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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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オムレツとチーズ

 椿の車に送られて、雪見は池袋のマンションに帰宅した。正確には、真弓が借りている部屋に、だ。六階にある四LDKに雪見と真弓と桜の三人で暮らしていた。そのお隣には菫と椎奈と柚子の継母三人が家賃を折半して一緒に住んでいる。愛人にしては皆、共同生活に対しての抵抗がなく、順応性が高かった。

 なお、他の継母ーー正妻の椿は白金の本家邸宅に、根っからのお嬢様である百合は松戸の実家に、それぞれ住んでいる。百合も当初、雪見と同じマンションに越してくる予定だったのだが、真弓とウマが合わずあえなく断念したという。実際の所二人の間に何があったのかは雪見は知らない。が、百合と真弓は継母の中でも相当に仲が悪かった。

 新築のマンションなので外装も内装も綺麗だし、セキュリティもしっかりしている。部屋はオフホワイトを基調とした、落ち着きのあるかつお洒落なつくりとなっている。

 池袋駅から徒歩五分という好立地なこともあり、月々の家賃は相当な額になるだろう。ヴァイオリニストとしての収入を考えたらローンを組んでマンションを購入するのも手だが、真弓にその様子はない。そもそも定住という発想が真弓にはないように思えた。

「『家が裕福だからって調子に乗るんじゃない』なんて言われたの? そいつ馬鹿ねえ」

 付け合わせのサラダに箸を付けつつ、真弓は呟いた。コンサートが終わって打ち上げもそこそこに帰宅したので、どことなく気怠そうだった。

「どうせその女、独身でしょ? ただのひがみ。その場はにっこり笑って、あとは奥様に全部任せればいいのよ」

 目を惹くほどの美人である真弓が言うと余計に辛辣だった。おろした長く艶のある黒髪、潤んで垂れる流し目には何とも言えない色香があった。

「立川先生は男ですよ」

「じゃ童貞ね。いずれにせよロクなもんじゃないわ。気にするだけ時間の無駄」

 自分に対する悪口なら雪見もそうしただろう。世間的に七人の継母がいるのはどう考えても普通ではない。奇異の目で見られるのにも慣れているし、仕方のないことだとも思っている。だから立川の件も、椿にも、誰にも言わないで胸の内に仕舞っておくつもりだったーー最初は。

 雪見はメインディッシュの野菜たっぷりオムレツをいただいた。ふわふわの生地を噛んだ途端、濃厚な旨味が口の中に広がり、目をしばたたいた。

「……チーズ」

「口当たりがしっとりして美味しいでしょ?」

 得意げに言ったのは、向かいの席に座る椎奈だった。元は白羽家本家で働いていた家政婦なだけあって、料理はとても上手だった。雪見のために毎日隣の部屋からやってきては朝食と夕食を用意してくれるのだ。

「美味しいです。トマトも入れてますよね」

「そう、熟れたトマトまるまる一個使ってみたの。でも酸味と汁けが多くなりそうだったからチーズも入れて。あと根菜系も小さく切って、」

「そんな誇らしげに言われてもねえ。チーズ入れたら何でも美味しいに決まっているじゃない」

 会話に水を差した真弓に、椎奈は冷たい一瞥をくれてやった。

「料理もできない女に言われたかないわね」

「家事しかできない女に言われたくはないわ」

 テーブルの対角線上に火花が散る。盛大に爆発する前に、雪見は鎮火に努めた。

「二人とも……今は食事中ですから」

 食事中は喧嘩しない。それが継母達と同居する際に決めたルールの一つだった。

 真弓と椎奈は渋々引き下がった。互いをにらみ合いながら食事を進める。三十も過ぎた大人にしては子供じみた仕草だった。

「で、その立川は結局どうするの?」

「椿さんから学園長を通して注意をしていただくことになりまして」

「それで終わりなの。奥様も寛大になったものねえ」

 真弓はつまらなさそうだった。この様子だと穏便に済ませるよう、椿にとりなしたことは伏せた方が良さそうだと雪見は判断した。

「そいつ、白羽家が後ろにいるのがわかってて喧嘩売ったんでしょ。命知らずな奴もいるのね」

「よっぽど大きな後ろ盾でもいるんじゃない?」

 世界有数の企業グループに対抗しうる後ろ盾ーーまったく思い浮かばなかった。早々に興味を失った真弓は話題を変えた。

「ところで雪見、明日は部活?」

「明日は水曜日なのでお休みです」

 雪見の所属している創作文芸部は火曜日と木曜日のみ活動している。それ以外の日は個人活動。各自小説を書いたり、イラストを描いたりしている、という非常にゆるい部活だった。そのため幽霊部員も多い。

「吉森さんとペンを買いに行くので帰りは少し遅くなります」

「そう……ペンを、ね」真弓は首を傾げた「先週も買ってなかった?」

「あれはインクです」

「一度に買えばいいのに。面倒ね。お小遣い足りないの?」

「そういう問題じゃないでしょ」

 見かねた椎奈が助け舟を出す。

「友達と一緒に色々見るから楽しいの。それくらい察してあげなさいよ」

「『キャプテン』の新作の万年筆が一般販売されるので、店頭に行けば実物を見れますし、もしかしたら試し書きをさせてもらえるかと……」

『キャプテン』はペンを初めとする筆記具や宝飾品のメーカーだ。機能はもちろん、デザインにもこだわったお洒落な筆記具を製造しているので、その新作となれば文房具好きなら誰もが注目する。雪見も例に漏れず「羽根のような書き心地」とうたわれた新作の万年筆見たさに、クラスメイトの吉森と一緒に文房具店に行く約束をした。

「好きねえ、万年筆」

 真弓は呆れたように呟いたが、それ以上は何も言ってこなかった。雪見は内心胸を撫で下ろした。勘の鋭い真弓に気づかれやしないかと毎回ひやひやしていた。

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