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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第三章
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続・千歳の秘密

 文化祭で発表予定の三曲とアンコール一曲、計四曲を弾いて、合奏練習は終わった。時間にして約一時間半。比較的早く終わるのは、この後に個人練習を想定しているからだろう。解散しても音楽室には部員が大勢残ってはそれぞれ楽譜と睨めっこしていた。

 千歳は部長の響と顧問の三人で打ち合わせとやらで席を外している。愛用のヴァイオリンをケースに置いたままで。後輩の玲一がそばで目を光らせてはいるが、眺める分には全く問題はない。抜身の黒いヴァイオリンーーつまりはスケッチし放題。絶好のチャンスに雪見は目を輝かせた。

 ヴァイオリンが置かれたイスの前を陣取り、鉛筆を走らせる。鼻歌混じりにヴァイオリンを描いていく。

「そんなに楽しい?」

「はい。とても楽しいです」

 雪見は玲一を見上げた。

「ヴァイオリンは弾くのはもちろん、飾るだけでも立派な芸術品ですから」

 玲一は肩を竦めた。いまいち釈然としていないようだ。

「なあ、そういうのってさ、写メ撮ってそれを見ながら描けないのか?」

 質問の意図をはかりかねた。きょとんとした雪見に何を思ったのか玲一は言い募る。

「別に邪魔とかそういうワケじゃないけど、あの人大人しくするモデルやるような人じゃないだろ? あんたも大変だし、何枚か写メ撮ってゆっくり描いた方が楽なんじゃないのか」 

「写真と実際に見て描くのではかなり違いますよ」

 ヴァイオリン一挺にしても木目の細かな色合い、質感、匂いは写真では読み取れない。

「オーケストラで喩えれば、録音した演奏とコンサートホールで聴く演奏くらい違います」

「そういうものか」

「そういうものです」

 深く頷いたところで、雪見はスケッチを再開した。一言で黒と言っても角度によってニスの光沢が変わり、様々な色合いを見せる。磨かれた表面は艶やかで黒真珠を彷彿とさせる。惚れ惚れとするくらい美しいヴァイオリンだった。

「腰のくびれがたまりませんねえ」

「いや、ヴァイオリンはほとんどそういう形だから」

 などと会話しつつスケッチしていたヴァイオリンが、不意に取り上げられた。

「勝手に触んな」

 いつの間にか戻っていた千歳が不機嫌顔でヴァイオリンを抱える。反射的に「すみません」と謝ろうとした雪見を制して、玲一が呆れたように反論した。

「触ってません。見ていただけです」

「屁理屈こねんな」

「減るもんじゃあるまいし」

「俺の気が削がれんだよ」

「ーーああ、そういうことですか」

 玲一の口が弧を描く。意地の悪い笑みだった。

「安心してください。背板は見てませんから」

「バッカてめえ余計なこと喋んじゃねェッ!」

 掴みかかりそうな剣幕で千歳は怒鳴った。ヴァイオリンを抱えていなければ本当に殴っていたかもしれない。

「背板、ですか?」

 雪見は首をかしげた。真弓も同じことを言っていたことを思い出した。

「おめーには関係ねェことだ」

「恥ずかしがってないで見せれば済むことでしょう。絵を描かれる内にどうせバレるんですから」

「てめェ、それ以上言ったらマジでブン殴る!」

 雪見が思わず身を竦めるほど威嚇されても、当の玲一は涼しい顔だ。煽るだけ煽ってさっさと自分のヴァイオリンケースを背負った。

「じゃ、レッスン室の予約があるんで俺はこの辺で」

「おいコラ待てや」

「ちゃんと駅まで送った方がいいですよ。一応先輩なんですから」

「ウッゼ! てめェさっきから何なんだ!」

 怒られようがどこ吹く風。玲一はひらひらと手を振って音楽室を後にする。

 残されたのは個人練習に勤しむ部員と、怒り心頭に発している千歳と取り残された雪見。見捨てられた気分になるのも致し方ない。救いを求めて周囲を見渡すも、誰もが目を逸らして触らぬ神に祟りなし状態。みんな薄情だ。

 こうなったら逃げるしかない。雪見はゆっくりと後ずさった。

「私も、そろそろ……おいとま、しまー……す」

 我ながら蚊の鳴くような情けない声音だが、気にしている場合でもない。それでもしっかり聞こえてはいたらしい。振り返った千歳に睨みつけられ、雪見の足元が凍りつく。

「……み、見てませんよ?」

「あ?」

「ヴァイオリンの裏なんて見ていないです!」

 雪見は必死で無実を主張した。見たくないと言えば嘘になる。しかし好奇心よりも身の安全が第一だった。

「たしかに母からフリーデブルクさんの話を聞いて調べたりとかはしましたけど、秋本さんのヴァイオリンについては何もーー本当に、何も知りません! 綾瀬さんも私も触っていませ」

「ッセーな! わかってら!」

 わかっていなさそうだから弁明しているのに怒鳴られた。理不尽だ。そう思いながらも雪見は「すみません」と謝った。

「あー面倒くせェ」

 ぼやきながら千歳はヴァイオリンをケースにしまった。言葉とは裏腹に扱う手は丁寧で、大切にしているのだと伺えた。ケースを担いで鞄を持った千歳はぶっきらぼうに言った。

「電車?」

「えっ……」

「だから! 迎えは来ねェのかって聞いてんだよ」

「はいっ。し、仕事があるので」

 千歳は空いた方の手で雪見のサブバッグを持った。そのまま音楽室を出て、昇降口へ歩いて行ってしまう千歳を、雪見は慌てて追いかけた。

「自分で持ちます……っ!」

「遅ェからいい」

 そこでようやく、千歳が自分を駅まで送るつもりなのだと雪見は気づいた。

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