第13話 未来へ向けた一歩
「ああ?」
男は反論されたことに不愉快そうに声を漏らす。
「すごい強いモンスターをひとりでやっつけちゃうくらいダレンは強いもん。モンスターのことなんでも知っているし、戦い方を教えるのだってすごく上手だもん。危ないところを助けてくれて、困ってたら手を差し伸べてくれる優しい人だもん。弱くもないし、守られてばっかでもないもん。ダレンは……ダレンは、すっごい冒険者だもん」
拙くも想いの乗った言葉に俺の頭を回っていたくだらない思考が吹き飛ぶ。
「ガキはすっこんでろ!」
「すっこまないもん! 謝って!」
「クソガキが」
謝罪を要求するジェイミーに、男は鬱陶しそうに顔を歪める。
ペトラもジェイミーと同調するようにして前に出て、彼女にしては珍しく顔に憤りの色を見せる。
「謝ってよ! ダレンに謝って!」
「うるせえんだよ。アンセムといい、このクソガキといい――オレよりも下のくせに粋がってんじゃねえぞ!」
「ジェイミー!」
直後、声とともに放たれた拳にペトラが危険を知らせる。
――ガシャン、と大きな音が店内に響く。
客も店員もその光景を見て、なにが起こったのかと固まる。
「てめ――」
「椅子の下にこんなものが」
椅子の下にあったバナナの皮を拾い上げ、盛大に床へと尻餅をついた男の声を遮って言う。
「ぎゃはは、バナナの皮でこけるって……最高だな!」
仲間のひとりが笑うと、それが伝播するように爆笑へと変わる。
「違えよ、これは――」
「――こんなところで手を出したら冒険者でいづらくなるのはだれだ?」
耳元で囁き、俺はジェイミーとペトラを連れて店を出る。
彼が果たしてどんな顔をしていたのかは、見なくてもわかった。
――――
「ジェイミー。お前な、自分がどれだけ危険な行動したかわかってんのか?」
『ボストン』を出て店が少なくなったとおりになると、俺は足を止めて言った。
辺りはすっかり暗くなり、『魔石灯』があちらこちらで道を照らしている。
「見たところ、あいつ結構力ありそうだったし、あれまともに食らってたら相当やばかったぞ」
冒険者ランクではBくらいだろうけど、力はそれと比例しない。
単純な腕力なら俺だって負けていると思う。
だからとっさに椅子の足を蹴って男を椅子から落とし、近くにあったバナナを理由にした。
賭けと言えば賭けだった。あれで冷静さを取り戻してくれたからよかったものの、怒りがそれを超えていたら面倒なことになっていたけど、結果としてうまくいけたのでいいだろう。
「でも、あいつダレンのことなにも知らないのにひどいこと言った!」
「…………」
「許せない! ダレンは強い! ダレンはすごい人! なのに冒険者をやめろって言った!」
「…………」
「ダレンは強いだけじゃない……ダレンはすごいんだもん。アンセムって人よりもぜーんぜん、すごいんだもん」
「それはねえよ」
怒りなのか悲しみなのか、涙をほろりと流すジェイミーの頭に手を置く。
「でもありがとな」
おかげで元気が出た、と俺は言った。
あのまま言われっぱなしだったらきっと俺は冒険者という職をやめていたかもしれない。
夢を諦めていたかもしれない。
それでも引き戻してくれたのは、あの時、確かに俺のことを冒険者として見てくれたジェイミーとペトラがいたからだ。
なにもアンセムたちといなければ冒険者だってわけじゃない。
ひとりでだって――このふたりと一緒でだって、冒険者であることに変わりはない。
「ペトラも、ありがとな」
お礼を言うと、ペトラは恥ずかしそうに下を向く。
「えへへー」
「けど、あんな無茶するなよ」
「はーい」
間延びした返事である。
わかっているのかいないのか……ま、どうせわかっちゃいないんだろうなあ。
ジェイミーは決断するや否や行動が早いからな。出会いもそうだったし。
長所でもあるんだろうが、短所でもある。
でも今回は救われた。
「せっかく記念の日だったのに、台無しになっちまったなあ」
主に俺のせいで。
ああいう冒険者が多くいるようなところはまだ行かないほうがいいのかもしれない。
いや、あれは特別だと言えばそうなのかもしれないだろうけど。
「仕切り直しになんか甘い菓子でも食いに行くか?」
「「甘いお菓子?」」
「おう。露店があっちにいくつかあるんだ。見に行ってみるか?」
「行く」「行きます」
「よし」
辺りは真っ暗闇になってきたというのに、俺たちの周りだけは明るかった。
☆☆☆☆
見知った後ろ姿に気を取られ、足が止まる。
「シェリル?」
「ごめん。いま行く」
仲間であるイヴが振り返って呼んでくる。
それに応えつつも、やはり気になり、足を止めてそちらを見てしまう。
(ダレン……じゃないよね?)
幼馴染であり、同じパーティーメンバーであったダレン・ソルビー。
しかし彼はつい先日、一方的に別れを告げてパーティーを抜けた。
あまりに唐突であり、異論など唱える暇さえ与えてくれはしなかった。どうしていきなりそんなと荷物をまとめる彼に問いただしても、具体的なことは言ってくれず、納得できないシェリルのそんな様子をリーダーであるアンセムが止めた。
心当たりがないわけではなかった。
いや、きっとメンバーである幼馴染の三人もシェリル同様、わかっていただろう。
ダレンの実力を。
ダレンの限界を。
先の戦いでも、それを目の当たりにした。
だからシェリルは――
(ダレン、元気でやっているの?)
