第12話 嘲笑
街が夕焼け色に染まる。
南のメインストリートは仕事帰りの冒険者たちでいっぱいであった。
すでに酒が進んでいる人もいるようで、笑い声が絶えない。
この辺は夕方から夜にかけてが一番騒がしくなる。言わずもがなそれは冒険者御用達の酒場が多いためだ。だからむしろ朝なんかは静まり返っていることが多い。
「ったく、あの宿屋のじいさん、滞納分以上取りやがって」
やっぱいいところじゃなかったんだな、と俺はぼやく。
『ピッツバーグ』を出たあと、ジェイミーたちが滞納してしまっていた宿屋へ行き、代金を払おうとしたのだが、滞納した分に一・五倍の値段をつけられ、払わされた。契約上そういうことになっているらしい……見せてくれって言ったのに本人じゃないからとかいろいろ言われてあしらわれた。どうせ嘘なんだろうけど、面倒だったから払って綺麗さっぱり清算することにした。
子供だからって舐められたものだ。
まあそこんところは滞納したあいつらも悪いので一概に悪だと断ずるのもどうかと思うけど。
「ダレーン」
とてとてと駆けてくるふたりの少女が視界に飛び込んできた。
「おう。……ふたりともなんか買ったりしたのか?」
「っ? か、買ってないよ? なんで?」
「そうか。いや、初めての報酬金だから、欲しいものなんか買うのかなあって思って」
「欲しいものは……なかったから! ね、ペトラ!」
「う、うん!」
同意を求めるように言われ、ペトラも勢いよく首を縦に振った。
ふうん、まあそういうもんなのか。
確かに俺も最初の報酬金って言ってもそんなもらえたわけじゃないから武器も防具も買えなくて、結局いい食べ物を食っただけだっけ。でも女子たちなんかは小物とかおしゃれなものを買っていたような……。ま、人それぞれか。
「じゃあ、クエスト初めて達成したってことで、うまいもんでも食うか」
「美味しいもの!?」
「ああ。ハンネンさんのところは実を言うと、飯を食べるっていうよりも酒がメインのところだからな。メニューも少ないし――っと、まあいろいろ言うとあれだからやめておいて。とにかくここらでも人気の『ボストン』ってところに行こうぜ」
促すと、ふたりは「行く」「行きます」と元気よくついてきてくれる。
人気店ということもあって、賑わいがすごく、すぐに見つかった。
円の形をした造りで、一階と二階がある。
すでに何人もの冒険者が出来上がった状態だった。相変わらず楽しそうだ。
「三名様ご来店でーす」
店員さんに案内され、俺たちは四人掛けのテーブル席につく。
対面に座るふたりはわくわくした様子でメニュー表を眺めていた。
種類が豊富でなににしようか悩むのすら楽しそうである。
「これ、美味しそうだよ、ペトラ」
「わたしはこっちのがいいかも」
「あ、それも美味しそう。でもこれもこれも食べたい」
「そんなにお腹の中に入らないでしょ」
「ペトラは小さいからね」
「ジェイミーのほうが小さかったじゃん」
「ふーんだ! あれからどれくらい経ったと思っているの?」
「たったの一日だよ!」
喧嘩しているのか、仲良しの会話を聞かされているのかわからなかった。
しっかし、こいつらのことを見ているとなんだか懐かしい。
俺も子供だった頃はアンセムやらシェリルたちとこんなふうに笑いあったっけ?
