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第10話 王国騎士団



「ええ!? ジェイミーとペトラが倒した!?」


 驚嘆の声がギルド内に響く。

 なんだなんだと声の発生源を冒険者やギルド職員たちが一斉に探し始めた。

 思わず大きな声を上げてしまった俺たちの担当である受付嬢のパトリエさんは「んんっ!」と恥ずかしそうに咳払いをした。


「ダレンくんほんとに?」

「はい。一体は俺ですけど、残り二体はこのふたりが」


 隣にいる小さな少女たちの手柄だと説明する。


「この子たち結構すごいんですよ。俺が少し助言したら見違えるように動きがよくなって」

「ふたりが……」


 パトリエさんは交互にジェイミーとペトラを見渡す。


「えっへー。どう? 見直した? もううるさく言わない?」

「ダレンくんがいなきゃ倒せなかったのに、なにを言っているのよ」

「ふん。でも倒せたもーん。もう楽勝楽勝」

「あらそう。じゃあどうしてそんなにお顔が腫れていて、ところどころ汚れているのかしら? もしかして泣いたわけじゃないわよね? ゴブリン相手に苦戦したわけじゃないわよね? だって楽勝だったのよね?」

「う……うう、パトリエの意地悪ぅうう!」


 矢継ぎ早に放たれたパトリエさんからの口撃にジェイミーはすぐに白旗を上げた。

 うん、調子乗るのはもうちょっと経ってからにしような。


「ペトラも魔法扱えるようになったの?」

「一応、援護するくらいには」

「そうだったの。すごいじゃない」

「あ、ありがとうございます」


 ペトラはジェイミーと違って謙遜する。

 こういう低姿勢の子には優しく褒めてくれるパトリエさんだった。


「パトリエ! 私も攻撃当たるようになったよ!」

「わかったわかった。おめでとう、一歩前進ね」

「えっへへぇ」


 なんだ褒められたかったのか。

 パトリエさんもべつに意地悪しようとしてしたわけではなく、普通に祝福したかったに違いない。その前にジェイミーがいらん言葉を言ったからああなっただけ。


「それもこれもダレンくんのおかげ。本当にありがとう」

「いや俺はほんとにアドバイスしただけなんで」

「そのアドバイスのおかげで倒せちゃうんだもん。すごいよ」

「やめてください。すごいのはふたりですから」


 褒められるというのは慣れておらず、俺は逃げるようにして少女たちに水を向ける。

 しかし彼女たちは俺の手を取り、にっこりと笑う。


「ダレンはすごいよ! ダレンの言うとおりにしたら簡単に倒せたもん」

「そうです。ダレンさんの的確なアドバイスがなければまた失敗しているところでした」

「だから俺はなんもしてないっての……」


 むずがゆく、俺は首筋を揉む。

 その様子をパトリエさんはニコニコと見つめていた。

 ああ、もう恥ずかしいったらない。こんなの俺じゃなくたってできるってのに。


「ダレンくんならきっとふたりの力になってくれるって思ってたけど、こんなすぐに結果が出るとは思ってなかった。ありがとね」

「ま、まあ一応引き受けましたからね」

「ふふっ。そうだったね」


 含み笑いをされる。なんか釈然としないな……。


「でもまだまだふたりだけでモンスターを倒せるってわけじゃないのね」

「いまの段階では、ですけど。ジェイミーとペトラのコンビならすぐ倒せますよ」


 太鼓判を押すとふたりは嬉しそうに破顔する。


「だといいけど」

「はは……」


 そこは厳しいパトリエさんだった。まだふたりきりでのモンスター討伐は先になりそうだ。


「じゃあ今回の報酬ね」


 お金の入った袋を渡される。難易度2なのでそこまでではない。

 でもジェイミーやペトラにとってはかなりの金額だったらしく、目を輝かせていた。


「ではまた」

「お疲れ様。またね、ダレンくん、ジェイミー、ペトラ」

「ばいばーい」

「失礼します」


 パトリエさんと別れるとすぐにまた違う担当の冒険者の相手をしていた。

 大変そうだな、とその仕事の熱心な姿を見送り、俺は少し歩いたところで止まる。


「ほれ、今日の報酬金だ」


 言って、俺は渡された報酬金をそのままふたりに渡す。

 受け取ったジェイミーは不思議そうに首を傾げる。


「ダレンは?」

「いらないよ。今回はふたりが頑張ったからな。ふたりが使ってくれ」

「ダレンも頑張ったよ」

「そうです。ダレンさんがもらうべきです」


 間髪入れずに反論される。

 予想どおりと言えばそうなのだが、もうちょっと年相応な感じでもらえるものはもらって欲しいんだけどな。


「ジェイミーとペトラにとっては記念すべき初討伐クエスト達成だろ? その証としてしっかり受け取ってもらいたいというかさ。……ふたり、頑張ったから、俺からのささやかなプレゼント的なものだと思ってもらいたい」


