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第11話 鍛冶屋と決断



「あー、こりゃあもう無理だ」


 愛剣である俺の太刀の状態を見てすぐの一言だった。

 予想していなかったと言えば嘘になるが、こんなにあっさりと言われるとは。


「なんとかならないすか?」

「あたしが無理っつってんだから、無理だ」

「そこをなんとか。ちゃんと見てくださいよ」

「見た――っつうか、こんなんあたしレベルになると一瞬でわかんだよ」

「キャベツとレタスの違いはいつまで経ってもわからないじゃないですか」

「緑のは全部、草だろうが。一緒だ、んなもん」


 一蹴された。

 有無を言わさぬ勢いである。


「そうすか」


 肩を落とし、近くにあった椅子にがっくりと沈みながら座った。


 あれから、時間も微妙だったため、夕飯にまた合流しようという話になり一旦彼女たちと別れた俺は行こうと思っていた専属の鍛冶師のところへ向かった。

 鍛冶屋『ピッツバーグ』。

 それを営むのが俺よりもひとつだけ年上のルエラ・レスコット。

 男口調の彼女は男の俺も凄まれたら謝ってしまうような怖い女性である。

 短い髪の毛ながらもそれをさらにまとめ上げており、いろいろとずぼらなところは男のそれと同じだ。大きな瞳に高い鼻と、見てくれはいいものの、いつ見ても顔には泥やら傷やらがあるため、なにもかもが台無しになってしまっている。

 スタイルもいいし、女子力というか、女子っぽくすればそれなりにモテそうなのだけど。


「なんだよ、男のくせに泣くなって」

「泣いてはいませんよ」

「そう落ち込むな。シェリルに振られたからって」

「なんの話すか!」

「え、シェリルに振られてここに来たんじゃないの?」

「武器の状態を診せに来たんですよ。てかまだ振られていませんし」

「へえ、まだねえ」

「うぐ……」


 墓穴を掘った。

 まったくもって俺が悪いのだが、ルエラさんもルエラさんで意地悪すぎると思う。


「てか、ほんとにパーティー抜けたの?」

「まあ」

「じゃあなに、いまはひとり?」

「いや、一応俺含めて三人でやっています」

「どんなやつら?」

「まだ初心者で」

「男? 女?」

「ふたりとも女で」

「なるほど、振られたから乗り換えたってわけか」

「だから振られたわけじゃないですって!」


 いや、似たようなものかもしれないけど。

 なんだかむなしくなってきたな。


「まあいいけど。客が減ったわけじゃないし」


 あっさりと言われる。

 うん、それもそうだな。関係ないと言えば関係ない。


「ああ、そうか。だからシェリルのやつこの間、ダレンのこと聞いてきたのか」

「俺のこと?」

「そ。来ていないかって。来ていないって言って、それで終わったんだけど」

「そうですか」


 俺の近況を知るには、受付嬢のパトリエさんか、ルエラさんかってわけか。

 けど、俺のことをねえ。そりゃあずっと一緒にやってきたのだから気にはなるかもしれない。喧嘩別れとかそんなことではないのだから当たり前と言われればそうなのだけど。

 少なからず追い出したことへの負い目があるのかもな。

 心配かけたくねえな。


「今度会ったら言っておくよ。女の子を侍らせているって」

「侍らせてませんから!」

「じゃあなにらせているんだ?」

「なにらせてもませんよ! てか、らせるってなんすか!」

「馬鹿だなあ。なせる、みたいなもんだよ」

「絶対違うことは確かだ」


 そう確信にも近いことを呟いていると、ルエラさんは俺の太刀を返してくれる。


「これ、ずっと使ってんだろ。さすがにあたしの腕でももう限界だ」

「……ですよね」


 いま一度、突き返され俺は強がるようにして笑みを作った。


 この武器とは俺が冒険者になってから五年間の付き合いだ。

 手入れから錆落としなど自分でできることはしっかりやってきたし、いままでに何度もルエラさんに直してもらって、なんとか戦ってこれたが、どうやらもうお別れになるらしい。


