3話
「……ごめんなさいね、ミーデン。あなたにこんなことを頼んでしまって。」
「貴女の方が心苦しいでしょう?お気になさらず。これから、あの子を受け入れる班のメンバーをお見せします。とてもいいタイミングで。……きっとムクも気に入ります。」
コロッセオを俯瞰するガラス張りの部屋。そこで会話する男女が一組。忙しなく作業する職員たちを尻目に最前列でコロッセオを見下ろす。
「ねぇ、ミーデンお兄ちゃん。ここ、全部ミーデンお兄ちゃんの物なの?」
紫がかった銀髪、愛らしい少女が男に言う。男はその口調に反してまだ若い。22、3だろうか。小麦の肌は若々しく、柳のようにしなる銀の髪を緩くまとめている。金の瞳は落ち着いた雰囲気を醸し出す。
「僕のではありませんよ。ここペリオンは僕のお父様のものですから。」
少女を前に彼はしゃがみこむ。目線を合わせてそう話す。固かった表情は和らぎ語気も少しだけくだけている。
「そうなンだ。それは……あんまし興味ないけど……すごく広くて綺麗!サンテックスも素敵だと言うと思うな!」
少女は朗らかに笑う。青年……ミーデンは少女の頭を撫でた。立ち上がり、少女に背を向けたとき、彼の拳がきつく握りしめられ震えていたのを少女の母親は見逃さなかった。
「所長、そろそろ始まります。」
職員の一人が言う。
「わざわざ言わなくても良くない?」
少女が母親に言う。母親は人差し指を唇に当てる。ミーデンが頷く。ムクに対してではなく、職員に。
「わかりました。何かあったら至急中断するように。」
彼の言葉に職員たちが頷く。
「では、開始します。目的はあくまでムク嬢と彼女の母君に第4班の様子を伝えること。死者などは決して出さないように!」
◇
「んじゃ、行ってくるねぇ。」
試合形式は一騎討ち。10カウント起き上がれなかった方、もしくは降参した方が負け。試合は7戦。多く勝った班が全体の勝者となる。明らかにこちらの班が人数的不利である。
一番最初に出るのはNo.34。最後まで反対していた割にはいつも通り笑っている。
「寝不足が祟らないといいけど。」
俺がこぼす。するとNo.06がからかうように脇を小突く。
「それはお前も言えない。」
ごもっともである。
No.30が弓矢のメンテナンスをしながら笑いを堪えている。彼女は元より不眠症の性質があるから昨日の夜も眠れなかったらしいが今までの眠れない夜を思えばなんてことない、と言っていた。正直、心配すぎる。
そんなことを言っている間にNo.34はコロッセオの中心部に到達していた。相手は大柄な男子。小柄なNo.34を見下ろしている。
「ん、あ?お~アレ、長範じゃん!久しぶり~!元気してるか~?!」
コロッセオの向こう岸、第2班の陣地に座る男性に義経が手を振る。気の抜けた、成人男性にしては高めの声が会場に響き渡る。
「長範って言うとあの盗賊の……?」
No.100が言う。
熊坂長範。平安時代に悪名を轟かせた大盗賊。最期は源義経に成敗されたという。
「そそ。アイツも悪い奴じゃあないけど悪人だ。僕が滅ぼした。だからまあ……34は勝つよ。」
刀を鞘から抜いて、No.34が駆け出す。相手の男子……No.79は長棒を振り回す。それは彼の頭上で変形し、薙刀となる。薙刀が起こす砂ぼこりをかき分け、No.34は駆ける。薙刀の突き。No.34はそれを軽く躱してみせる。
「あたしを殺すなら、もっとちゃんと狙いを定めなきゃ!」
そう言って笑うと彼女は刀の峰で薙刀を突き上げる。No.79の足元が空く。そこにNo.34は滑り込んでふくらはぎに刀を突き刺した。
「ぐがっ……!」
尚もNo.79は斃れない。薙刀がまた、彼女の方へ向く。もう一度No.34は駆け出す。
「やっぱすごいね、34!」
「流石源義経の来世だろ!」
歓声をあげる俺に義経が返す。自信過剰ではない。その自信を見せるだけの実力が源義経にある。天は彼に何物も与えたらしい。