 忘れもしない。

 俺もアンセムたちと一緒に初討伐クエストを終えて報酬金をもらった時のことだ。

 採取クエストなどの時では味わえなかった達成感にめちゃくちゃはしゃいだ。

 これで冒険者として一歩成長した、とそう実感した。


 そんな特別なものを俺も分けてもらうのはちょっと違う気がしたのだ。


「けど今回限りだからな。次からは俺も報酬をもらう。そうしないと生きられないからな」


 腰を落として視線を合わせる。

 するとふたりは納得したのか、笑みをこぼした。


「えへへー、ダレンありがとー」

「ダレンさん、ありがとうございます」

「おう」


 大事そうに報酬金を抱え、目をキラキラとさせていた。

 嬉しそうにするふたりをしばらく見てから、俺は伸びをして出口をちらりと見やる。


「これからどうするかな。泊まるところはレオノーラがなんとか部屋を空けてくれたからなんとかなるから……でも時間的に微妙なんだよなあ。ふたりとも腹減って――とと」

「うおっと、びっくり」


 ふたりのほうを見て喋ってしまっていたため、人が来ていることに気づかなかった。


「あ、すみません、前見ていなくて」


 見るとそこには少年がいた。

 少年……で間違いないと思う。闊達そうな白い歯を覗かせ、笑みを作っている。

 背丈はジェイミーたちと似たようなもので、帽子から暴れるように髪の毛が飛び出し、まるで子供が寝癖を隠すようなそれであるが、しかしその厳めしい軍服がその子を子供とさせない。


「王国、騎士団……」


 王国騎士団。

 ロイヤルズ王国の治安と秩序を守り、自国と国民を外敵から守護する最強の軍団。

 陸海空を表すように茶、青、白の三色を基調とした服装であり、胸には矛と盾が刻まれており、それがロイヤルズ王国騎士団を示す。

 ここトロントもロイヤルズ王国内にある街ではあるものの、基本的に王都を守護する彼らがこんなところ――しかも冒険者ギルド――にいるなんてあまりないことだった。


「ん、ああ。ちょうどよかった。お兄さん、冒険者?」

「そう、ですけど」

「アンセム・ワーグマンの所属するパーティーがどこにいるか知らない?」

「アンセムの……?」

「お、もしや知り合い?」


 親しげにアンセムの名前を呼んだためか、問い返された。


「いや、まあ……というよりもアンセムと言えば、ここにいる冒険者ならだれでも知っているでしょうし」

「なるほど、それもそだねー」


 納得したように頷く。

 もとパーティーメンバーだったなどと言ったら面倒そうだったので伏せておく。


「アンセムたちになにか用なんですか?」

「うん、依頼したいことがあってねー」

「依頼、ですか」


 それで得心する。この手のことは何度かあった。王国から直々に任務という名のクエストを頼まれることは珍しくない。王国騎士団も暇ではないので、こうして各地にいる強い冒険者パーティーに声をかけて手を借り、こちらは見返りとして高い報酬金と実績が加算される。そのおかげでこんなにも早くAランクの冒険者になれたと言ってもいいだろう。


「そういうことなら受付の人に聞くといいと思いますよ。クエスト中なのか、そうじゃないのかも教えてくれると思います」

「そっか! そういうところがあるんだね!」


 こういったところに来るのが初めてなんだろうな。

 普通、冒険者ギルドって言ったら受付に行くのが常だというのに。


「でも騎士団の人がわざわざ足を運んでくるなんて珍しいですね」

「少し、用事があってねー。それとアンセムって人を見てみたい気持ちもあって」


 王国騎士団からの依頼はギルドを通じてされることが多いのでこんなふうに直でされるというのはなかなかないのだが、なるほど、アンセムのことを一目見たいのか。ということはこの人は騎士団に入って間もない人なのかもしれない。俺も何度か騎士団の人に会ったことはあるものの、この人のことは見たことがなかった。というかいくつくらいなんだろうか。


