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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第二章
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コンマスの憂鬱

 登校中にまた拉致されるのではと警戒していたが、至って平穏無事に学校に到着。授業もつつがなく終えて迎えた放課後、ヴァイオリンを背負って千歳は第一音楽室に向かった。

 黎陵高校の管弦楽部はおよそ七十人前後からなる大人数の部だった。部員不足に陥ったことはない。音楽科で器楽を専攻する者は半ば強制的に管弦楽部に入部するからだ。

 ヴァイオリン奏者は第一と第二合わせて十八人。内、ヴァイオリン専攻生は千歳含めてわずか七人。他は副科でヴァイオリンを選んだ者ーー高校に入ってからヴァイオリンを習い始めた連中だ。

 だから、三年で数少ないヴァイオリン専攻生の千歳が第一ヴァイオリンのトップ、コンサート・マスターになるのは、必然と言えば必然だった。

 防音処理の施された重厚な扉を開けると、中の冷気が肌を撫ぜた。音楽室や練習室は無論、楽器庫も冷暖房が完備されている。音楽科生徒のためではなく、楽器に配慮した結果なのだという。楽器の状態は湿気と温度に大きく左右される。

 音楽室には譜面台と椅子が所狭しと並べられていた。指揮台を起点に扇状に広がる椅子と譜面台は、毎回一年生が準備しているものだ。今日練習する『メサイア』序曲の楽譜も既に置かれている。

 HRが終わって早々に来たせいか、まだ人はまばらだった。不運にも千歳と目が合った後輩達が一様に背筋を伸ばして「お疲れ様です!」と声を張る。体育会系のノリだ。暑苦しい。

「うっせーよ」

 悪態を吐きつつ「おつかれ」と返す。指揮台の隣、コンサート・マスターの席に腰を下ろして、ケースからヴァイオリンを取り出した。

 弓に松脂を塗っていると、隣の席に部長の大神響が座った。

「今日は全体合わせ、パート練、その後に体育館でリハ練だ」

 挨拶もなく事務連絡。愛想のなさはいつものことなので気にとめなかった。入学した時からこういう男だった。

「バスケ部が練習しているから体育館への移動と設営は速やかに行うように」

「へーい」

「他校の見学者もいるから粗相のないように」

「ほーい」

「パート練でしごき過ぎるなよ」

 千歳は黙って松脂をケースに戻した。できない約束はしない主義だ。

「センサイ、聞いているのか」

「聞いてるよー」

 だから返答しなかった。千歳の意図を正確に汲み取った響は咎めるように目をすがめた。

「見学者の前で後輩を怒鳴り散らすような真似だけはしてくれるな。ウチの管弦楽部が、ひいては黎陵高校のイメージが損なわれる」

「イメージ改善してえなら、この体育会系気質どーにかすればァ?」

 響は口をつぐんだ。

 他の楽器ならいざ知らず、ヴァイオリンは全員男子生徒だ。おまけに音楽科ーー我が道を突き進む連中がたむろしている。そんな協調という言葉をどこかに置き忘れた連中をまとめあげて一つの曲を奏でるには、統率力は必要不可欠だ。必然的に上下関係の厳しい体育会系になってしまう。

 我ながら意地の悪いことを言った。深刻な顔で黙り込んだ響に、千歳はわずかな罪悪感を抱いた。

「……努力はする」

 それでも、怒鳴りつけないと約束はできなかった。自分の性格は自分が一番よく知っている。

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