会話の内容はほとんど思い出せないけど、すごく楽しかったのは覚えている。
五年もすればガキみたいなやり取りはしなくなったけど、それでも――
「ダレン?」
「ん、なんでもないぞ」
いかん、昔のことを考えていたら雰囲気を壊しそうになってしまった。
なんでもないというふうに笑みを貼りつけ、俺もメニューを決めていく。
それぞれの食べるものが決まり、注文を終えるとすぐに料理が運ばれてきた。
俺の目の前にはふわふわの卵が広がっていた。
ソースがかけられ、ふっくらと大きな丸いそれをスプーンですくって口に入れる。
「うめえ」
この店はアンセムたちともよく通った。
ちょっと値段もお高く、頻繁に来ることはなかったけど、こういうめでたい日などは決まって『ボストン』一択であり、俺はいつもこの特製オムライスを注文していた。
相変わらずの絶品さに頬が落ちそうになる。
ジェイミーとペトラもシェアしながら美味しい美味しいと連呼して食べている。
「あ、それわたしのお肉」
「ペトラだって私のお魚食べたじゃん」
「違うよ、あれはジェイミーがいいって言ったからで」
「言ってませーん」
「い、言ったじゃん! わたし、勝手にとらないよ」
「でも食べたは食べたじゃん」
「ええ……それは、食べたけどぉ……」
「はい、じゃあお相子ってことで!」
「ジェイミぃぃい」
ジェイミーに言いくるめられてしまい、ペトラはしょんぼりしてしまう。
「まあまあ。ほら、ペトラ。俺のでよかったら食べるか?」
「え、でも」
「いいからいいから」
スプーンをペトラに渡し、料理も彼女のほうに寄せる。
遠慮がちながらもその手は料理に伸び、一口食べる。
「美味しいです」
「よかった」
「あ、ずるい!」
俺たちのやり取りを見ていたジェイミーが声を張って訴える。
「ジェイミーはペトラの肉、食べただろ」
「ごめんなさいいい! もうしませんからああ!」
必死の懇願に俺は「わかった、わかった」とジェイミーにも分けてあげた。
「美味しい!」
喜色満面で言う。
はは、これだけ美味しそうに食べられると分けてあげた甲斐があるってものだな。
「はい、ダレンにもあげるー」
「私も」
今度は自分たちの番だとばかりに料理をこちらに寄せてくる。
まったく、子供のくせにこういう時は大人だよなあ。
「ありがとな、ふたりとも」
そうしてふたりからちょっとずつもらっていると、
「あれえ? あそこにいるのは、アンセムんとこを首になった野郎じゃねえか。元気でやってるかー?」
離れたテーブルから野次のような声が飛んできた。
「あれあれ? 反応がねえな。耳まで腐ってんのか?」
どうやらずいぶんと酔っているらしい。
からかいのその声はかなり大きく、広い店内にいる客の半分くらいはこちらに注目していた。
「はっ! なんだよ、冒険者やめて、子守ってのは傑作だなあ」
ぴたりと俺の手が止まる。
なにを勘違いしたのか、それともからかいの延長か、俺の現状を見てげらげら笑う。
その人物がリーダーなのか、仲間も彼の機嫌を取るように小さく笑う。
まあ、こういうことになるというのは覚悟していたことではあった。
いい意味でも悪い意味でも俺は有名になりすぎている。
そんなやつがいれば、笑いの種に持ってこいに決まっている。
「ダレン」
「ダレンさん」
戸惑うような、気遣うような声がふたりから発せられる。
「悪いな……すぐに出よう」
言うと、残ったものを食べ始める。
彼女らもそれが最善だとわかってくれたようで、小さな口に目一杯運んでいく。
「お客様、他のお客様の迷惑になるようなことはお控えください」
すぐさま店員さんは対応に移るも、彼はまったく聞く耳を持たない。
「楽して金もらってランク上げて……寄生虫かよ」
食べ終え、席を立つ。
「恩恵を授かっていないって噂も……本当なのかもなあ。いまどきそんなやついるのかよ」
会計に移る。
やはり値段は張るなあ。
「アンセムたちもようやく見切りをつけたってわけか。まあ仕方ないわなあ、足手まといはいらねえもんな。なあ、どうなのよ、ずっと一緒にやってきたやつらに追い出された気分は?」
愉快に笑う。
「はは、なにも言い返さない……それでも男かよ? 玉、ついてる?」
彼は俺に失格者の烙印を押す。
「戦わないで守られてよぉ……ひとりじゃあ、なにもできない雑魚なんざ――冒険者やめちまえよ」
なにも言い返せなかったのは、きっと俺自身も彼の言葉が正しいと思ったからだ。
俺が頑張ってきた理由。
俺が冒険者を続ける理由。
もういいんじゃないか、と思った。
なあなあで続けてなんの意味があるのだろうか。
むしろ俺が冒険者を続けて、あいつらに迷惑をかけてしまうのなら、いっそ――
「謝って!」
失意の中、その声が鼓膜を強く叩き、俺を起こした。
「ダレンのことなにも知らないくせに言いたい放題言うな!」
怒りの声の主は――ジェイミーだった。