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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第四章
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雪見と七人の継母

 帰宅の道すがら、雪見は継母達のことを考えた。

 椿を模した飾りのついたかんざし。真珠のネックレス。片方だけのピアス。ルビーの指輪。金のブレスレット。糸のついたままのボタン。白い鳩のブローチ。継母達との思い出は雑然とした装飾品で始まる。椿を始めに成政の奥様達の挨拶に回った際に、一人一人から贈られたものだ。成政の後継者として認められた証でもあるそれらは、雪見の宝石箱にしまっている。

 それから十年近くが経とうとしている。今でも雪見は自分が何故後継者に認められたのかわからなかった。

 実母である紅葉が亡くなっているため、どこの派閥にも属していないことが功を奏した、とは真弓から教えられた。それまでの後継(志願)者は、椿や愛人の誰かしらの親戚だったため、他の愛人達に反対された。その点雪見は椿でも柚子でも椎奈でもーー誰の養子にでもなる可能性がある。反対する理由がなかったらしい。

(でも、それだけで引き取ってくださるものなのかしら)

 雪見が白羽家の後継者の席に居座っているせいで、あきらめざるをえなかった人は数え切れない。自分が気付いていなかっただけで。あえて見て見ぬふりをしていたが、中には自分よりもずっと優秀な人もいたはずだ。

「お帰り、雪見」

 玄関で迎えてくれた桜に、雪見は戸惑いながら「ただいま戻りました」と返事した。いつも帰りの遅い桜が自分よりも早く帰宅していることに驚いた。

「珍しいですね、今日は早く終わったのですか?」

「まあ……色々とありまして」

 桜は言葉を濁した。

「それよりも、文化祭の準備は終わったの?」

「クラスでは劇をやりますが、私は小道具係ですし、もう役目を終えています。創作文芸部の方も大丈夫です、おおむね」

 文化祭当日に創作文芸部で販売する部誌は昨日、印刷所から納品された。残るは展示する絵だが雪見の作品以外は揃っている。一つくらい減っても支障はないだろう。

 問題はーー千歳だ。正確には黎陵高校管弦楽部の皆様。文化祭当日、練習の合間を縫って雪見が描いた千歳の肖像画を見に足を運んでくれるという。

(……なんて説明しよう)

 我ながら薄情な話だが、昨日副部長の牧野花音から『昼前に行くねー』とメッセージが送られてくるまで失念していたのだ。絵が台無しになったことを伝えていなかった。

「作品を掲示することができないのは残念ですが、致し方ありません」

 変な意地を張らずに継母達に見せれば良かった。自己満足でもいい、自分が頑張った成果を見てほしかった。

 しかし元を正せば自分の不注意が招いたことだ。今さら言ってもどうしようもない。花音にも連絡して詫びようと決める。

「あー……そのことなんだけど」桜は視線を泳がせた「ちょっと色々ありまして」

「色々とは」

「ちょっとした出来心といいますか、皆考えることは一緒だったといいますか」

 自分で言っててわからなくなったのか、桜は肩を落として観念した。

「とりあえずリビングに来てくれる? みんないるから」

 桜に手を引かれるまま雪見は帰宅早々リビングへと向かう。いつぞやと同じように椿を始め、継母達が揃って雪見を出迎えた。ただ一人、百合の姿はなかったが。

「何かあったのですか?」

「ええ、大変由々しきことが発覚しました」

 椿に促されて、柚子が前に進み出る。沈痛な面持ちで差し出したのは一眼レフのカメラだった。

「なんですか?」

「すまん。出来心だったんだ」

 受け取ったカメラのメモリーを雪見は確認した。見覚えのある部屋。乱雑に筆や絵具を出しっぱなしのパレット台。イーゼルに立てかけてあるのはーー雪見は目を見開いた。

「これ……」

 描き途中の油彩画だった。撮影日は三週間前。

「雪見がトイレに立った時に、その……たまたま」

「嘘おっしゃい。桜と共謀して観察記録みたいに毎日しっかり撮影してるじゃない」

「そう言う真弓だって、こっそり完成画を撮ってデータを印刷所に持って行っただろ!」

 証拠の印刷所のレシートを真弓に突きつける柚子。椎奈がわざとらしくため息をついた。

「阿呆くさ。あんた達そんなことをしてたの?」

「椎奈モ同ジ」

 菫が薄桃色のタブレットを掲げた。椎奈が台所にいつも置いて音楽を聴いたりしているタブレットだ。血相を変えた椎奈の前でパスコードを入力して写真一覧を映す。ヴァイオリンを構える千歳の横顔、を描いた油絵がいくつも保存されていた。

「あ、あんただって、雪見が寝込んでいる間に原本盗んで複製画作ったでしょう!」

「奥様ニ渡シタラ三時間デ作ラセタ」

 悪びれるどころが誇らしげに菫は額に納められた複製画を取り出した。現代技術恐るべし。キャンバスではなく薄い紙とはいえ、本物と見紛う程の偽物コピーだった。

「……え、どういうことですか」

 雪見は状況を把握することができなかった。

「なんで皆さんがあの油彩画を」

「だって見たかったんだもん」

 ふてくされたように真弓が言う。

「いい歳した大人が『だって』とか言うな。恥を知れ、恥を!」

「毎日部屋に侵入して盗撮した変態に言われたくないわね!」

「へ、変態だと……っ!」

「落チ着ケ、変態」

「黙れ菫! 勝手に絵を持ち出す奴があるか」

 あ、これはもう駄目だ。長年の経験から雪見は悟った。予想違わず、雪見の目の前で継母達が昼ドラばりの醜い女の戦いを繰り広げる。

「御近所迷惑ですよ、皆さん」

 嗜める椿の声も届かない。そもそもこの部屋の周辺には誰も居住していない。

 雪見は小さく吹き出した。自分でもどうしてだかわからないが、笑みがこぼれる。

 認知されているとはいえ自分は愛人の子だ。後ろ盾もない。この中にいる誰かが成政の子を生んだ時点で自分はお役御免になることを雪見は知っていた。

 でも困ったことに、今の立ち位置を誰かに譲ることはできそうにない。白羽家の財産や権力にはあまり興味はないが、今の生活を雪見はとても気に入っていた。毎日が楽しくて仕方がなかった。

 ずるくてワガママで強引で、いつも一生懸命でーーそんな継母が雪見は好きだ。

 だからもう少しだけ、この人達の娘でいたかった。

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