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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第二章
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ほどよく快速に

 十小節目で千歳は耐えきれなくなって、演奏を止めた。

「遅え」

 苛立ちに任せて楽譜を教卓に叩きつけた。向かいの生徒側の席で、ヴァイオリンを構えているファーストヴァイオリンのメンバーの顔が一様に強張った。

 場所を空き教室に変えてのパート練習。先ほど初合わせをした『メサイア』の細かい点の調整を目的としているのだがーーいかんせん、想像以上に他の連中が弾けなかった。

「こっからはアレグロ・モデラート〈allegro moderato〉! いつまで冒頭の重っ苦しいのを引きずってんだ。切り替えろ。『快速』だっつってんだろーが」

 正確には『ほどよく快速に』だが、この際細かい点は捨ておく。こだわっていられるような状況ではなかった。

 ボーイングは滅茶苦茶。テンポどころか音程ですら合っていない。譜読みしたのか疑ってしまうほどトンチンカンな演奏。初合わせであることを差し引いても酷かった。何のためにひと月前に、余裕をもって曲目を決めたと思っているのだろうか。

 案の定、問題のアレグロ・モデラートから再開したら二小節目でテンポが崩れた。

「だーかーら、毎回おんなじ所で遅くなってんだよ。トリル入ってんのわかってんだろ! 手早くこなせ。てめえらだ。そこの三プル二人! 仲良く遅れてんじゃねえぞ」

 指摘された二年生の男子二人が萎縮する。専攻はピアノだとかは言い訳にならない。副科でヴァイオリンを選択しているならレッスン時間に予習をしておくべきだ。

「もいっかい、アレグロ・モデラートからやっぞ」

 メトロノームに代わって千歳が鉛筆で教卓を突いている間はまだいい。だが一度拍子を止めたら曲としての体裁すら保てなくなる。千歳の手中でパート譜がひしゃげた。

 演奏が止まる。重苦しい沈黙。部員達が固唾を飲んで見守る中、千歳は押し殺した声音で後輩である綾瀬玲一を呼んだ。この時点で大方を察したのだろう。二年のヴァイオリン専攻生四人でトップの実力を誇る玲一は、次期コンサートマスターともっぱらの噂だ。それゆえに千歳と組むことが多く、お互いの気性もよく理解していた。

「あと頼んだ」

「勘弁してください」

 脇に抱えたオールドヴァイオリンの弦を玲一は指で弾いた。考え事をする時によくやる癖だ。

「譜読みできていないのは明らかなんで、個人練習にしたらどうです? この後は文化祭のステージリハだけですよね」

「できてねェんじゃなくて『やってねェ』んだろ」

 玲一以外のヴァイオリニストがこぞって目を逸らした。顧問と打ち合わせをしている部長の響はこの場にいないが、彼のことだから譜読みはとっくにしているだろう。部長とコンサートマスターとその候補以外が練習不足。呆れてモノが言えなかった。

「できていないことがわかっただけでも、良しとすべきでしょう。ステージリハの時間まで各自譜読みと練習。以上」

 勝手に決めて玲一は指示を出した。これ幸いとばかりにいそいそと楽譜をめくって個人練習を始める面々。千歳は大きくため息をついた。

「お優しいことで」

「みんながみんな、秋本先輩みたいにヴァイオリン馬鹿じゃないんで」

「誰も完璧にやれとは言ってねーだろ。いくら練習してもどーしようもねェことだってある」

 問題は失敗すらできないーー弾けないことだ。

 楽器演奏、特にヴァイオリンは練習が全てと言っても過言ではない。才能だの何だのは二の次だ。とにもかくにも運指とボーイングをマスターする。反復練習で指に動きを叩き込む。一度習得したからといってサボればあっという間にできなくなる。練習不足が顕著にあらわれるのだ。

「失敗すんのは仕方ねーけど、弾けないのはミスでも仕方なくもねェ。そいつの性根の問題だ」

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