No.34はNo.79の薙刀の柄を駆け登る。が、大きく振るったNo.79にふるい落された。転がり落ちた彼女が受け身を取る。片手をついて体勢を低くする。
「ほら34、お前はそんなもんじゃないだろ!」
カタカタと笑いながら義経が言う。その声に答えるでもなくNo.34は大きく前に飛び上がった。やがて彼女の右足は薙刀の切っ先に収まった。そこからもう一度、今度は高く跳躍。
「やぁぁぁぁぁぁ!!!」
猛々しい声と共に彼女は空中で一回転する。やがて彼女の右足はNo.79の鼻面にクリーンヒットした。
「……すごーい。」
「すごいな。」
「ほんとすごい。」
「すごい。」
俺たちはただそう言うことしかできなかった。それくらい見事な飛び蹴りだった。義経は満足そうに笑っている。弁慶ともこうやって会ったんだよなぁ、これからあの二人、仲良くなるかも。だなんて言いながら。寝不足とか彼女には関係ない。体術の訓練ではいつだってトップ。前世の影響とかそんなんじゃなくて、ずっと一人で練習していたのを俺たちは見ている。
倒れこんだNo.79の首筋の数センチ横に、刀を突き刺した。動いたら首を落とす、そう言わんばかりに。鳩尾には左足の踵を押し込んでいる。あれだけ大きい得物を前にして彼女は、無傷で勝ったのである。
◇
「すごいすごい!ペリオンってこんなにすごい人がたくさんいるんだねェ!」
少女がガラスに顔を押し当てて歓声をあげる。背もたれのないソファに座った彼女の母親とミーデンはそれを見ている。
「No.34は真面目な子でして。マイペースですが優等生ですよ。」
ミーデンがそう言うと少女は「ふーん」と声を漏らす。
「あの子も第4班でしょ?すごく素敵な班だね、ミーデンお兄ちゃん!」
キラキラした目でミーデンに言う。瞳の色は母親と同じ紫色だ。
「素敵だと思ってくれるのならば、嬉しい限りです。悪い子なんていないですよ。」
自分たちには決して向けない柔らかな微笑みを湛える所長を見て職員たちは思う。彼はペリオンの子供たちを愛しながらもペリオンのことは愛していないのだと。
「所長も可哀想なお方ですよね。」
などと、彼に聞こえぬように古参の職員たちは声を漏らしていた。
◇
「お疲れ、見事だったよ。流石34。」
俺たちの方に戻ってきたNo.34にNo.100が声をかけた。口角を上げて、穏やかに笑っている。目元は見えないけれどきっとあの赤い瞳を嬉しそうに細めているに違いない。
「まぁね。振り落とされたときにはヒヤヒヤしたけど。次あんたでしょ?頑張れぇ。」
若干憔悴した顔でNo.34が答える。自分の番が終わったことに安堵するのと「あ、多分6戦目をやるのは自分だな」ということを察したのが半分。椅子に座ると水をごくりと一口。もう一度No.100に笑いかけて手を振った。
「おかえりー。もうちょい上手くやれたんじゃない?」
義経が声をかけたがNo.34はわかりやすく無視をする。なんというか、いつも通りの二人だ。
「それじゃあ僕も行くよ。傷が少なかったら僕が7戦目に出るからみんなは気楽に。」
No.100はそう言って大剣を手に取った。大剣と言っても彼の腰より若干低いくらいの位置。俗に言うスパタだ。彼が幼いときに自分で仕立てたらしく、当時の彼にとってそれは『大剣』だった。だからNo.100はまだそのスパタを大剣と呼ぶ。三つ子の癖は百まで、ということだ。それが俺たちにも移ってしまったので俺たちもまたあのスパタを『大剣』と呼ぶ。俺たちにとってあれより大きい剣は『めちゃくちゃでかい大剣』なのだ。
「100。……上手くやれよ。」
アイネイアスが声をかけた。相変わらずの仏頂面で、本当に心が籠っているのかは俺たちにはわからない。
「……。」
No.100が前髪を撫で付けた。なにも答えない。こっちも、いつも通り。義経とアイネイアスは誰にでも好かれるタイプの人間ではない。だから多分No.34とNo.100は前世の彼らを好きになれなかったというだけだろう、と俺は思う。それから、「もしかしたらホメロスも来世の俺を嫌ってるのかなぁ」、だなんて。
