第14話 再会のち再会
標的であるスパイダーというモンスターの三体目を倒した時であった。
「そういえば、ふたりは恩恵持っているのか?」
聞き忘れていたことを思い出し、そう切り出していた。
「一応言っておくと、俺はないんだけど……ふたりはどうなのかなって」
あまり自分からこういうことを公にしたくはなかったが、仲間となるのだ、隠していたっていいことなどない。
「私は【蓄積】っていう恩恵だよ」
「へえ、【蓄積】ね」
「うん。斬れば斬るほど力が溜まっていくってやつ」
「すげえな。……え、それかなりレアな部類の恩恵なんじゃねえのか?」
「そうなの? 使ったことないからよくわかんない」
スパイダーの残骸から一部をはぎ取るジェイミーは自分の恩恵の強さをわかっていないようで、眉をへの字にさせていた。
斬るたびに力が溜まっていくというのなら、それを解放した時にはすごいパワーを発揮するんじゃないだろうか。あんまり聞いたことのない恩恵だったし、その詳細からかなり優秀なものであることがわかる。
しかし、よく考えればそうだな。ジェイミーはいまのいままで、敵にダメージすら与えられていなかったのだ、恩恵の良し悪しなどわかるわけがなかった。試すことすらできまい。
それが常備発動しているものなのか、自分の意思で発動するものなのかはわからないが、そこのところも確認の意味でも試しておいて損はないだろう。
「ペトラは?」
「すみません。わたしは……持っていないです」
「そう、か。いや、謝ることじゃない。俺だってないし」
どこか自分を責めるように言ったペトラに俺は穏やかな口調を心がける。
そうか、持っていないか。
いま生きている人間のほとんどは持っているので恩恵なしというのはほんっとうにごく少数になった。俺の知っている人でも三人ほどであったと思う。
「大丈夫だ。恩恵なんてなくたって戦える」
安心させるように俺はあっけからんと言う。
恩恵がない苦悩や葛藤は俺が一番わかるし、してきたと思う。
「うん。今日だってペトラの攻撃のおかげで倒せたもん」
「……うん、ジェイミーもダレンさんもありがと」
ほっとしたように胸を撫で下ろすペトラ。
俺も恩恵がないとわかった時、幼馴染であり仲間でもあったみんなから温かい言葉をもらった。だから俺はあの時、努力することを誓ったんだ。
あいつらがそうしてくれたように俺も。
「魔法のコントロールもよくなっている。頑張っていこうぜ」
「はい」
思いっきり明るく言い、俺たちは残りのスパイダーの討伐に向かった。
――――
結局、ジェイミーの恩恵【蓄積】の力は発揮せずに終わった。
相手を剣で攻撃したのだが、それにより力が蓄えられているのかいないのかわからず、それにそもそもどうやってそれを発動させるのかがわからなかった。
アドバイスをしようにも俺も恩恵を有していないのでできなかったのである。
恩恵というのは感覚や試すことによりだんだんと自分のものにしていくのが通常であるのでそう焦る必要はないんだろうけど。
「――――」
クエスト達成報告をするふたりに、担当であるパトリエさんは彼女らのはしゃぎように苦笑いを浮かべていた。
報告はなにも全員で行かなくてもよく、パーティーのだれかの担当で受領してもらい、他のメンバーはあとで報酬を分けてもらうというのが一般的だ。まあ俺たちの場合は全員パトリエさんにお世話になっているのでそこのところは面倒でなくていい。
今回はふたりに報告を任せ、俺はひとりギルドの隅の壁に寄りかかる。
しっかし、あいつらは本当に嬉しそうに報告するなあ。
なんだかもう報告なんて事務的にやってしまっている俺たちのような冒険者とはえらい違いである。最初はあんなだったのかなあ、あんまり覚えていないけど。
「…………っ」
ふと視線の先に現れた人物と目が合う。
フィルムルトさんだった。
彼もクエスト帰りらしく、どこか疲れた様子で佇んでいた。
「……ちっ」
苛立ったように舌打ちをし、俺から視線を切った。
そりゃあそうだ。あの人とはアンセムたちと別れて初めてパーティーを組んだが、クエストに行った際、俺を嵌めてモンスターに殺されるように仕向けるというなかなかのことをされた間柄だ。その行為は失敗に終わり、いろいろと気まずい感じは否めない。
それに聞くところによると、ギルドからも注意を受け、実績に泥がついた。もうすぐランクも上がるかもしれなかったが、そのせいで遠のいたようだ。
自業自得と言えば、そうなのだろうけど。
なんだかなあ。
少なからずそういう原因を作ったのは俺だから、いろいろ考えてしまう。
俺が抜けなければ、とか。
俺が相応の力を有していれば、とか。
「ダレン、お待たせ」
