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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第四章
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継母は迷探偵

 一刻も早く原因を追求せねば。犯人の身が危ない。 

 理性的な対応を頼んで聞き入れるような継母ではないことは重々承知している。継母よりも先に犯人を特定しなければ。

 使命感を胸に雪見は授業を終えた後、現場である展示教室に向かった。関係者以外立ち入り禁止ではあるが、そこは白羽家の力を借りて許可を得た。

 二日経って床は完全に乾いていた。教師から預かった鍵で教室の扉を開けてーー雪見は卒倒しそうになった。

「授業お疲れ様」と柚子。

「遅カッタナ」と菫。

 そして二人の前には千歳が立たされていた。背中にエアガンを突きつけられている。

 ツッコミ所が多過ぎた。

 何故学校内に保護者二人が普通にいるのだろう。そして鍵がかかっていた展示教室内にどうやって忍び込んだのだろう。今朝寝込んでいたはずの柚子が何故復活しているのだろう。菫は何故テロリストよろしく千歳にエアガンを突きつけているのだろう。そう、千歳。何故彼はここにいるのだろう。

 千歳はガムテープでぐるぐる巻きにされているのもあり、微動だにしない。怒鳴るどころか口を開こうともしない。しかし顔を見れば不機嫌なのは一目瞭然だ。眉間に皺を寄せ、雪見を見据えている。鋭い眼光に雪見は後退りそうになった。

「あの……一体何故、秋本さんがここに?」

 怒気と嫌な予感だけが際限なく高まっている。一触即発の状態を無造作に菫が打ち砕いた。

「コイツ、怪シイ」

「秋本さんなわけがないでしょう!」

 雪見は菫を叱りつけた。慌てて千歳を拘束するガムテープを剥がす。

「ごめんなさいすみません! とんだご無礼とご迷惑を、あの本当に申し訳ございません!」

 怒りを堪えているのだろう。千歳のこめかみがひくついている。

「菫さんも謝ってください早く」

「いや、菫の言うことも一理ある」柚子までもが妙なことを言い出した「秋本氏には残念ながら動機がある」

 追随するように菫が深く頷いた。

「おかしいとは思っていたんだ。拉致拘束監禁の上、個人情報まで身ぐるみ剥がされたというのに親切にモデルを引き受けるなんて」

 非常識だという認識があるなら今まさに同じ行為をしていることも自覚してほしかった。

「秋本氏はモデルを引き受けて、雪見が一生懸命描いた絵を完成した後に台無しにするつもりだったんだ。最初から復讐を企んでいたに違いない」

「イマイチ状況が読めねーんだけど、あの絵がどうかしたんか?」

「とぼけるな! 雪見はな……雪見は、寝食も惜しんであの絵の制作に勤しんでいたんだ。それをお披露目間近に水浸しにするだと……っ! 人間にはやっていいことと悪いことがある!」

「万死ニ価スル」

「価しません。落ち着いてください」

「水浸し?」千歳は目を見開いた「アレが? マジかよ」

「見え透いた嘘を! あくまでもしらばっくれるというのなら、こちらにだって考えがある」

 ジャキンと菫がエアガンのスライドを引いた。混乱を極めた事件現場に雪見は深いため息をついた。

「柚子さん、菫さん、ちょっとよろしいでしょうか」

 袖を引っ張って退室するように促す。拘束を外した千歳に謝罪し、少しだけ待ってもらうようお願いする。

「別にいいけど、どーいうことなんか説明しろよ」

「はい。長くなりますが」

 継母二人を連れて教室を出ようとしたら、部長の彩子と鉢合わせた。ジャージ姿であることに一瞬、違和感を覚えた雪見だったが、すぐさま思い出した。彩子の制服は一昨日の一件でびしょ濡れになった。