「ところで後ろの子は、お兄さんのパーティーメンバー?」


 首をぐいっと傾げて俺の後ろに隠れるようにしているふたりの少女を見ながら聞いてくる。


「そうですね。とはいっても、組んだのは最近なんですけど」

「ふうん、なるほど」


 興味深げに呟き、交互に見つめ続ける。

 恐縮しているのか、恥ずかしがっているのか、ふたりは戸惑いの色を顔に浮かべる。

 なんだ、好きになったとかか? はは、まだまだ子供じゃんか。


「セリム」


 少年の名前なのだろう、彼は声に反応して振り返る。

 そこには見上げてしまうほどの背の高い青年がいた。

 穏やかな印象を受ける青年は、大空を想起させるような色の瞳をしていた。

 アンセムのように整った顔立ちをしており、美青年、という言葉が彼にもっとも合うだろう。

 しかしそれを打ち消すような軍服が彼の畏怖と尊敬を抱かせる。


「レイスさん遅いですよー」

「突然消えたのはどこのどいつだ」


 呆れたように言い、頭を押さえる。


「お久しぶりです。レイスさん」

「ん、おお、ダレンくんか。久しぶり、元気していたかい?」

「はい。レイスさんのほうも、お元気そうで」

「なになに。ふたり、知り合いだったの?」


 割って入ってきたのは、セリムと呼ばれた少年だ。

 その声音から、自分だけ取り残されていることへの嫉妬が込められているように感じた。


 セリムという子は知らなかったが、この人のことは知っている。

 レイス・フォワード。

 まだ二十代前半ながらも第二部隊の隊長を務めているエリートだ。

 何度か一緒にモンスター討伐やら小悪党を退治したことがあるが、アンセムに負けず劣らずものすごい強い人である。貴族であり、英才教育を受けてきたのだろうけど、天才と言っても過言ではない。


「ああ。何度か彼には任務に来てもらっていてね。そうだ、ちょうどよかった。ダレンくんたちはいまクエスト終わった感じかい? 急なんだけど任務をお願いできないかと思ってね」

「ええ! お兄さん、アンセム・ワーグマンとパーティー組んでいるの!? でもさっきそんなこと言っていなかったじゃん!」

「ああ、そのことなんだけど、実はパーティーを抜けて」

「「抜けた?」」


 レイスさんとセリムという少年の声が重なる。


「喧嘩別れってわけじゃないんですけど、いろいろありまして。いまはこの子たちと組んでいるんです」


 説明になっているんだかいないんだかな感じだったが、レイスさんはなにか感じ取ってくれたようで、


「そうか」


 とだけ言った。


 まあおそらく、レイスさんも俺のことはなんとなくわかっていたのだと思う。

 彼クラスの人が歪なパーティーを見抜けないはずがないのだから。


「どゆこと?」

「冒険者にもいろいろあるってことだ」

「ふうん、よくわかんないなー」


 子供には難しいようで、眉をへの字にしていた。

 しかし特にそれ以上のことは興味ないようで、ふあっと欠伸を漏らした。


「まあでも――お兄さん。選択としては、めちゃくちゃよかったんじゃないかなー」

「んっと、そう、なんですかね」


 よくわかっていないようだけど、もしかして理解したってことなのだろうか。それともこの子はただジェイミーとペトラを見て、羨ましがっているだけなのだろうか。


「セリム」


 諌めるようにして名前を呼ぶレイスさん。


「すまなかったね、この子はセリムって言って、最近入ったばかりの新人でね。彼の無礼を許してくれ」

「いえ、全然」


 気にしていないというふうに首を横に振る。


「引き留めて悪かったね。アンセムくんたちはいないようだし、ギルドに任務の依頼をお願いしてくるよ。それじゃあ、また」

「ばいばーい」

「はい。お疲れ様です」


 頭を下げると、後ろに隠れていたふたりもぺこりと頭を下げた。


「ダレン、あの人たちは?」

「ああ、あの人たちは王国騎士団の人だよ。国のためにいろいろしてくれている人」

「あの小さい子も?」

「そうみたい。俺も初めて会った」


 自分と同い年くらいの子があんなすごい立場にいる人物だと知り、驚いたように声を漏らす。


「ペトラ?」


 固まったようにレイスさんたちを見続けるペトラに声をかける。


「えっ! な、なんですか?」


 びくりと肩を震わせ、驚いた反応をされる。そこまでびっくりさせちゃったか。


「いや、どうかしたかなあって」

「なにもないです。なにも」

「そうか。ならいいんだけど」


 とか言いつつも、俺はペトラがふたりを気にしていることは言われなくてもわかった。

 もしかしてレイスさんか、セリムって子のことが気になっているのかもしれない。

 ふうむ、最近の子供はマセてるなあ。

 なんて。子供の頃から一途に想い続けている俺が言えた義理じゃねえな。


「ペトラ。俺は応援するぜ」

「えっと……なにをですか?」


 とぼけられた。

 まあいい。レイスさんはどうかわからないが、セリムならば脈ありそうだ。

 陰ながら応援していよう……というふうにサムズアップする俺だったが、ペトラは曖昧な笑みを作るだけだった。





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