第1話 お荷物
燃えるような熱が全身を襲う。
防御も回避もできなかった俺は熱波を直接浴び、身体を地面にぶつける。
「ダレン。大丈夫か!?」
「……あ、ああ」
心配するアンセムの声になんとか応え、身体を起こす。
だが相当なダメージを負っているためか、うまく立ち上がることができない。
「イヴ。ダレンを頼む」
「わかりましたわ」
僧侶であるイヴにそう伝え、アンセムは巨竜に向かって行く。
万物を蹂躙するかのように鋭い眼光。
剣山のようにごつごつとした強靭な鱗。
口腔からは熱が漏れ、そこから覗くことができる牙は触れたらひとたまりもないだろう。
堅剛な威容を誇るその巨躯に俺はなすすべなくやられた。
火炎竜と呼ばれる竜だが、目の前にいるこいつはそんなやつの比じゃない。なぜならこいつは魔族の火炎竜だからだ。
魔族は通常のものとは違い、その強さは段違い。
単純に言うなら、クエスト難易度が1から3になるほどだ。
そして今回のやつは桁違いに危険。
竜族を相手にするなら最低でもBランク冒険者が受けられるクエスト難易度9だし、しかも火炎竜となるとAランク冒険者が受けられる難易度11以上が妥当。単独じゃあまず太刀打ちできない相手。そんな相手だというのに、魔族化した特徴のひとつでもある角が生えている。おそらく俺たちも経験したことがないクエスト難易度12以上のものに違いない。
「下がりますわよ」
「……悪い」
イヴに抱えられる形で戦場から下がり、回復魔法をかけられる。
相当なダメージを負っていたが、さすがはイヴの魔法、すぐに動けるくらいにまで回復した。
「まだ安静にしていてちょうだいな」
「そんなこと言ったって、あいつらだって戦っているし」
「またやられたいんですか、あなたは」
強く言われ、俺の足は止まる。
「イヴ! わたしたちでアンセムとシェリルの道を作るよ!」
「わかりましたわ」
弓士のマライアから指示を受け、イヴも戦線へ戻る。
彼女たちの弓矢と魔法が炸裂し、火炎竜が苦鳴とともに低空を余儀なくされる。
「――――」
俺の攻撃ではダメージすら与えることができなかった。
それなのに、遠距離攻撃でいともたやすく相手に隙を作らせていた。
「――はあああっ!」
裂ぱくの気合とともに放たれたシェリルの一撃が火炎竜の巨躯を揺らす。
細剣とその細い腕からは想像つかないほどの攻撃が見舞われる。
そのまま踊るように鱗を削り、血の雨を降らす。
しかし相手もやられっぱなしではなかった。
顔を歪ませながらもある場所にパワーを溜めていく。
「シェリ――」
危険を知らせようとした俺だったが、名前を呼ぶ前にそいつは現れた。
「ごめん。ありがと」
「あとは任せてくれ」
アンセムだ。
彼は火炎竜の口を剣を突きさして抑えつけ、熱を口の中で爆散させる。
自分の攻撃に焼かれ、絶叫する相手をアンセムは逃さない。
「っ――」
魔法により、炎の弾が相手を燃やす。
さらに焼き、灼き――業火絢爛に燃やし尽くされる。
「っあああ!」
一瞬だった。
山を真っ二つにするかの如く放たれた剣閃が火炎竜を絶命させる。
呻き声すら上げることなく大地に落ちた体。
悪魔のような相手に傷ひとつついていないメンバーたち。
「ふたりともさすがですわ」
「てか、すごくない? これSランク冒険者級の相手でしょ」
「ね、危なかった。アンセムほんと、ありがと」
「いやいやみんなのおかげだよ」
勝利を称え合う四人。
俺は規格外のメンバーたちの力を遠くで見守るしかできなかった。
ひとりだけボロボロの男が行ったところで水を差してしまう。
だから俺は動けないという言い訳をして、彼らの輪に入らなかった。
「情けねえな」
――とどのつまり、これが俺の現状だった。
☆☆☆☆
べつに俺は弱くない。
この世界では12歳になると例外なく神から恩恵を授けられる。
各地に存在する神の石碑。それに祈りを捧げることが条件。
恩恵は様々な職で効果を発揮する。
たとえば農業系の恩恵。野菜などの成長速度を上げることや多く収穫できるようなものが確認されている。
他にも物を見分けたり、客を呼び込める商業系。
武器の生成適性や品質がアップする製造系。
中でも一番多い恩恵が冒険者としてのものだ。
剣であったり弓であったりといったいろいろな武器の適性から、速度や体力といった身体能力アップのもの、敵影感知といった補助的なものまで様々ある。
俺たちのリーダーであるアンセムの恩恵は【逆境】と呼ばれるものだ。相手が強ければ強いほど自身の能力値が大幅に上昇するのだそうだ。なんともまあ、格好いいというか、強すぎるというか。選ばれるべくして選ばれた能力だと言えよう。
そして俺の恩恵は――
「な、なし……?」
なかった。
石碑にはなにも浮かんでこなかった。
稀にいるそうだ。どういうわけか、神様に見捨てられた者が。おそらく全人口の一割にも満たない割合で。
当時の俺は自分を呪った。
こんな確率があるものかと、悲観に暮れていた。
しかしそれでも冒険者になりたかった。
憧れていたから。
夢、だったから。
約束をしたから。
諦めきれなかった俺は愚直に努力を続けた。
恩恵などほんの手助けに過ぎないと開き直って、ただただ技術を磨いた。