「お身体は大丈夫ですか? お怪我も」

「濡れただけじゃ風邪はひかないよ。怪我もしてない。伊藤さんがここにいると聞いて……」

 ホームルームが終わってすぐにやってきたらしい。

「すみませんが、少々中でお待ちいただけないでしょうか」

 雪見は頭を展示教室を手で指し示した。

「他校の男子生徒さんがいらっしゃいますが、決して怪しい方ではありません。むしろ被害者と言っても過言ではないでしょう。とにかく、色々込み入っておりまして」

「え、あ……うん」

 戸惑う彩子を置いて、渡り廊下まで出る。人気がないことを確認してから、雪見は柚子と菫に告げた。

「秋本さんは犯人ではありません」

「甘いぞ雪見」

 柚子は深刻な顔で否定した。

「仮に秋本氏がお前に悪感情を持っていなかったとしても、だ。絵を台無しにすることでモデルのアルバイト期間を延長させる目論見なのかもしれない」

「受験生ですから、そんなことは」

「ないとどうして言い切れるんだ!」

 そんなくだらないことに費やす暇がないからだ。説明しても聞き入れてくれそうにないので、雪見は別方面から攻めることにした。

「秋本さんには物理的に不可能です」

「そんなことはない。あんなちょろい警備なんて三秒で抜けられる。現に私だってここまで入り込めた」

 素人とプロ比べる愚は当然として、娘としては探偵業で培った技術をこんな所で発揮してほしくはなかった。

「専門技術も知識もない秋本さんが、仮にーー仮にですよ? 校内に忍び込んでスプリンクラーを作動させることができたとしても、水に濡らしただけではあそこまでボロボロにはできません」

 油絵だ。文字通り油性絵具を使っているのだから水では溶けない。おまけにあの絵は先週、仕上げ用のニスを塗って乾いているもの。テレピンか剥離剤を使わなければ塗った絵具は溶けない。

「じゃ、じゃあどうして……」

「剥離剤などを使ったのでしょう。偶然掛かったとは考えられません」

 おそらく、誰かが故意に剥離剤を絵に塗ったのだろう。それも大量に。

「秋本さんが犯人である可能性は全くないとは言えませんが、極めて低いと思います。テレピンも剥離剤もご存知ないですから」

 柚子はうなだれて呻いた。

「一体誰が」

「その前に、秋本さんに謝ってください。菫さんもです」

 継母二人を引きずって戻る。展示教室内から千歳と彩子の声が聞こえた。開いていたドアの隙間から覗くと、彩子が壁を指差していた。雪見の絵を飾っていた場所だった。事件のあらましを説明してくれているようだ。

「それはそうと、伊藤さんとはどう?」

 ドアに掛けた雪見の手が止まった。

「どうって言われても」千歳は頭の後ろをかいた「俺はただ交換条件でモデルやってただけだから、特になんも」

「悪い子じゃないんだけどねえ」

 彩子は苦笑した。

「思いついたら一直線というか、周りが見えなくなるというか」

 ごもっともです。自覚があるだけに雪見はぐうの音も出ない。迷惑掛けてすみません、と心の中で謝罪するほかない。

「あなたも大変だったでしょう? 伊藤さん、強引なところがあるから」

 はい。強引にモデルさせました。バイト先に通いつめ、高校に押し掛け、管弦楽部の皆様を巻き込んで油彩画描きました。

 その挙句、日の目を見ることなく作品が台無しになったのだと思うと目頭が熱くなった。真弓達だって色々口出しはしたが絵の制作自体は決して反対しなかった。背中を押してくれた継母達や協力してくれた響や玲一達になんて詫びればいいのだろう。

 雪見が教室の外でひっそり反省しているとは露知らず、千歳は顔をしかめた。

「それ、アンタに関係あんの?」

 虚をつかれた彩子に、千歳は言い募る。

「俺が迷惑してるとかモデル引き受けた経緯とか、全部アイツと俺のことだろ。それこそ母親でもねェ奴にとやかく言われる筋合いはねェと思うんだけど?」

「私は、ただ……秋本さんに迷惑を掛けたんじゃないかと」

「別に迷惑してねェから」

 千歳はすっぱりと言い捨てた。とは言うものの、やはり先ほどの冤罪が尾を引いているようで「あの親バカには正直迷惑してっけど」と付け足した。

「ンなこたぁどーでもいい。誰が学校に忍び込んでスプリンクラーを作動させたんだ」

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