あれから会っていない。
風の噂で新たなメンバーと一緒に頑張っていると耳にはした。
しかしここのところ、こちらも新たなメンバーが加わり、連携やその他諸々、依頼があちらから舞い降りてくるため、なかなか時間が取れず、会いに行くことすら叶わない。
避けているのかもしれない。
ダレンはこれでも五年間一緒に戦ってきて、幼少期の頃から一緒にした。
こちらの行動は彼にはなんとなくわかるのだろう。
だからその時間や場所など、気にしていてもおかしくはない。
「シェリル、どうしたんですの?」
「ごめん。なんでもないの」
こちらにまで寄ってきたイヴに応え、彼女とともに飲食店に入る。
ここはなにか記念であったり、祝い事の時によく来る場所である。
人気店ということもあって人も多く、先に入っていたアンセムたちを見つけるのに苦労した。
隅のほうに席を用意してくれていたアンセム、マライア、そして新たに加わったメンバーであるシロウに遅れたことを謝りつつ、席に座る。
「じゃあ、改めてシロウがメンバーとして加わった記念に……乾杯」
「「「「乾杯」」」」
ジョッキを合わせ、ぐびっと酒を呷る。
そう、今回ここに来たのは、新たなメンバーの歓迎会であった。
前々からひとりメンバーを募集していて、ちょうど王都からトロントの冒険者になったばかりというシロウという少年がギルドを通じて入ることになった。王都の王立学院を首席で卒業するなどかなりの実力者であることは聞いていたが、その実力は本物であったことが今日のクエストでわかった。
「けれど、王国騎士団に入らず、冒険者になりたいだなんてね」
「ああいうお堅いのは性に合わなくて」
だそうだ。
どうやらそういう話をすべて断り、わざわざトロントまで来て冒険者になったという。
しかし王国騎士団という伝統と誇りのある職を蹴ってまで冒険者になるというのもなかなか物好きだとシェリルは思っていた。
「よかったです。メンバーとして認めてもらえて」
「いや、こちらこそありがとう。シロウが入ってくれてすごく心強いよ」
アンセムはすっかりシロウのことを信頼している。
「さすがは王国騎士団に推薦されるだけの実力の持ち主でしたわ」
「アンセムとも息ぴったりだったし、タンク役だけじゃなくてなんでもできるのね」
イヴとマライアもその実力を認め、受け入れている。
シェリルとて、べつにシロウのことを認めていないわけではないし受け入れている。
それでもやはり、ここにいないダレンのことを思うと、心から喜べない。
本来なら、ここにダレンもいたはずなのだ。
「シェリル?」
「え? あ、ああ! 私も……すごく負担が減って、助かる」
ひとりなにも発せずにいたのを不思議に思ったらしいアンセムに声をかけられ、慌てて言った。
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
「う、うん」
助かっているのは本当だが、どこか薄っぺらい言葉を言ってしまったことにばつが悪く、視線を彼に合わせられない。
「おい、てめーんとこのお荷物……躾がなってねえんじゃねえのか?」
どこからか声がしたかと思うと、恰幅のいい顔の赤い男がこちらに近づいてくる。
酔っているらしく、その足取りはおぼつかない。
彼の仲間たちはその彼の行動に「おい、落ち着け。相手はアンセムだぞ」と宥めようとするも「知るか」とその手は振り払われた。
よろよろと歩き、近くに来た彼の匂いはかなりきつい。
「なんのことだ?」
座ったまま、冷静にそう返したのはアンセムだ。
「ああ? てめーんとこのお荷物だよ……わかんねえのか?」
「わからないな」
普段は年上の人に対して礼儀はわきまえているアンセムであるが、こういう時は下にいかず、あくまで対等な立場で会話をする。
「あの雑魚……オレを笑い者にしやがって」
「逆恨みならやめてもらえるとありがたい」
「ああ? てめえが追い出したんだろうが!」
その言葉にようやく彼がだれのことを指しているのかがわかった。
(――ダレン?)
ダレンがなにかしたのだろうか。
しかし、彼は争いごとなど好むような性格ではない。
事情はわからないが、この男はダレンに恥をかかされたのだろう。
「ダレンに……なにかしたんですか?」
「あん? ああ、シェリル・オケラーか。くそ、どいつもこいつも仲間ごっこしてよ」
なにが彼を怒らせるのか、標的を変える。
「お前らみてえな、ガキを見ているとむしゃくしゃするんだよ!」
テーブルに置いてあったナイフを取ってシェリル目がけて振り払われるが、隣に座っていたシロウが立ち上がって彼の手首を捻りあげた。
「んだ、てめえは」
「よくわかりませんが――仲間を傷つけようとする人には容赦しません」
力を入れられ、持っていたナイフが地面に落ちる。
「野郎が――ぁぁぁあああ」
ミシミシ、と。
腕力で制し、男は唸る。
「シロウそこまでにしておくんだ」
その声にシロウは力を弱める。床に落ちた男は逃げるようにして後ずさる。
「くそ! 帰るぞ!」
吐き捨て、男は会計もせずに店を出る。
仲間たちはリーダーであろう彼についていくようにして金を置いて去る。
「すみません、つい」
着席したシロウは我に返ったらしく、仲間へ謝罪する。
「いや、ありがとう。シェリルを守ってくれて」
「いえ、それは全然……当たり前というか」
仲間のために動いた。
それは彼の優しさと信念を感じられ、それはすごくだれかに似ていて――
「ありがとう、シロウさん」
そんなふうに自然とお礼の言葉が出ていた。
「いえ、なんともなかったですか?」
「うん。シロウさんのおかげで」
「それはよかったです」
そうして仕切りなおして歓迎会は行われ、新生パーティーが改めて誕生した瞬間だった。