確かに恩恵で適性の職に就くことが常であるが、それでもなれないわけではなかった。農業系の恩恵を授かった人が、商業系の恩恵を授かった人が、製造系の恩恵を授かった人が――冒険者となって活躍したということも聞いたことがあった。
だから俺は頑張った。
その努力が実り、俺は冒険者ランクを着実に上げていき、五年間でAランクにまでなった。
けど、その道程で俺はだんだんとわかってきた。
自分は彼らについていけないと。
自分は彼らのおこぼれを与っているだけだと。
自分は彼らにとってお荷物でしかないということを。
もちろん俺はそれなりに強い。
恩恵がない中でよく頑張ったほうだろう。
でもあんな恩恵に恵まれたメンバーたちには俺は並び立てないと悟った。
最強パーティーと呼び声高い彼らと俺とでは違うのだと。
アンセム・ワーグマン。
シェリル・オケラー。
イヴ・バタラーズ。
マライア・キャンロム。
そしてダレン・ソルビー。
小さい頃からよく遊んでいたメンバー。
昔馴染みということで自然とパーティーを組むことになった。
最初こそ俺がリーダーとなって先頭に立っていたが、徐々にその差が開いていき、恩恵という名の限界点の差をついぞ埋めることはできなかった。
「いたいた、ダレン」
冒険者ギルドのエントランスにあるソファに座っていると、シェリルがやってきた。
長い黒髪を棚引かせ、成長した胸部を揺らす。
「ギルドに報告は終わったのか?」
立ち上がって応じる。
「うん。異常事態だったから、詳細な報告をってことで長引いちゃって」
急いでやってきてくれたのか、少しだけ息を乱していた。
彼女のその姿を近くで見て、本当に綺麗だな、と思ってしまった。
きめの細かい白い肌に、しなやかな肢体、そして柔い臀部。
小さい頃からずっと見てきたシェリルだが、ここのところ色気が増してきたように思う。昔は身だしなみとかそういうことに気を遣うようなやつじゃなかったのに、最近では前髪やら肌の状態やらを気にするし。クエストを受ける時以外はおしゃれだってするようになった。
恋でもしているのだろうかと変に勘ぐってしまう。
「面倒だな。被害なしってことでいいだろ」
「一応魔族化した相手だったからね、そうも言ってられないのよ」
モンスターの魔族化。
ここのところ、魔族化したモンスターの報告があちらこちらで上がっている。
おそらく、魔王が復活しただろうと噂されているが正確にはわかっていない。
王国騎士団も調査しているようだが、まだ魔王自体は確認されていない。
「よし、終わったんなら行くか」
「うん。……あ、ダレン」
「なんだ?」
「怪我、大丈夫?」
攻撃を受けた箇所を心配げに見ながら言われる。
火炎竜との戦闘で負ったものはもうすでにイヴに治してもらった。痛みなどない。そのことを知っているのだろうが、きっとシェリルは自分の失態だとでも言いたいのだろう。
「大丈夫だ。つか、俺が闇雲に突っ込んじまったからいけないんだ。気にするな」
「でも、魔族化した相手だってわかってたらこんなことには――」
「大丈夫だったんだから気にするなって」
俺は笑って元気であることをアピールする。
するとシェリルはどこか言いづらそうに目を伏せる。
「あいつらも待っていることだろうし、早く行こうぜ」
「……ねえ、ダレン」
おもむろに口を開いた。
「何件か私たちも魔族化したモンスターを相手にしてきたからわかると思うけど、きっとそういう依頼が今後増えてくると思うの。高難易度のクエストもいままで以上に増えるだろうから、それらを私たちが請け負わなきゃいけなくなってくるかもしれない」
「……そう、かもな」
「今回みたいに異常事態だって発生するかもしれない。いきなり魔族化したモンスターと対峙しなきゃいけなくなってくるかもしれない。……運よくみんな無事に帰ってこれたけど、もっと強い相手と戦うってなったらわかんないし、イヴの魔法で治らない怪我を負っちゃうかもしれない」
大きな瞳が儚く揺れる。
シェリルがなにを言いたいのか、なにを伝えたいのか。
長い付き合いだ――そんなもの、わからないわけがない。
優しいからな、シェリルは。
直接言わないでくれる。
「だからね……」
ふと、他のメンバーのほうを一瞥する。
そこにはアンセムを含めた三人ともうひとり知らない顔の人がいた。
なにやら仲睦まじげに見える。
そういえば、パーティーに耐久役が必要だとかなんと言っていたっけ。
そう考えると、あの彼はパーティーに勧誘されたとかなのだろう。
なるほど。
やっぱりそういうことか。
一番付き合いの長い、シェリルにその役を務めさせたのか。
「ダレン……、私さ――」
「抜けるよ」
この言葉を待っていたのだろう。
こうして欲しかったのだろう。
お荷物は――いらないんだ。
「迷惑、かけたな」
言わせるなよ。
同い年の優しい女の子に。
好きだった――女の子に。
「いままでありがとな」
俺は言う。
悲しい感情を押し殺して、どこまでも軽い口調で。
「今日限りでパーティーから抜けるよ」
そして俺は、一度たりともシェリルを見ることなく、決意が揺らがない内にリーダーであるアンセムにパーティーを抜けることを報告した。