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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第四章
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成れの果て

 菫と柚子に付き添ってもらって雪見は学校に向かう。駆けつけた展示教室前に顧問教師の立川と部長の彩子がいた。彩子は雪見の姿を認めるなり駆け寄った。

「伊藤さん、ごめんね。急に」

「いえ、それより絵は」

 雪見の問いに彩子は目を伏せた。

「それが……スプリンクラーの真下にあったから」

 おずおずと差し出された絵に、雪見は言葉を失った。

 F型十五号のキャンバスに垂れる模様。黒と橙色や緑といったものが混ぜ合わせられた『ムンクの悲鳴』以上に不気味で気味の悪い色合い。元の絵の面影はどこにもなかった。

「……え?」

 間の抜けた声が漏れた。

 現実味がなかった。だってつい数時間前だ。ようやく仕上がった絵を運んで、教室に置いて、先輩と一緒に鍵を締めて出てーーほんの数時間前のことだ。なのに。

 彩子がキャンバスを裏返した。作品票がついていた。題名と制作年、そして名前が見覚えのある字で書かれていた。

「これが、本当に……?」

 二ヶ月以上かけて描きあげた肖像画の成れの果て。モデルの千歳にも、彼の同級生や後輩方にも協力してもらって、時間を割いてもらって、それでようやく完成した油彩画が、あっさりと失われた。到底信じ難かった。

「どうして」

「原因は不明です。ただ、火事でもないのにスプリンクラーが作動していたので、おそらく故障かと」

 既に警備にも通報し、学長にも報告していると立川が説明した。文化祭の打ち合わせを終えて彩子が帰ろうとしたところ、不審な音がしたので展示教室を覗いてみたらーーという次第だったらしい。

「ごめん。私もパニクってとにかく絵を出さなきゃと思って」

 立川と彩子の言葉は雪見の頭を素通りした。水に濡れたままの彩子を気遣う余裕すらなかった。

 しかし雪見以上に衝撃を受けた人物がすぐそばにいた。柚子だ。先ほどからドロドロに溶けた雪見の絵を見下ろしたまま、微動だにしない。表情は「無」そのもの。哀しみや悔しさといった感情はおろか、状況判断する能力さえ、何もかもが削ぎ落とされたようだった。

 が、不意に柚子が動き出した。緩慢な動作で菫の元に歩み寄り、静かな声音で訊ねる。

「ライターを、貸してくれないか」

「ん」

 喫煙家でもないのに何故かライターをすんなりを差し出す菫。受け取った柚子はゾンビを彷彿とさせる覚束ない足取りで、教室の中へーー雪見達から距離を取った。

 室内の散水は既に終わっていた。床一面が水浸し。柚子はぐるりと周囲を見回した。

「雪見、これもらうな」

 手にしていた小瓶には見覚えがある。リンシード。乾性油。別名あまに油。つまり、油だ。

「いいですけど、なに、を」

 問いかけた雪見の前で、柚子は小瓶の蓋を開けて、リンシードを頭から被った。そしておもむろにライターをーー

「何してるんですか!」

 雪見と菫は柚子にしがみつき、羽交い締めにした。

「はなせ、離してくれえっ!」

 腕の中でなおも暴れる柚子。二人がかりの拘束も振り払いそうな馬鹿力だった。

「やめてください、燃えちゃいますって!」

「落チ着ケ」

「燃えてしまえ! こんな無能な母親に存在する価値はない! いっそ燃やして灰にしてくれぇえええっ!」

 滂沱の涙を流しつつ吠える柚子の首筋に、情け容赦のない菫の手刀が落とされる。一撃で柚子は昏倒。手から転がり落ちたライターを雪見は部屋の隅に蹴り飛ばした。

「ナイスです、菫さん」

 菫は「ん」と短く返事して親指を立てた。

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