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白雪姫と七人の継母  作者: 東方博
第二章
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白羽家の後継者

 当然といえば至極当然で改めて言うことでもないのだが、菫に拘束されて連れ込まれた秋本千歳なる青年は、すこぶる機嫌が悪かった。

「ザケンナ! なんなんだよてめーらは!」

 猿ぐつわを外すなり威勢よく吼える。椅子に縛り付けていなければ、真弓に掴みかかりかねない剣幕だ。お世辞にも上品とは言えない怒り方だった。

「黎陵高校は名門私立と聞いていたけど、ずいぶん荒っぽいのね」

「脈絡もなく拘束・拉致・監禁の三コンボを決められたら、大概こうなると思いますが」

 桜の指摘もなんのその、真弓は涼しい顔で答えた。

「仕方ないじゃない。九時に成政様のお客様がいらっしゃるんですから」

 つまりこちらの都合だ。いっそ清々しいまでの自分本位さだった。

「また後継者候補ですか?」

「奥様の親戚ですって。とはいえ、奥様のお姉様が嫁いだ家の大奥様の義理の弟の孫だかひ孫だかで、かなり遠いようだけど。そこそこ良家の十八の高校生。雪見と歳が近ければいいと思っているのかしら」

「懲りませんね。そっちもいい加減、諦めればいいのに」

 ぼやきながらも桜は何故、今日になって真弓と菫が強硬手段に出たのかを理解した。『成政様のお客様』が訪れる日、雪見はここに帰ってこない。万が一にも『お客様』と鉢合わせしないためだ。家に誰がいても雪見にはわからない日だから、片想い相手を拉致したのだ。

 真弓は悠然と千歳の前に立った。

「はじめまして、秋本千歳さん。雪見の母の真弓と申します」

「だから誰なんだよ、そいつは!」

「コノ娘ダ」

 すかさず菫が写真を見せる。学校帰りと思しき制服姿の雪見ーー視線が明後日の方を向いているので盗撮したものだろう。四六時中、雪見に張り付いている菫ならお手の物だ。

「知らなかったのでしょうけど、彼女は伊藤雪見。白羽成政のひとり子にして白羽家の正当な後継者よ」

「しらは?」

「シラハグループですよ。スマホとか電化製品の」

 桜が補足すると千歳は「ああ、あの……」と呟いた。有名な企業はこういう時に便利だ。

「で、こいつがその令嬢だから、何だって?」

「私としても大変不本意で理解に苦しむことだけど、どうも雪見があなたに想いを寄せているようで」

 ずいぶんと失礼な言い草だが、千歳は気にしていないようで「ほー」と気の無い相槌を打った。

「……で?」

 千歳は続きを促した。この状況に至る動機を。自分が納得できるだけの説得性を持った理由を。

 しかし残念なことに、一般の男子高校生を問答無用で攫ってぐるぐる巻きにして、見ず知らずの女性三人が審問するだけの正当かつ納得できる理由ーーそんなものはどこにもなかった。

「おい、まさか」千歳の頰が引きつった「それで俺は縛られてんのォ⁉︎ たかが片想いで!」

「たかがとは何よ。一人娘が惚れた相手がどんな男か知りたいと思うのは親として当然のことでしょう」

「拉致る必要がどこにあンだよ! しかも俺、全っ然関係ねえよな⁉︎ その雪見だか大福だかが勝手に惚れたってだけで」

 ごもっとも。しかし文句を言う相手が最悪だった。継母の前で雪見を侮辱するのは、クリスチャンの前で聖書を踏みつけるのと等しい。

「貴様……ッ!」

 不用意な発言に、菫の目がくわっと見開かれた。危機をすぐさま察知した桜は、菫と千歳の間に割って入った。

「落ち着いてください。暴力は駄目ですっ」

「ワカッテイル。離セ」

 口調こそいつも通りだが、木刀を握りしめた状態では説得力がまるでない。

「よくもまあそこまで他人の娘を悪し様に言えるものね」

 真弓も眉を顰めて不快感を露わにする。雪見の心証が著しく悪くなっている原因が、自分にあるとは微塵も考えていないようだ。

「でも安心したわ。その様子だと雪見と交際するつもりはないんでしょう?」

「金を積まれても願い下げだ」

「よろしい」

 真弓は満足げに頷くと、菫に千歳を家まで送るように言った。手間と迷惑を掛けた割にはあっさりとした幕切れだった。

「言ったでしょう、今日は『お客様』がいらっしゃる日だから忙しいの。警告はしたわ。今後、雪見に対して良からぬことを企むなら、そこにいる菫が証拠も残さず闇討ちするから覚悟しなさい」

 一方的に告げて終了。不完全燃焼の千歳は「おいコラ待てや! なんだその言い草は」と最後まで噛みついたが、結局菫に引きずられていった。

 嵐が去ったかのごとく静けさを取り戻した部屋。

 真弓と二人きりになって、ひと息ついてようやく、桜は今日雪見が帰宅しないことを思い出した。三人でいることが当たり前になっていた部屋は、雪見がいないだけで閑散とした雰囲気に呑まれる。

 致し方ないとはいえ、不安な一日を送るであろう雪見が桜には哀れでならなかった。

『成政様のお客様』すなわち白羽家の後継者候補はひっきりなしにやってくる。遠い親戚は無論、酷い時は全く縁もゆかりもない者が養子にと志願することさえあった。早々に嫌気がさした成政は、その相手を自分の妻たちにさせた。成政の子にーーつまり後継者になるには、まず七人もいる正妻と愛人全員に会って認められなければならないと定めたのだ。

 成政の目論見通り、志願者は大幅に減った。一人二人ならばまだしも七人、それも個性が強く、互いにいがみ合っている女性達と上手くやっていける自信のある者はいない。今日のように雪見を押しのけて自分こそが後継者にと自信家が志願する時もあるが、結局全員のめがねにかなう者はいないーーただ一人、雪見を除いて。

「気分が悪いから断って」

 先ほどまで『お客様』を理由にしていたくせに、いざ約束の時間が迫ると真弓は後継(志願)者を追い払いにかかった。哀れ、椿の姉が嫁いだ家の大奥様の義理の弟の孫だかひ孫は門前払い。

「奥様に怒られますよ」

「会わないとは言ってないわ。ただ今日は気分が悪いの」

 先に他の愛人達に会うよう仕向けるのは真弓の常套手段だ。大体二、三人目の愛人で後継(志願)者はあきらめることを経験上知っていた。

 体よく『お客様』を追い払うと、真弓はスマホを操作してメッセージアプリを起動させた。すばやくメッセージを送信。相手は言わずもがな。

 返信はすぐさま送られてきた。

「明日は文化祭の準備で遅くなるそうよ」

 さりげなさを装いつつも、雪見からの返事を伝える真弓はやはり嬉しそうだった。

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