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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第三章
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重ねた美しさ

 お盆休み明けには絵の全体像が出来上がり、指先や装飾品などの細部の描き込み作業に入った。継母達の様子が変わってきたのもちょうどその頃、雪見がしばらく自室に誰も入らないようお願いしてからだ。

 普段は雪見の部屋のクローゼット内で寝泊りしている菫でさえもこの期間は追い出される。掃除という大義名分で毎日のように部屋に入る椎名も入室禁止。柚子が室内に仕掛けていた監視カメラと盗聴器も外した。

 文句は誰も言わない。そのかわり、物言いたげに雪見を見ることが多くなる。一番最初にしびれを切らしたのは、真弓だった。朝食の席でさりげなさを装いつつも切り出した。

「ねえ雪見」

「駄目です」

 間髪入れずに断ると真弓は鼻白んだ。

「まだ何も言ってないじゃない」

「絵の制作は順調ですのでご心配なく。文化祭の一般公開日まで待ってください」

「一般人と母親を同列にするつもり!?」

「芸術の前では誰もが平等であって然るべきです」

 使った食器を洗って片付け、雪見はそそくさと自室に戻る。後を追う真弓。

「ちょっとくらい見せてくれてもいいじゃない。減るものでもないし」

「私の気が削がれます。中途半端な作品は誰にも見せたくありません」

 雪見は部屋のドアから顔だけ出した。

「最初に見ていただくのは、モデルの秋本さんと決めています。文化祭で展示されるまでは写真撮影もご遠慮願います」

「またあの男……っ!」

 真弓は悔しげに歯がみした。

「ねえ、本当に私達が帰省している間に何もなかったの」

「何も、とは?」

「だから」珍しく真弓は口ごもった「……一線を越えたとか」

「忙しいので失礼します」

 相互理解を雪見は諦めた。まだ何やら言い募る真弓を扉を閉めることで遮断。防音室はこういう時にありがたい。

 雪見はキャンバスに掛けていた布を外した。昨日塗った絵の具は乾いていた。重ね塗りの頃合いだ。

 盆明けからしばらくして、千歳達は合宿に行った。今日が三日目の最終日。新幹線に乗り夕方前には東京駅に着く予定だ。

 部長の響からもらった合宿のしおりをめくって、雪見は微笑んだ。ちょうどいいタイミングだ。絵は明日か明後日には完成する目処が立っていた。

 通常、モデルと会えない間は撮っておいた写メを見ながら描くところだが、雪見には必要なかった。いや、あえて見ようとしなかった。

 雪見の頭の中では既に「秋本千歳」のイメージが出来上がっていた。下手な写真では撮影時の主観が入ってしまうため、佳境に入った頃にはかえって邪魔になる。本人を呼ぶとしても最後の、本当に最後の仕上げの時だけだ。

 雪見は細い絵筆で細部を丁寧に描き込んだ。油彩画の塗り重ねが一番好きな工程だった。

 一瞬を切り取るのが写真なら、絵は過去を様々な色彩で塗り重ねてキャンバスに閉じ込めるものだ。

 千歳の指一本、眼差し一つにつけても彼がこれまで歩んできた道がどんなものであったかを示す。筋張っていてタコのついた手は惜しみなく重ねてきた努力を、威嚇するような鋭い眼差しとすらりと伸びた背筋は厳しい現実と真正面に向き合う強さを思わせた。名前も学校も知らない。粗暴で怖くて、できれば近寄りたくない、明かに自分とは違うタイプの人。それでも雪見は千歳から目を離せなかった。

 この、恋に似て非なる感情をどう言えばいいのかわからない。ただ黙々と万年筆を扱う千歳の中に、雪見は「美」を見出した。この人を描きたいと思った。

 今日は筆の進みがいい。絵から離れ難く、昼食は自室でパンをかじった。気分が乗っていた。ヴァイオリンの木目も躍動する弓も鮮やかに描かれていく。

「あ」

 雪見は筆を止めた。椅子から立ち上がり、キャンバスの全体像を見つめる。なんということだ。

「……できた」

 正確には、ほぼ完成。あとはモデルを見ながら髪の艶などを調整すればーー雪見は合宿のしおりを開いた。午後三時過ぎ、東京駅着の新幹線と書かれていた。壁時計を見れば、今は二時半。

 迷いはなかった。

 雪見はショルダーポシェットにハンカチや財布、必要最低限のものを入れて、部屋を飛び出した。

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