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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第三章
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愛が重い

 人物画の構図は大きく分けて全身、腰から上、胸から上の三種類ある。

 雪見が千歳に惹かれたきっかけは彼の手なので、必然的に手を描かなくなる『胸から上』のみの構図はなくなる。残るは『全身』か『腰から上』か、だ。

 腰から上だけにして、手に焦点を当てた絵にしようと当初の雪見は思っていた。アンリ=レーマン作、かの超絶技巧のピアニスト、フランツ=リストの肖像画も腰から上を描いている。細身を強調する黒服。組んでいる腕にかかった左手の大きさと指の長さが印象的だった。やはり腰から上だ、とほぼ決めていた。

 しかし今日、立位で演奏してもらって初めて気づいたのだが、千歳は姿勢がいい。特にぴんと伸びた背筋は何ものにも挑もうとする意志さえ感じられて、大層魅力的だ。そういえば悪魔的な超絶技巧ヴァイオリニスト、ニコロ=パガニーニの肖像画に演奏中の立ち姿があったことを雪見は思い出した。彼の場合は、人並み外れた長身を描くために全身画にしたらしいが。そう考えると、全身画も悪くはない。

 しかし、だ。全身画にしてしまうと今度は手があまり注目されなくなってしまう。あちらを立てれば、こちらが立たず。

 いくつか描いたラフスケッチを前に、雪見はうんうん悩みーー結果、千歳にメッセージを送った。最後のひと押しのため、部活の見学させてもらえないか、と。つまりは千歳に早速泣きついたのだ。

 既読はすぐについたが、翌朝になっても返事はなかった。きっと忙しいのだろう。雪見は焦らず、待つことにした。キャンバス張り、勉強、夏休み限定のアルバイト探しとやるべきことはたくさんある。

 千歳から連絡があったのは放課後、これから部室に向かおうと鞄を背負った時だった。一言『四時から合奏』とだけ。

「雪見、部活ー」

「ごめん。今日は休むって伝えて」

 有紗に伝言をお願いして雪見は教室を飛び出した。隣駅なので走れば間に合う。

 帰宅する生徒の流れに乗って校門を出る。信号待ちをしていた所に車道から控え目にクラクションが鳴った。

「よう、雪見」

 助手席の窓から柚子が顔を出す。

「珍しいな。今日は部活ないのか」

「個人的な課外活動です。柚子さんはお仕事中ですか?」

 柚子の仕事は平たく言うと探偵だ。浮気調査から企業スパイまで何でもござれ。車を使っているとなると尾行中ではないのか。

「こんなところでお話ししていて大丈夫ですか?」

「んーなんか全然動かないから、今日の所はもうあきらめようかと。旦那ならともかく、愛人の浮気調査なんて阿呆臭くてやってらんないよ」

 依頼主が聞いたらまず怒りそうなことをさらりと言う。そもそも依頼内容を道端で暴露していいものなのか。

「どっか急ぐなら送ろうか」

「いえ、お気持ちだけで結構です」

 娘に気遣う余裕があるなら依頼主のことも考えてほしかった。柚子はにっこり笑顔で後部座席のドアを開けた。

「遠慮すんなって」

「仕事してください」

「本日の営業は終了しましたー」

「勝手に終わらせちゃ駄目です!」

 訴えは聞き入れられなかった。押し問答の末に雪見は後部座席に座る羽目になった。

「黎陵高校まででいいよな」

「なんで知っているんですか」

 言ってから気づく。愚問だ。考えられるのはただ一つ。

「また私に盗聴器を仕掛けたんですか」

「誤解だ。雪見には発信器以外は仕掛けていない」

「発信器で十分犯罪です」

「安全のためだ。奥様だって了承している」

 お言葉だが了承が必要なのは椿ではなく、仕掛けられてプライバシーを侵害される自分だ。

「雪見には仕掛けていないが、教室と部室には盗聴器と防犯カメラを仕掛けておいた。二十四時間録画機能付き。非常時にはすぐさま再生し証拠保全もできるってわけだ」

「いつからそんなものを……」

「入学前、成政様と奥様が学長に挨拶に行った時に同行して」

 それは頼もしい。継母の愛情に雪見は目眩がした。愛が重すぎる。

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