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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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雪見の初恋疑惑

「ただいま帰りました」

 仕事を終えて帰宅した桜は、いつもと違う様相に内心首を傾げた。

 毎回忠犬よろしく玄関までお迎えをしてくれる雪見が、一向に出てこない。時刻は夜の十時過ぎ。遅い時間ではあるが、雪見はだいたい十一時まで部屋でイラストを描いたり、勉強したりしている。

(疲れて寝たのかな?)

 今日、雪見が学園で立川なる教師に侮辱された(そして教師を叩いたと聞いたが、そんなことは些事である)ことは継母グループラインで情報共有されている。すぐさま正妻である椿が学園に乗り込み雪見を救出したとのことだったので、大事には至っていないだろうが、きっと気疲れしたのだろう。最年少とはいえ、自分も雪見の継母の一人。ここは娘を煩わせた『御礼』を立川にしておくべきだろうか。

 そんなことを考えつつ明かりのついているリビングまで足を運んで、桜は思わず「え?」と間の抜けた声をあげた。

「お帰りなさい」

「遅かったわね」

 食卓テーブルを挟んで向かい合っていた真弓と椎奈が口々に言った。

「お二人とも、珍しいですね」

 まず真弓が起きていること。夜の十時から明け方の三時までは『お肌の再生時間』などと称してさっさと就寝する彼女が、十時を過ぎても部屋に入るどころか寝間着に着替えもしていない。

 次に椎奈がここにいること。真弓と同様に椎奈もまた寝るのが早いーー彼女の場合は朝食と雪見の弁当を用意するために早起きしているからなのだが。椎奈はいつも夕食の片付けが終わったらすぐに隣の自宅に戻っている。しかし今日に限っては、帰る気配はなく茶まで淹れてくつろいでいる。

 そして、真弓と椎奈が喧嘩するわけでもなく茶をしばいているこの状況。雪見の前ですら嫌味の応酬を平気でする二人が、だ。大変貴重な光景だった。

「ちょうど良かったわ。あんたにも聞きたいことがあるの」

 真弓の手招きに応じて、桜は鞄を置いて隣に座った。

「一体どうしたんです? あの立川とかいう教師の件は奥様が後処理をなさるのでしょう?」

「その件はどうでもいいの」

 真弓は二人を見回して、深刻な面持ちで告げた。

「あの子、最近おかしいわ」

 固有名詞を挙げなくても誰のことかは明白だ。白羽成政の妻と愛人が気にかける『あの子』と言えば、伊藤雪見以外はありえない。

「教師をはたいたことですか? まあ、普段大人しいあの子にしては珍しいとは思いますが」

「そうじゃなくて」

 真弓は的確な言葉を探すかのように視線を宙へ向けた。

「……最近帰りが遅いし」

「部活も入りましたし、図書委員にもなったみたいですよ。忙しいんじゃないんですか」

「よく歌を口ずさんでいるし」

「「何を今さら」」

 桜と椎奈の声がハモった。

 継母ならば誰もが知っている雪見の癖だ。絵を描くのが好きな雪見は、熱中していると歌を口ずさむ。曲目は民謡だったり、やたらと懐かしい昭和の歌謡曲だったり、ヴァイオリンの名曲の一節だったりとーー要するに、一緒に暮らしている真弓の影響を受けているのだ。

 正直に言うと雪見はあまり、いやかなり歌が下手だ。歌詞を間違って覚えていることも多々ある。が、それを指摘する継母はいない。『集中しているところを邪魔してはいけない』というのが建前。本音は『かわいいのでそのままにしておこう。雪見に嫌われるのは困るし』だ。

 歯に衣着せぬをモットーにする真弓だけは「下手ねえ」と鼻で笑っているが、そんな雪見の癖を一番気に入っているのは、他ならぬ真弓だった。仕事が休みの日は雪見を連れて演奏会に行ったり、好きなCDを聴かせたりしている。

「以前は絵を描いている時ぐらいだったんだけど、最近は皿洗いをしている時もお風呂に入ってる時も歌っているのよ。しかも集中しているというよりは、どうも上の空で」

 真弓は思い出したように付け足した。

「あと曲目が変わったわね」

「曲?」

「前は『絶体絶命』とか『かもめが飛んだ日』とか……あと『つぐない』とか『敗戦投手』とかだったんだけど」

「なんで破局の歌ばっか聴かせてんの」

 椎奈が指摘する。たしかにその通りで、それも女性が男性を振るパターンの曲が多いような気がする。そこはかとなく真弓の意図を感じた。

「私の趣味よ。でも最近は全っ然違うの。『シルエット・ロマンス』とか、この前なんか山口百恵の『秋桜』歌ってたのよ! ありえないわ。あの子、一体どこに嫁ぐつもりなの⁉︎」

 選曲のレトロさはさておき、恋歌ばかり。『秋桜』に至っては翌日に結婚を控えた娘が母を想う曲だ。大幅な路線変更と言えーーなくもない。

「くだらない」

 椎奈が一蹴した。

「雪見はまだ十五よ。恋に恋するお年頃なんだから歌ごときで」

「私は十八で前の男と結婚したわ。桜が旦那様と出会ったのは十四の時よね?」

「ま、まあ……そうです、けど」

 しかし真弓も自分もかなり特殊なケースだ。雪見が同じような道を辿るとは思えない。

「きっと学校でちょっと顔のいい同級生の男に一目惚れして夢中になっているのよ。あの子世間知らずだから」

「女子校ですからそれは」

「ないってどうして言い切れるの⁉︎」

 男子生徒のいない学校だからだ。至極当然の理屈をしかし、真弓は頑として受け入れようとしない。

「相手の男は雪見が白羽成政様の嫡子であることを調べ上げて、権力とお金目当てて雪見を誑かそうとしているかもしれないわ……嗚呼なんて恐ろしい……っ!」

 むしろ継母が七人もいるおかしな家庭と知った時点で、大抵の男性は逃げ出すと思うが。

「阿呆くさ」

 付き合いきれないと判断したらしい。椎奈は会話の終了を示すかのように椅子から腰を上げた。

「明日、燃えるゴミの日だからまとめておいてよ。洗面所のも忘れないで」

「燃えるゴミと雪見とどっちが大切なのよ!」

「あんたの妄想もついでに出しておきなさい。じゃ、おやすみ」

 取り付く島もなく、椎奈は帰っていった。お隣に。

「なんて薄情な女なの。あれでも母親⁉︎」

「七人もいますからね」

 戦慄く真弓の耳に、桜の呟きは届かなかった。

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