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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第一章
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雪見と反省文

 七人のざんねんな継母と暮らすこと十年。

 今年の春にめでたく都内の私立女子高校に進学した雪見は今ーー会議室で担任教師と共に保護者が迎えに来るのを待っていた。

「あくまでも形式的なことだから」

 隣に座る担任教師が慰めとも諭しともつかない言葉をかける。が、雪見の頭は継母七人の内の誰が来るのかでいっぱいだった。

(真弓さんはコンサートだから来ない)

 帰宅は夜になると言っていた。仮に学校から連絡が来ても着信にすら気づかないだろう。

(柚子さんも依頼が入ったって言ってたし、百合さんはお稽古がある。椎奈さんはマンションの会合があるから出席しないと)

 残るは桜か菫かーーいずれにせよ、継母に迷惑をかけるのは心苦しい。雪見は制服のスカートの端を握った。入学早々に暴力沙汰で親を呼び出しなんて目も当てられない失態だ。

 絶望感に浸っていると、学年主任と教頭が入室。教師三人と保護者の四人で話し合うつもりらしい。

 ほどなくして会議室にやってきたのは、一番目の継母、正妻の白羽椿だった。まさかの大穴にして最強の継母登場に、雪見は椅子から立ち上がった。

「お初にお目にかかります。雪見の保護者の白羽椿と申します」

 折り目正しく一礼。丁寧かつ洗練された動作だった。

 所作だけではない。彫ったような二重瞼。しっとりとした肌に、優しくとおった鼻筋。纏っている深い紺色の着物も大変よく似合っている。

 シラハグループの本家を取りしきる正妻なだけあって、貫禄がまるで違った。

「わざわざお越しいただきまして」

「いいえ。雪見が何か」

 訊ねただけで特に威圧したわけでもないのだが、学年主任は腰を低くして椿に申し出た。低姿勢を通り越して卑屈な態度だった。

「実は、伊藤さんが暴力を振るいまして……」

「暴力?」

「は、はい。生徒達の前でこう、ピシャリと」

「恐れ入りますが、いつどこでどのような経緯でどなたに対して雪見は暴力を振るったのか、教えていただけないでしょうか」

 落ち着いているが反論を許さない毅然とした声音だった。雪見はもちろん、担任も学年主任も教頭でさえも思わず背筋を伸ばした。

「五限目の授業中に、立川先生の頰にビンタをしました」

 雪見が自己申告した。

「理由は……とても失礼なことを言われたからです」

「暴力はいけません」

 椿はたしなめた。凛とした声音だった。

「雪見、人前で頰に張り手をするなんて、淑女のすることではありませんよ」

「はい。申し訳ございません」

「謝る相手が違うでしょう」

 雪見は首を横に振った。間違ってなんかいない。悪いことをしたとは思っていないのだから。

「ご迷惑を掛けて申し訳ございません」

 椿は形のよい眉をわずかにあげた。

「まあ、本人もこうして反省しているそうですし、本校といたしましても事を荒立てるのは本意ではありません。伊藤さんには反省文を書いていただいて、二度とこのようなことがないよう、こちらでもしっかり指導を」

「なりません」

 椿はぴしゃりとはねのけた。

「一生徒が教えを請うべき目上の教師に暴力を振るったのです。徹底した対応を取って然るべきかと。まずは怪我をなさった立川先生がご入院なさっている病院を教えていただけないでしょうか。これから謝罪に伺います」

「え、いや、入院するほどの怪我では。頰が赤くなったくらいで」

「そうですか。では立川先生をここに呼んでください」

 教頭と学年主任は、顔を見合わせた。おずおずといった程で学年主任が答える。

「立川先生は、今日は早退しました」

「大した怪我ではないのに、何故立川先生はお帰りになったのですか? これはいわば学内で発生した暴力事件です。当事者から経緯を聞き、双方の言い分を吟味した上で処罰するべきでは」

 吟味されては困るから、教頭も学年主任もうやむやにしようとしているのだ。困惑する教師陣にはまるで頓着せずに椿は事を大きくするように強く訴えた。

「雪見が白羽家の者だからといって特別措置をしては、この子のためになりなせん。事件を公にし、二度とこのようなことが起きないよう世間に知らしめるべきです」

「な、何もそこまで……たかがビンタですし」

「たかが」

 不用意な学年主任の言葉に、椿の目が据わった。

「つまり『たかが』十五歳の女子生徒が他人の顔をはたいただけで、大の大人達が寄ってたかって責め立て、反省文を書くよう強いた。白羽家の正統な後継者たる雪見を拘束し、現白羽家の当主、白羽政成の妻であるこの私を呼び出した。そうおっしゃりたいのですね」

「いえ! 決してそういうことでは」

 慌てて取り繕うとする教頭。しかし遅い。呼び出した相手が悪過ぎた。普段は穏やかで争いごとを嫌う継母だが、一度怒ると誰よりも恐ろしい。

「当の被害者がいらっしゃらず、怪我の具合もわからないようでしたら話を進めようがありません。本日はこれで失礼させていただきます」

 これ見よがしに深々とため息をついて、椿は踵を返した。結局、思いっきり白羽家の権力を振りかざしているのだが、それを指摘する猛者もいなかった。

「雪見、帰りましょう」

「あ……はい」

 雪見は鞄を持って椿の後に続いた。なおも引き止めようと席を立った教頭に向かって、椿は捨て台詞を吐いた。

「雪見のことで何かありましたら、いつでも白羽家にご連絡ください。私が責任を持って応対いたします」

 丁寧な言葉で包んで誤魔化しているが、要は『文句があるなら、いつでもベルサイユにいらっしゃい』だ。無論、雪見が入学する際、学校に多額の寄付をした白羽家に乗り込む勇気なぞ、雇われ教師陣にあるわけがなかった。

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