「同じのって作れませんよね?」

「無理だな。似たようなものはできても、同じのってのは」

「そうですよね」


 たとえ同じ材料であったとしても、やはり細かい部分で異なってしまう。

 わかりきっていることだけど、確認せざるを得ないくらいに俺にはこれが大切なものだった。


「未練を断ち切れってことなんじゃねーの?」


 その一言に俺は硬直してしまう。


「それ、あいつらからのプレゼントなんだろ?」


 思い出されるのは、冒険者になってまだ数ヶ月も経っていない時のことだ。

 ギルドで安く買った武器を使ってなんとかみんなに追いつこうとしていた俺にシェリルが代表して渡してくれたのだ。みんなで金を出し合って、俺のために。


「一緒に頑張ろう」


 シェリルは言った。

 アンセム、イヴ、マライアの三人も強く頷いていた。


 いままで俺がやってこれたのは、このことも大きな要因となっているだろう。

 彼らは信じていた。

 俺が追いつくのを。

 俺が強くなるのを。

 だから俺は――


「いい機会なのかもしれないな」


 愛剣からはここ最近、限界を告げる悲鳴のような音を何度も耳にした。

 それでも俺は使い続けた。

 違う――俺は縋り続けた。

 これがあれば俺は頑張れたから。

 これがなくなったら俺は頑張れないと、自分にそう言っているようなものだった。


「これ、処分しておいてください」


 俺は決然と言い、太刀をルエラさんに渡した。


「おいおい、なにも処分しろとまでは言っていないだろ。大事なものなんだから、家にでも置いておけよ」

「いやそれじゃあだめな気がするんです」


 俺は言う。

 新たな一歩を踏み出すために。


「俺はもうあいつらに頼るわけにはいかないですから」


 言うと、ルエラさんはふっと口元を綻ばせた。


「なんだよ。少し見ない間に言うようになったじゃねーか」

 よっしゃ、と言ってルエラさんはぽいっと投げた。


 俺の太刀をなんの躊躇もなしにガラクタの山に向かって、捨てた。


「いやいやいや! ええ!? そんな感じ!? そんな感じっすか!」

「なんだよ。ボッキボキに折って捨てたほうがよかったか?」

「ちがーう! 逆逆! もっと丁寧な方向でお願いしますよ!」

「んだよ、女々しいな。前言撤回。やっぱお前はまだまだだ」

「なにもあんな雑なお別れ方をしたかったわけじゃないんですけど」

「そんなんだから振られんだよ」

「振られてはいないって何回言わせるんですか!」


 ああもう! なんでこの人にシェリルが好きだってバレたんだろ! 迂闊だった!


「はーい、オッケー。過去とはこれでお別れ。未来の話をしようか」


 仕切りなおすようにルエラさんは座りなおす。

 片足を椅子に乗せ、ニヤリと笑う。

 ものすごく楽しそうだ。

 この人はいつもそう――武器を自らの手で作る、それが本当に楽しいのだと言う。


「ダレン。お前はどんな相棒が望みだ?」



――――



「うわああ」

「ほへええ」


 見渡す限りの武具の羅列に感嘆の声が漏れる。

 武器や防具といった冒険者の武具を専門としている店『パイレーツ』。

 店内にあるのはお手頃価格のものから簡単には手が出せない代物まで揃えられている。

 そんな店舗内に初めて入ったジェイミーとペトラは会話という会話ができていなかった。

 ただただそのアイテム数と見たこともない武具に圧倒されていた。


「ペトラ、ペトラ。これ、これなんてどう?」

「ど、どれ――」


 ジェイミーが指差したそれを目にしたペトラは失神しそうになる。

 桁が違った。

 自分たちのものとか、生活してきた中でこんな数字、見たことがなかった。


「無理だよぉ。というか、こっち側、すごい高いものばっかり」

「でもこれくらいのじゃなきゃ」

「わたしたちのお金、どのくらいかわかっている?」

「馬鹿にしないでよ。私だってわかっているもん」


 ぷりぷりと怒りながら先ほどもらった報酬金を数えるジェイミー。


「や、やっぱり入口のほうで見かけたやつにしよっか」


 数秒後、考えを改めたジェイミーが歩き出した。

 ペトラはほっと胸を撫で下ろし、それについていこうとする。


「なにか、探しているのかい?」

「「へ?」」


 突如、現れた壮年の男性にふたりは声を合わせて驚く。

 いきなり降ってきたのかと思ってしまうくらいの唐突な出来事に目を丸くするふたり。


「ははは。僕はずっとここにいたんだけどね。どうやらきみたちはかなり真剣に品物を見ていたようだね」

「え、あれ、そうだったの?」


 集中しすぎてなのか、迷っていたのか、まるで周りに気を配れていなかった。


「それで、なにか欲しいものはあったかい?」

「うーん」


 唸りながら顔を見合わせる。


「急に話しかけてごめんね。以前……というかずいぶんと前にも同じような子たちがいてね、すごく懐かしくなって、つい話しかけたくなってね」


 物腰が柔らかく、穏やかに笑うその人からは、こちらが怖がらないようにとの配慮が窺えた。


「なにか探しているのなら聞くよ。僕はこれでもここの経営者でね」

「経営者?」

「この店で一番偉い人のことさ」


 ジェイミーが疑問を口にすると、彼はわかりやすくそう言った。




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