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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第三章
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練習見学

 黎陵高校前でおろしてもらった雪見は、柚子に礼を言って校門をくぐった。背中に「晩ご飯までには帰るんだぞー」という柚子の声を受けつつ走る。

 来客用のスリッパを拝借し音楽室へ急ぐ。合奏前、各々音出しの真っ最中。果たしてそこに千歳はいた。指揮台前のコンマスの定位置に腰掛け、背後の席にの後輩と思しき男子生徒と楽譜を片手に何やら相談しているーーと、後輩の方が雪見に気付いて片手を上げた。それで気づいた千歳が雪見に目を向け、次いで顎で部屋の隅にあるパイプイスを示した。そこで見学しろと言いたいらしい。雪見は会釈してから、隅に移動してパイプイスに腰掛けた。先日より後ろで千歳まで距離がある。スケッチするのに適当な場所とは言い難いが、ワガママを言っている場合でもない。

 鞄からスケッチブックを取り出し、鉛筆を準備する。白紙のページを広げていたら陰が差した。見上げると先ほど千歳と話していた男子生徒がこちらを見下ろしていた。

「あ……今日は、突然すみま」

「気にしなくていいから。どうせあの人が突然連絡してきたんだろ?」

 男子生徒は「俺、二年の綾瀬玲一。専攻はヴァイオリン」と端的に自己紹介すると、床に置いていた雪見の鞄を持ち上げた。

「もっと近くで描けば? せっかくここまで来たんだし」

「でも、お邪魔ではないでしょうか」

「邪魔ねえ……」玲一は小さく笑った「邪魔だったら連絡しないって。だいたい今、俺に行ってこいって言ったのあの人だぜ?」

 玲一に押されるような格好で移動して、雪見は前回とほぼ同じ位置、千歳の真隣に座った。調弦していた千歳が雪見を一瞥し「早かったな」と呟いた。

「母に送ってもらいまして」

「……だと思った」

「今日はありがとうございます。コレできっちり構図決めますので」

 調弦を終えた千歳は楽譜をめくった。黒いヴァイオリンを構えて音出しを始める。

「練習の邪魔だけはすんなよ」

 雪見が頷いたところで、顧問兼指揮者の神崎凛子がやってきた。喧騒のような音が一斉にひいていく。挨拶もそこそこに凛子は指揮棒を上げた。途端、音楽室の空気が張り詰める。

 雪見は鉛筆を握り締めた。これだ。演奏が始まる直前の、一瞬の沈黙と緊迫感。指揮棒を見据え、全神経を集中させる千歳の横顔を、雪見は描きとめるべく鉛筆を滑らせた。気分がのっている時は魔法のように鉛筆が動く。あっという間に輪郭が出来て、絵のイメージが浮かび上がった。

「コレです!」

 ラフスケッチを描きあげた瞬間に雪見は立ち上がった。演奏中の横顔。何としても指は描きたいのでキャンバスは横長にしようと決める。

 ともすればスケッチブックを掲げて小躍りしそうな雪見に、底冷えのするような声が掛かった。

「おい」

 眉間に深い皺を寄せた千歳がこちらを向いていた。よくよく周囲を見渡せば、千歳だけでなく他の部員の方々も指揮の凛子もーー全員が呆気に取られた顔で雪見を見ていた。

 見学者が突然イスから立ち上がり「コレです!」などと叫んでスケッチブックを掲げたりしたら、この反応は至極当然と言えよう。

「邪魔すんなっつったよな?」

「あ……すみま、せん」

 蚊の鳴くような声で謝罪し、雪見はイスに座り直した。千歳が盛大な舌打ちをした。

「威嚇するなコンマス」指揮者の凛子がたしなめた「それよりも出だしから走るのをやめなさい。速くなり過ぎて再現部で振り落とされている」

「だんだん速くすんじゃないんすか」

「それにしたって限度がある」

 凛子は腕を組んだ。

「いっそのこと最初はべったり弾くか」

 指揮棒で台を軽く叩いて拍子を取る。ずいぶんとゆっくりだ。千歳だけでなく管楽器隊までもが顔を曇らせた。

「弦楽器はともかく、管楽器の息が続かない恐れがあるかと」

 代表する形で発言したのは千歳の隣に座っている部長ーーたしか名前は大神響だったか。先日見学させてもらう前に自己紹介した。

「だから最初のフレーズだけ。あとは徐々に早める。緩急を明確にしたい」

 響と千歳が顔を見合わせる。アイコンタクトは一瞬で終わった。

「やってみよう」

 響の一言で方針が定まった。

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