「何変な顔してんの。アンタらしくもない。……アイツらの不仲なんて見慣れてるでしょ?」
No.30が言う。そういう彼女も、グレイさんのことはあまり好きではない。
俺は少し前に出て、観客たちを見上げる。ガラス張りの空間には俺と10歳も歳が変わらなそうな所長がいて、その横には見慣れない小さな女の子がいる。コロッセオの周辺にあてがわれた観客席は班ごとに分かれている。俺は思わず第9班の席に目をやった。俺の女神様。No.48が緊張した面持ちで、競技場の中心へと歩いていくNo.100を見つめている。きっとNo.34の時も手に汗を握って彼女を見ていたのだろう。俺の視線には気づかない。当然だ。
「何、またあの子のこと見てるの。」
No.06が声をかけてくる。長槍を弄りながら俺の横に座る。涼やかな視線に当てられれば、男でも女でも思わず見とれてしまう。何年も……物心ついた時から一緒にいるけれど、彼の顔の良さには相変わらず馴れない。俺でもこれなのだから、面食いな女の子たちは一溜りもないだろう。きっとコイツが競技場に出ただけでコロッセオは黄色い悲鳴で包まれるんだろう。
「お前はペリオン一のイケメンじゃん。あの子だってお前のこと一番応援してると思うよ。」
「そう言ってるのが正真正銘のペリオン一のイケメンじゃなかったら俺も調子に乗っただろうな。……それに、俺はホメロスも顔を見せたがらない人間だぞ?」
思わず自虐的な笑いを見せてしまう。
正直言って前世の詩人が顔を見せないのはめちゃくちゃ怖い。いつ死ぬか、どう死ぬかもわからない。No.30は17になるまでには死ぬ。俺たちより一歳年下の彼女の前世はジェーン・グレイ。17で処刑された悲劇の王妃だ。だから彼女はいつだって怯えている。だけど、明日が明るいか暗いかもわからない俺も怖い。ホメロスは、盲目の詩人で孤独に死んだと言う。伝承は少なく、その人生は謎に満ちている。いつか俺も視力を失うのだろう。それは明日でもおかしくない。
そんな俺の言葉を聞いてNo.06の眉尻は少し下がった。彼の表情筋は動きにくいがわかりやすい。すぐに目を細めた。
「それはホメロスがお前の良さを理解できないクソ親父ってことだろ。……お前のパールヴァティ様に漢を見せてやれよ。」
「パールヴァティ?」
ホメロスに対する批評はあえて無視をする。
「ん。シヴァ神の妻の一柱でそれなりに有力な女神だよ。ほら、あの子の前世はラクシュミー・バーイーだろ?だからインド神話。んでお前は立派なシヴァ神って訳だ。」
No.06の知識量は他の皆と比べるととてつもなく多い。とはいえ俺もパールヴァティくらい知っている。……彼女にはぴったりだと思った。
親友と話して、なんとなく安心した。ふと競技場を見やる。No.100はとっくに競技場の中心にたどり着いていた。だけど、第2班のメンバーが誰も出てこない。
「……なんか、揉めてる?」
俺の呟きに答えるようにNo.30が後ろから言う。
「No.25?がどうしてもNo.100と戦いたいって言ってるらしいよ。……ほら、あの紫の。」
No.30が指を指した先を見る。小柄な少年。翡翠の目をしている。大柄な第2班のメンバーに囲まれて、負けじと声をあげている。
「アレ、あの子ってさっきNo.100とNo.13に声かけてた子だよね?」
No.25は他の班員の間をすり抜けて無理に競技場に出ていった。武器はローマ式のナイフ、グラディウス。文句を言う班員たちに向かってナイフを一振りすると、ナイフの刃はバイオリンに似た音を鳴らして炎を渦巻かせた。
俺たちは、前世の偉人たちの逸話だとか偉業を具現化させたある種の能力を使う。短い寿命と交換に、その力は俺たちを魅了する。
「……炎だ。」
俺は呟く。
No.25は目を輝かせながらNo.100と対峙する。
「嫌な臭いだ。」
アイネイアスが小さく呟いた。
二回戦が、始まる。
No.25はショタです。