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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第三章
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意外に深刻

 善は急げ。月曜日の朝、ホームルームが始まる前に、雪見は三年二組の教室に赴いた。散々心配を掛けた創作文芸部部長の宮野彩子を呼び出してもらう。モデルを引き受けてもらえることになった、と報告したら彩子は満面に喜色を湛えた。

「でかした!」

 教室前の廊下で、人目もはばからず彩子は雪見を抱きしめた。

「これでイラストが揃うわ。企画が通る!」

「ご心配をおかけしました」

「いいのよいいのよー」

 彩子は上機嫌でばしばし雪見の肩を叩いた。そこそこ痛いが喜んでくれて悪い気はしない。雪見はつられるように笑った。

「そう上手くことが運べばいいのですが」

 突然、水を差したのは三年六組の前園蘭子だ。派手な顔立ちの美人さん。丹念にカールをした髪も相まって、絵に描いたようなお嬢様だった。

 栄光女子学院は髪染めもパーマも禁止のはずだが誰も咎めないらしい。前園家の権力の強さがうかがえた。

「寄せ集めで我が美術部に適うと本気でお思いなのかしら」

「じゃ、伊藤さん頑張って。進捗状況は部活の時にでも教えてね」

 さっさと解散しようとする彩子。珍入者には目もくれない。が、そこで大人しく引き下がるようなら、最初から話しかけたりはしない。

「無視しないでいただけます?」

「場所をお間違えではないでしょうか。ここは普通科の教室前ですよ」

 暗に美術科の教室に戻れと彩子は言う。蘭子の頬がかすかにひくついた。

 かたや普通科の創作文芸部部長、かたや美術科の美術部部長。科も部活も違うため接点もないはずの二人は、どういうわけか喧嘩するほど仲がいい。

 理由はわからない。同じ中学校出身でも共通の友人がいるわけでもないのに、気づいたら既にそうなっていたらしい。「専門科にしてみれば、創作文芸部のようなゆるい『お絵描き』はたとえ部活動であろうとも許容できないから。要するにやっかみです」と言う先輩もいるし、有紗は「じゃれているんでしょ。百合ってやつよ百合」と訳知り顔で語る。

 真実はどうであれ、雪見の目には事あるごとに蘭子が突っかかってきて、それを彩子が軽くいなしているようにしか映らなかった。

 今回も然りだ。事の発端は、文化祭の展示会場となる教室の割り当てで創作文芸部と美術部が隣り合わせになったことだった。専門科と普通科ではレベルが違う上に部長同士の軋轢もあって、去年まではそれとなく会場を離していたのだが、今年の文化祭実行委員の顧問である立川は全く配慮しなかった。それどころか「お互いに刺激し合い、切磋琢磨する良い機会です」などとのたまう始末。両部長が初めて共通の目的の元に結託して抗議したものの、立川は頑として割り当ての変更を認めなかった。

 その時点で蘭子は渋々引き下がった。彩子は結構粘ったのだが、最終的には雪見が別件で立川にビンタした時点で割り当て変更をあきらめた。諦めざるを得なくなったのだ、短慮な後輩のせいで。責任の一端は雪見にあった。

「せいぜい公衆の面前で恥をかかないようにすることね」

 捨て台詞を吐いて蘭子は去る。その背中に彩子は「暇人め。二度と来るな」と乱暴な言葉を投げつけた。

「本当にウザいわ。何あの女」

 顔をしかめる彩子。雪見は曖昧に苦笑する他ない。

「でもまあ、気持ちはわからなくもないけどね」

「え?」

「あの人たち」

 彩子の視線の先には、遠ざかる蘭子の後ろ姿。

「少なくとも高校三年間、下手すれば人生かけてるわけでしょ。私らみたいに学業の片手間に趣味でやってるような連中には負けたくないだろうね」

 彩子は鼻を鳴らした。

「とはいえ、あんなのに負けちゃダメよ、伊藤さん」

「……ぜ、善処します」

 美術部のテーマは『美しい光景』と聞いている。つまりは風景画だ。対抗して創作文芸部は、毎年恒例の部員達の書いた小説やイラストを掲載した部誌の発行の他、『美しい人』をテーマに、鉛筆、水彩、デジタル、油彩と各部員の得意技法を駆使して描いた絵の展示を行う予定だ。

 創作文芸部で唯一の油彩画を担当する雪見への期待は大きい。県内の絵画コンクールで金賞を受賞したのは小学生の頃だといくら説明しても聞いてはくれない。まだ完成の目処も立っていないのに、雪見の絵は一番目立つ教室の一等地に飾られることになってしまっていた。

(でも秋本さんは引き受けてくれたんだから)

 彼の厚意に応えるためにも全力を尽くそう。雪見は決意を新たに放課後のデッサンに備えた。

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