの幼少期のことを少しだけ」

「またか……って、いやそうじゃなくて」


 頭痛がするのか、頭を押さえる。

 はは、どうやらマースレットさん。フィルムルトさんの知り合いに会うと彼の幼少期のことを語ってどれだけ変わったかと教えているらしい。確かにギャップはすごい。


「俺とお前のことだよ」

「俺とフィルムルトさんの?」


 とぼける俺にフィルムルトさんは小さく舌打ちをする。


「一度、パーティーを組んだことがあるってことだけ伝えましたけど」

「はあ? いやそうだけど」

「強くなりたいそうですね」

「ああ?」


 急な話題転換に語調を強められる。

 どこが大人しい人、なのだろうか。


「強くなりたいって気持ち……すごい、わかるんで」

「…………」

「それが嫉妬とか憎悪とか、諦めとか逃避とかになるのもわかるんで」

「…………」

「弱さに苦しめられるってのは痛いほどわかるんで」

「……だから――」

「だから自分と重なったからってわけじゃないんですけど、まあそこんところは俺もわかっていなくて」


 曖昧な表現しかできない俺は、締めくくるように言う。


「そういうの全部ひっくるめて――自分の気持ちですから。他人の俺から言うべきじゃないって思ったんです。ただそれだけの理由です」


 言い終えると、フィルムルトさんは納得がいっていない様子で「意味わかんねえよ」と呟く。奇遇だなあ、俺もなんだよ。


「とりあえず、今日はありがとな」

「いえ、夕飯もごちそうになったので」

「ここのことは気にするな。俺がなんとかする……俺が守ってみせるから」

「……はい」


 自分に言い聞かせるように。

 自分に誓いを立てるように。

 フィルムルトさんは強くそう言った。


 それから俺はすっかり教会の子たちと仲良くジェイミーとペトラを連れて帰った。



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