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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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雪見と正妻

 校門前で待機していた車は、至極当然のように黒塗りのベンツだった。典型的な高級車に運転手付き。椿にとってはいつも通りのことなので、平然と後部座席に乗り込む。

 下校しようとして出くわした一般生徒の方々の好奇の視線にさらされながら、雪見もまた、継母に促されるがまま隣の席に座った。

 運転手は行き先も告げずに車を発進させた。池袋のマンションに向かうかと思いきや、進路はあらぬ方へと。

「まず、あなたに言っておかなければならないことがあります」

 椿が口火を切る。お説教するために運転手にわざと遠回りをさせていることに雪見は気づいた。うなだれて反省の意を示す。

「はい。白羽家の人間としてあるまじき行為をいたしました」

「まったくです。素手で叩くなんて……手を痛めたらどうするのですか。歯に当たりでもしたら皮膚を切っていたかもしれません」

「え?」

 雪見は椿を見上げた。

「次からはせめてタオルを巻くか手袋を嵌めなさい。それが淑女の心得です」

 そもそも淑女は他人の顔にビンタを喰らわせたりしない。

「怒っていない、のですか?」

「大変怒っています。雪見が叩くような教師なぞ碌な人間ではありません。早々に解雇すべきです」

「いや、そういう意味ではなくて……暴力を振るったことです」

「無論、褒められた行為ではありません」

 椿は諭すように言った。

「しかしそれはあなたも十分知っているでしょう。それでも立川先生を叩いたのならば、叩くだけの理由があると考えます」

 向き直った椿は真正面から雪見と相対した。

「先生方の前では言葉を濁していましたが、立川先生はあなたに何を言ったのですか。事の次第では」

「次第では?」

「車の行き先が錦糸町に変わります」

 すなわち立川先生の自宅だ。二時間足らずで住所まで把握する情報力。白羽家の力も恐ろしいが、躊躇いもなく個人情報を調べ上げる椿も恐ろしい。

「他のお母さん達には内緒にしていただけますか?」

「約束しましょう」

「不倫は卑しい行為だと言われました。すでに心を決めた人がいる男性に色目を使うのは、人として恥ずかしいことだと」

「間違ってはいませんね」

 正妻である椿としては賛成したい意見だろう。しかし雪見としては継母が侮辱されるのを黙っているわけにはいかない。

「しかし公衆の面前で声高らかに言うことでもありませんね。立川先生はご担当は倫理ですか?」

「いえ、国語で……主に現文を」

「そうですか」

 椿は意味を含ませた視線を前に流した。前方ミラー越しに指令を受けた運転手は、小さく頷く。言葉のない会話に不穏な気配を察知した。

「椿さん、何をなさるおつもりで?」

「別に。世の中の道理を説いて差し上げるだけです。新学期早々現代文の担当教師が替わりますが、あなたはこれまで通り授業を受けるように」

「なんでそうなるんですか」

 立川が侮辱したのは妾の継母達であって、正妻の椿ではない。だから正直に話したというのに。

「当然でしょう。彼女達は愛人とはいえ白羽家の人間です。ましてや部外者が愛人を理由にあなたを乏していいはずがありません。入学時、旦那様と私とで学園長に挨拶し、くれぐれも雪見のことをよろしくお願いしたというのに、部下の教育もできていないなんて……本当に失望しました」

 ともすれば今すぐにでも動き出そうとする椿に、雪見は戦慄した。

「やめてください。立川先生には私がちゃんとビンタしましたから」

「大した怪我ではないと先ほど伺いましたが」

「力一杯はたきましたから!」

 椿は猜疑的な眼差しを向ける。

「本当に力を込めてはたきましたか」

「それはもう」

 雪見は力強く頷いた。それから、なんで自分の暴力性を必死にアピールしているんだろうと思った。

「……ならば、今回だけは不問にします」

 雪見は胸を撫で下ろした。これで継母がモンスターマザーになることだけは防げる。が、椿は見透かしたように付け足した。

「しかし学園長を通して本人に警告はします。次はありませんから」

 やっぱりタダでは引き下がらない。生徒に嫌味を言っただけで頰を叩かれ、学園長にお叱りを受ける立川に、雪見は同情した。職を追われないだけマシかもしれないが。

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