「おう、んじゃあまあ、どうするか。時間的にまだ余裕あるから簡単なのであれば――ん?」
報告を終えて帰ってきたジェイミーから一枚の紙を預かる。
手渡されたその紙に書かれている文字を読む。
クエストだ。
難易度は一。採取クエストらしい。
「なんだ、これ受けたのか?」
「なんかいま入ってきたみたいで、パトリエにお願いされて……いい?」
「なるほど。わかった。このレベルなら日が暮れる前に帰ってこれるな」
パトリエさんの頼みとあれば受ける他ないだろう。
しかもこれ、今日の午後五時までって……結構時間的にギリギリだ。
急を要した依頼主ということなのだろうな。とにかく行くしかない。
――――
『アリゾナの森』に生えてあるナラタケとノウタケ、それからココナッツの採取は順調に進み、無事に終わった。特にモンスターにも遭遇せず、なんてことのないクエストであった。
ここは初心者の冒険者の他にも一般の人たちもこうした食材を求めに来ているのでそうそう危ない場面に遭うというのはない。もちろん、魔族といった異常事態なんかはあり得るんだけど、そんな確率はかなり低い。
「これ、そのまま届けるみたいです」
詳細を確認していなかった俺とジェイミーはペトラの言葉を聞き、依頼主であるマースレットさんという人のいる教会を訪れた。
南エリアの人が住まうところから離れたところの白い建物。
敷地面積も広く、草原を駆け回る少年少女が視界に飛び込んできた。
どうやら孤児院も経営しているらしく、多くの子が住んでいるようだ。
「すみません、冒険者様。わざわざこちらまでお越しくださって」
「いえ」
迎え入れてくれた若い修道女がマースレットさんだ。
身だしなみは整えられ、厳かでありながら洗練された所作は美人に拍車をかける。
「怪我、ですか?」
「申し訳ございません、みっともないお姿を……」
「いやそんなことないですけど、大丈夫なんですか?」
「はい。少し痛む程度ですから」
扉を開けてくれた時から気になっていたが、彼女は左足を引きずるような形で歩いていた。よく見れば包帯が巻かれている。ここまで来れば、依頼をした理由は大体想像つく。
「いつもなら私と子供たちとで食料の調達に行くのですが、この足ではいざという時に子供たちを守ることはできないかもしれませんので」
説明を受け、やっぱりなと俺は頷く。
「それでは報酬を」
「ああ、ちょっと待ってください。これ持っていきますよ」
「いえ、そこまでしていただくわけには――」
「だいじょぶだよー」
「中に運びます」
言うや早いか、ペトラとジェイミーはマースレットさんの横をとおって教会に入る。
「おい、勝手に」
「「お邪魔します」」
うん、いやいいんだけどね。そういう強引なのもこの場合は。
「すみません。そういうことなんで、運んじゃいますね」
「……ふふ、そうですね。それでは、お言葉に甘えて、お願いします」
そうして教会に繋がる廊下を渡り、食堂らしい広い部屋に案内された。
料理を作る場があり、そこに依頼された品々を置いていく。
「ありがとうございます」
「これくらいなんでもないよー」
「そうですよ」
ニコニコと笑う少女ふたりにつられるようにしてマースレットさんからも笑みがこぼれる。
「お姉さん、これからご飯作るの?」
「そうですよ」
「じゃあ、手伝う」
「ありがとうございます。でも大丈夫。そんなに大変じゃないですし、それに」
「マースレットさーん」
元気な声が食堂に響いたかと思えば、多くの少年少女が現れた。
先ほどまで外で遊んでいた子たちだろう、泥だらけであった。
「手伝うー」「私もー」「おれもおれも」「僕だって」「わたしだって」
全員が自分が自分がと手を上げてマースレットさんに近づいていく。
「ほーら、みんな。手伝ってくれるのは嬉しいけど、まずはなにをするんでしたか?」
『手を洗うー』
決まり事であるのか、全員が同じことを言って順番に手を洗っていく。
「見てのとおり、この子たちがおりますのでお気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます」
その光景を見て、ジェイミーとペトラはどこか羨ましげな様子で小さく笑んだ。
「だとさ」
彼女たちの肩をぽんと叩き、帰るように促す。
「大丈夫そう」
「そうだね」
自分たちの出る幕ではないと理解したふたりは互いに頷き合う。
「じゃあ俺たちはここで。……お大事に」
「マースレットさん!」
そう言ってお暇しようとした俺たちの耳に大きな声が入ってくる。
だれだろうかと振り返ったその先には――
「なんでお前が……」
正直、いまあまり会いたくなかった人物。
フィルムルトさんだった。